34―呪いの完成
彼ら六人は木造の宗教的建造物の中にいた。
奥には祭壇が見えている。
扉の上部は格子状になっており、そこから朝陽が差し込んでいる。
外の様子を見に行ったアルベルトが戻ってすぐ、エルフリーデとミリヤムがその場に現れたので、今後どうするかは話し合って決めることになった。
「外はどんな様子だったのだ?」
女王が彼女自慢の従者に問いかける。
「ここは木造の神殿のようなものが並び立つ土地にあり、我々はその中の一つにいるようです。人や魔族の気配は他にありませんでした」
従者は完璧な所作で一礼してから、恭しく答える。
彼が恭しすぎるのは、先程笑われてしまった恥ずかしさをまだ拭えないことを、隠したいがためである。
「場所はわかるか?」
「正確にはわかりませんでしたが、見えた山と海の配置から――」
その時、大きな揺れが彼らを襲った。
船が壊れた時以来の、地震である。
「魔力の流れが…」
そう口走ったのはヨハネスである。
「ヨハネス殿、何が視えたのだ?」
揺れが収まってすぐ、美貌の女王が問いかける。
ヨハネスの魔力は、魔視の力――魔力の流れを“視る”のが、彼の能力である。
「地中から祭壇に流れる魔力が一筋、視えました」
皆が祭壇を振り返る。
エルフリーデがそれに近づき、青い目を凝らす。
「これは、ミカゲの屋敷にあったものと酷似しているな。これが何なのか、誰か知らないか?」
臣下たちは一様に首を横に振った。
「では、とにかく外へ出て様子を見よう。屍の調査も進んでいるであろうし、一度皇城に戻って状況確認を――」
「そんな悠長なことをなさっている場合ではございませんよ?」
女王の言葉を遮る声に、彼らは聞き覚えがあった。
いつの間にか開かれた扉の前に、フードを目深に被った男が一人、立っている。
「ミカゲ」
エルフリーデがその名を口にすれば、その場に緊張が走り、皆が警戒して武器に手を掛けた。
「村でも街でもご覧ください。素晴らしい光景をお目にかけて差し上げましょう」
朝陽を振り返り、ミカゲは歩み去る。
その背中を引き裂こうと思えばエルフリーデには容易いことであったが、解呪法を知らないままに彼を斃しても、国中の人間たちがどうなるかわからない。
あやふやな状況と曖昧な人質のために、脅されて手を出せない現状に苛立つあまり、女王は美貌を歪めて奥歯を噛み締めた。
「…あの男の思い通りに動かされるのは癪だが、行くしかあるまい」
温度の無い声を放ち、女王は臣下たちを順に見据えた。
「ミリヤムと叔父上は警備部隊の援護。アルベルトは私の護衛だ。ヨハネス殿は皇城に戻り、ブリューゲル伯爵夫人と情報の共有の後、魔道具で宰相に報告を」
臣下たちは、それぞれに神妙に頷く。
「トシツネは、私と来い」
トシツネも皆に倣い、神妙に頷いた。
エルフリーデに伝えたいことはあったが、今はその時ではない。
皆を固有空間に詰め込んで、エルフリーデはそれぞれを手早く送り届けた。
暗い固有空間にアルベルトと共に残されていたトシツネが次に外に出たとき、そこは故郷の村だった。
「陛下、これは」
混沌とした光景を見ればおおかたの推測はつくのであるが、アルベルトは確認のために問いを投げかける。
「ミカゲの言っていた“呪い”が完成したようだな。その完遂という言葉の意味に被害も含まれていたとすれば、それはまだ達成されていないようだが」
苦々し気に、奇跡の様な美貌が歪む。
各地で人間に代わって警備を代行していたアルテンブルク王国陸軍が、民家を襲おうとする屍の対処に追われていた。
彼らが駐留していなければ、今頃人里は阿鼻叫喚の嵐か、はたまた既に廃村となっていたか。
行脚するのみで害の無かった頃とは違い、屍の群れは木や石を振り回したり投げたりして、物理攻撃を仕掛けていた。
