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漆黒を纏う少女と、呪われし炎の少年(1)

アルテンブルク王国第十二代国王エアハルト・グスタフ・アルテンブルクが行方不明になってから、一人娘である王女エルフリーデは黒いドレスばかりを纏うようになった。

まるで、喪に服してでもいるかのように。


漆黒のレースに、白く滑らかな肌がよく映える。

神の手による芸術のように美しいこの少女が纏えば、その黒のしっとりとした上品な光沢は、いっそ(あで)やかにさえ感じられる。

気高く輝く宝石のような青い瞳は、何者をも寄せ付けぬ侵し難い光を放ち、見る者を圧倒する。

彼女が優美に歩を進めれば、羽化する直前の神秘を思わせる未成熟な瑞々しい姿に、誰もが魅せられる。

それでいて、物憂げに伏された睫毛が白い頬に影を落とすと、まるで高貴な未亡人のように、深く濃く哀愁が漂うのである。


そんな王女の美しさに感嘆の吐息を漏らすのは、彼女の姿を直接見ている者たちのみである。

王女が喪に服しているという噂は、決して彼女のように優雅に歩いてはいかない。

国王エアハルトは既に存命してはいない――巷でそう囁かれるようになるまで、そう時間はかからなかった。


王女エルフリーデは、王位継承権第一位の王太女である。

その美貌のみならず、聡明かつ類稀な魔法の才を持つことは、既に国中の評判である。

現国王であるエアハルトの悪評も手伝い、エルフリーデの即位を待望する囁き声は日に日に大きくなり、来たる歓声に近づき続けていた。


国王不在から約一か月。

執政を代行していた宰相、トビアス・クンツ・ヴァイスハウプト侯爵は、少々気が早いながらも、その執政権を王太女に譲る決断をした。

そして、三年間国王が行方不明のままであれば、そのままこの王太女が第十三代国王として即位することになった。


老齢の宰相は、エアハルトの死も、それに王女エルフリーデが関わっていることも察していた。

その上で彼は、エアハルトが彼の目から見て暗君であったからこそ余計に、命あるうちにエルフリーデが王冠を戴く姿を見届けることを、誰よりも切望していたのである。

彼は、もしエルフリーデにエアハルトの件で暗い噂が立つことがあれば、全て自分が被る覚悟までを決めていた。


彼女はその瞳の印象通り、何者にも怖じない少女であった。

王太女エルフリーデはまず、不正に私腹を肥やしていた貴族の家を容赦なく取り潰しにかかった。

まるで以前から用意してでもいたかのように、確固たる不正の証拠を次々に突き付けていった。

報復を一切恐れぬその手際の良さに、やましいところの無い者達は喝采を贈り、後ろ暗い自覚のある者達は怯えたり逃げ出したりし始めた。

これらの不正に父王エアハルトが関与していた場合も、王家の名に泥を塗るなどと厭うこともなく、全て白日のもとに晒していった。


そうして、これらの貴族から没収した財産を、まずは彼らの被害者への救済に充てた。

それでも余りある予算を、公共福祉のための国家事業立ち上げに回した。

この時、取り潰した貴族の家で働いていた者たちの新たな働き口として、希望すればこの事業に従事できるよう斡旋することも忘れない。


これはエルフリーデが手始めに行ったことであり、この後も、不要と思うものをバッサバッサと切り捨てては、足りないところへ回していった。

それにより失業する者達への受け皿もしっかりと用意するあたりが、国民から絶大な人気を呼んだ。


法の改正も躊躇いなく進めていった。

悪が蔓延る要因のひとつとして、法に抜け穴が多いのだということも彼女は見逃さなかったのだ。

様々な改正の中で国民が最も喜んだのは、休暇法である。

これによって貧困層の過労死は、ほとんど完全にといえるほどになくなった。


そして彼女は怠慢も嫌った。

弱い者、とりわけ勤勉な者に権利を与え、代々名門貴族の家柄であるというだけで碌な働きをせずとも優雅に暮らせるようなシステムは、ばっさり排した。

エルフリーデが与える爵位は、ほぼ名誉と誇りのためのものとなった。

給与や税制に関しても、基本的には貴族であろうが平民であろうが平等としたのである。


だったら貴族という特権階級そのものを排せばよいかといえば、そういうわけでもない。

その称号をこそ栄誉として功績を上げたものへの報酬にしたりと、使い道があるので、お愛想程度の特権を残しつつその制度を維持しているのである。

実際に、エルフリーデが独断と偏見で官職や重要ポストに抜擢した人材に高い爵位を持たせることで、完全に彼女寄りの実力者揃いの体制をいち早く築き上げ、旧体制の人材を実力相応の位置に押し込めておくことに成功している。


国王の行方不明中に、執政代理の小娘がこんな暴君っぷりを発揮するのだ。

逆恨みの類は、山のようにあった。

つまらない嫌がらせに始まり、暗殺未遂も数件起った。

しかしそれでも、王太女支持派のほうが圧倒的多数であり、ヴァイスハウプト宰相が全面的に補佐していたために、誰も彼女を止めることはできなかった。


そんなことをしていれば、あっという間に三年が経つ。

少女の身には重いはずの王冠が戴かれる頃には、エルフリーデは既に、国中の畏怖の対象であった。


女王となったエルフリーデは、これと決めていた大きな改革は既に王太女時代にやり終えており、後は細かな点を洗い出して潰していくのみとなっていた。

そんな中、彼女は国内をあちこち視察し始めた。





その日訪れたのは、北の無人地区にほど近い、寒村というに相応しい寂れた村であった。


都会で公共事業が活発になると同時に、こういった小さな村からは労働力が流出し、ますます寂れていくという現象が見られていた。

エルフリーデは、農業や林業といった土地絡みの産業に関しては、対策として補助や控除を行ったが、単に小さな村が過疎化していくというだけの現象に対しては、冷たいようではあるが対策を示さなかった。

どこかが廃村になろうと、そこに住んでいた民が移り住んだ先できちんと暮らしていけるなら、それでいいという考えなのである。

そして、都会に移り住むか、小さな村に住み続けるかは、本人の意思であり自由であり責任であり、国が関与することではないと。


しかし、そんな姿勢は、それに該当する地域の一部の者たちの反感を買った。

だからこそ、エルフリーデはそんな村を進んで視察に行く。

彼女は、既に暮らしが良くなった地域から喝采を受けに行くのではない。

問題点を洗い出し、より良い結果を導き出すために行くのである。


護衛を二人連れていた。

だがそれだけである。

行列を成しているわけでもなければ、王家の家紋が入った豪奢な馬車に乗っているわけでもない。

こういった村では、馬車が通り抜けられる大きな道は限られていることを、彼女は心得ている。

無防備とも言えるほどに少人数にもかかわらず、女王一行は注目を集めずにはいられなかった。


昼日中の寒村を、漆黒のドレスを纏った美しい少女が優雅に歩いているのだ。

その浮世離れした麗しさは、紛れもなく噂に聞く女王でしかありえない。

かつて目にしたことのない絶世の美貌に、彼女に少々反感を持っていた者たちまでが見惚れた。

注目を集めたいという意思はエルフリーデ本人にはない。

しかしこの目立つ容貌では、村娘に扮したところで結局のところ女王であると気づかれてしまう。

堂々と女王として歩くしかないのである。


三十分も歩き回れば、小さな村の様子はだいたい把握できる。

来てすぐに、村長のもとを訪ねて挨拶をし、話も聞いた。

女王はここで、他の寒村と大して変わらぬ様相である、という印象を結論付けた。


「決め手になる特産品もなければ、目立つ資源も無いな。技術面や文化面では――」


その時、騒ぎが起こった。


「呪いの子が逃げたぞ!捕まえろ!」


男の叫び声がする。

エルフリーデよりいくらか幼い淡い金髪の少年が、満身創痍で走ってきた。

必死に何かから逃げている様子であるが、目元を痛々しく腫らしていることからしても、あまり前が良く見えていないのではないかと察することができる。

何があれば、こんな姿になるのか。

虐待か――。


そうエルフリーデが逡巡していると、村の大人たちが集まってきて彼を捕えようとする。

少年は唯一大人たちが近づこうとしない、女王一行のほうへ向かって必死に駆けた。

そして、女王の足元で力尽き、倒れ伏した。


「何の騒ぎだ」


誰もそこへ近づけず、沈黙が流れる。

村人たちは、遠巻きに見ているだけである。


「オットー」


呼ばれた護衛のうちの一人が、主君の意を汲んで少年を抱き上げた。


「そ、その子は…」


すると、焦ったように中年の男が声を発する。

そして、覚悟を決めたように歩み出て、慣れない様子で女王の前に跪き、頭を垂れる。


「女王陛下、どうかその子を、我々に返してください」


男は、震える声を絞り出す。


「顔を上げよ」


温度の無い声で、女王が告げる。


「何故彼が傷だらけであるのか、説明せよ」


それは、有無を言わせぬといった横暴さを伴った、命令であった。


「その子は、罪人なのです。その傷は、それは…。抵抗、したので」

「いかなる罪状か?」


男は答えず、黙りこくった。

その時、オットーと呼ばれた初老の護衛――軍服を着ていることから、正規軍人と察せられるが――の抱える少年が、意識を取り戻した。


「あ、危ない!」


そう叫んだのは、比較的前のほうにいた女である。

少年は狂ったように暴れ出し、オットーの腕から抜け出そうとする。

しかし、屈強な彼に押さえられては、そう簡単にはいかない。


「大人しくしろ」


凛と気高い、少女の声が響く。

優雅な足取りで近づき、彼女は少年を真っ直ぐに見下ろす。


「暴れるな。傷を治してやろう」


びくりと震えてから、少年は大人しくなった。

青白い光をたおやかな手に宿し、エルフリーデは少年の傷を治していく。


「いけません!その子は危険です!」


また違う場所から、女の悲痛な叫びが上がった。


「この少年の罪状を言え」


温度の無い声でエルフリーデがそう告げると、皆がまた黙り込む。


「…嫌いな奴の持ち物を、燃やした」


答えたのは少年本人だった。


「持ち物とは何だ?」

「上着だ」

「それは重要なものか?」

「どこにでもあるようなものだよ」

「罪状はそれだけか」

「それだけだ!」


少年の身体中の傷が癒えていった。

最後に、腫らしていた目を治してやり、エルフリーデがそっと手を離す。


「――っ!!!」


赤い瞳に驚愕を宿して、少年が目を見開いた。

今しがた彼を治療し、自分を見下ろしているこの少女が、女王であると気づいたのだ。


「彼の言うことに間違いはないか」


振り返り、村人たちを見回しながらエルフリーデが問う。

誰も答えない。

それを女王は、無言の肯定と取った。


「呪いの子とは何だ?」


ざわりと、空気が嫌な動き方をした。

エルフリーデは優雅に歩み、最初に跪いた男の目の前で立ち止まる。


「答えよ」

「ひぃっ!」


短く悲鳴を上げ、男は震えながら怯えた視線で女王を見上げる。

感情の宿らない美貌の冷たさが、男の恐怖を煽る。


「答えよ。呪いの子とは何だ?」


わなわなと震える唇を動かそうとするが、男は青い瞳に射竦められて言葉を発することができない。


「む、村の掟です」


答えたのは、別の男だった。

よく見ればそれは、この村に来てすぐ女王一行をにこやかにもてなした、村長だった。


「呪われた炎を持つ子供が生まれたら、殺せと」


老いた村長の顔が、青ざめて震えていることで更に老け込んで見える。


「村の、村のためです!その子には、村を滅ぼす力があります。村だけじゃない、世界だって…!」


ガクガクと震えながらも、村長は必死に訴える。


「陛下、国のためにも…。その子は、殺さなければならないのです!」


女王はただ、冷酷なまでに感情の無い美貌で村長と村人を見回した。


「なるほど。他人の上着を燃やしただけの子供を、寄ってたかって暴行した挙句に殺そうとしていたということか」


その言葉に最も驚いたのは、オットーに抱えられたままの少年だった。


「陛下!ですから、掟なのです!その子を殺さなければ、どんな災いが起こるか!」


村長はそれでも食い下がろうとする。


「掟など知らぬ。私が定めた法では、罪人はお前たちのほうだ」


その場にいる村人全員の血の気が、音を発てそうにさっと引く。


「そ、それだけは、どうかお許しを…!」


村長が、地面に額を擦り付けて許しを乞う。

それに続いて、次々と村人が土下座を始める。


「お、お願いします、陛下…」

「お許しを…」


エルフリーデは少年を振り返る。


「もう自分で立てるか?」


少年が頷くと、オットーが彼を下ろしてやる。


「お前が決めろ。許すかどうか」


青い瞳に真っ直ぐ見つめられ、赤い瞳が困惑している。


少年は一歩進み出た。

そしてぐるりと、村人たちを見回す。

怯えている者、懇願するような視線を向ける者、その様子が憐れを誘った。


決意を固めたように、少年が女王を振り返る。

彼の背後で、村人たちは固唾を飲んだ。


すっと、そうするのが自然であるかのように、少年は女王の足元に跪いた。


「陛下。どうか、彼らをお許しください」


沈黙のまま、空気が揺れる。

それは、村ごと驚愕した気配だったであろうか。


「確かに酷い目には遭いましたが、ぼくがあの炎を使ってしまうまで、村の人たちは親切で良い人たちでした」


女王の深い青は澄み切って、頭を垂れる彼の淡い金髪に視線を注いでいた。


「痛めつけられ、命を奪おうとされたのにか?」

「ぼくは殺されたくありません。ですが、村の人たちも、好きで殺したいわけではないと思います。だから――」

「お前が許すというなら、私も許そう。お前に免じてだ」


少年が顔を上げ、理知的な赤い瞳を女王に向けた。


「陛下、ありがとうございます」


それには答えず、女王は村人たちに視線を向ける。


「お前たち、この少年に感謝をするのだな」


口々に感謝を述べながら、村人たちは頭を下げ続けた。


「村長、国のためにと言ったな。私の臣民であるならば、下らぬ掟より私の法を守れ。さすれば、いかなる災いからも私が守ってやる」


その内容とは裏腹に、美しい少女は神々しいまでの冷徹さと暴虐さを感じさせた。


「世界を滅ぼせる炎か。面白いではないか。世界くらい、私も滅ぼせると思うが――」


この物騒な発言に、空気がまたざわりと動く。


「お前、私に仕える気はないか?」


真っ直ぐに、青い瞳は深く、少年の赤い瞳だけを見据えている。

少年は瞠目し、それから徐々に赤い瞳に喜びが満ちていく。


「はい!誠心誠意、お仕え致します!」


赤い瞳がきらきらと、宝石のように輝いた。

タイトルが中二病っぽい…!

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