救いと言えば救いなのは、不死者に噛まれたら不死者化するという都市伝説のような現象は起こっておらず、それらの攻撃が徹底して物理のみであることだろう。
対処する陸軍もさほど苦戦している様子は見受けられず、屍たちの個々の戦闘能力はさして高くない。
ただ、壊しても壊しても復活するという点のみが、厄介であった。
美しい農村であったそこは、戦場と化しても絶望するほどには荒れていない。
それでも村人たちの影もなく、魔族と屍が激しく動き回る光景に、トシツネは茫然と立ち尽くした。
「住民の避難は?」
「はっ!陛下!ご指示通りに済みましてございます!」
屍との戦闘の合間に、突然女王に声をかけられた陸軍士官は驚きながらも答える。
「そうか。ならば私は行く」
トシツネの腕を引き、エルフリーデは再び開いた固有空間に放り込んだ。
続いてアルベルトも暗闇へ戻る。
次に彼らが外に出された時、目の前には多くの人間たちがいた。
「こ、ここは…?」
「避難所だ」
トシツネの問いに、凛としたエルフリーデの声が答える。
避難民が集められているそこは、どうやら西国風の造りの、真新しい国立会館のようである。
「扉の内と外に、警備の魔族を配置するよう指示している。屍からは充分に守れるだろう」
エルフリーデがトシツネの故郷を守るため、彼の知らないところでも手を尽くしてくれていたのだと知り、トシツネの胸が熱くなる。
「しかし、ミカゲの目的はここでもなかったか。あの男からは、戦力を他へ引きつけておいて本命を狙うという傾向を感じた。ここでないなら――」
美貌の女王が逡巡する間、トシツネは辺りを観察した。
広い施設が狭く感じるほどにひしめき合っている人間たちだが、騒ぎや混乱が起こっておかしくない状況にもかかわらず、比較的大人しくしている。
「トシちゃん!」
突然響いた伯母の声に、トシツネは振り返る。
「おばさん、無事だったんだね!」
「ああ、皆無事だよ…けど」
伯母は眉尻を下げて、恐る恐るエルフリーデに声を掛ける。
「避難を拒否した人たちは、どうなるんですね…? 投獄だなんて、あまりに乱暴ではありませんか?」
エルフリーデの暴君っぷりはよくわかっているつもりでいたが、伯母のこの発言にはトシツネはどきりとした。
「罪に問うわけでも処罰するわけでもありません。牢内はここより快適に整えるよう指示しています。安全が確保できるまで、鍵付きの個室で大人しくしていて頂きたいんです」
女王の表情で、エルフリーデは答える。
「集団パニックだけは避けなければなりません。素直に避難してくださった方々のほうにより窮屈な環境を強いて心苦しくはありますが、今は人命優先です」
それを聞いた伯母とトシツネは、安堵に胸を撫で下ろした。
「ここが無事だと確認できたので、私たちは行かねばなりません。慌ただしくて申し訳ありませんが、今は失礼します」
言いながら、急いでエルフリーデはトシツネを固有空間に放り込み、アルベルトもその中へ入る。
伯母に礼をする女王の後姿を、トシツネは閉ざされていく空間に遮断される直前に見た。
次に二人が外へ出された時、そこは皇城だった。
緻密な飾り細工の施された大扉を、警備が守っているところを見ると、その奥に位の高い人物がいるであろうことがうかがえる。
「トシツネ」
呼び声に振り向けば、自分とよく似た容貌を持つ見知った人物がそこにいた。
それは、反逆罪で投獄されているはずが、何故か警備の制服と刀を与えられて扉を守っている、兄のハルツネであった。
「兄さん」
トシツネと同じ色の瞳からは、先日向けられた敵意は跡形もなく消え失せていた。
兄の身に何があったか気になるところではあったが、緊急時であることを弁えているトシツネは、今は何も問わず状況を見守ることにした。
戦力バランスが拮抗してない戦闘は、書いてもつまらないものになるとやっと学んだ今日この頃です。
引き続き精進して参ります。




