23―命をかけて仕える王
「マクシミリアン・フィッシャー!」
先程の長い詠唱無しに、テレーゼが骨壺を掲げて死者の名前だけを唱えると、紫の光が骨壺に満ちて、またもや魔法陣の中央で人型が形成されていった。
「二度目は省略できるのか?便利だな」
ミリヤムがそう口にすると、振り返ったテレーゼがウインクして、
「あの詠唱は、雰囲気作りですわ」
と、ネタを明かす。
ネクロマンサーの術の起動には、魔法陣と骨と死者の名だけで充分なのである。
「あいつ、面白いな」
ミリヤムはテレーゼを気に入った様子だ。
右、左と屍に指示を飛ばすテレーゼは、申し分のない集中力を見せていた。
一度目より手慣れたのか、今度は比較的スムーズに屍が柩に突っ込んだ。
「度胸も根性もあるし、軍に入りゃそれなりに活躍しそうなんだが」
「共に前線に立った男性士官の大半が、使い物にならなくなるでしょうね」
「ああ。残念だ」
ギュンターの指摘に、ミリヤムが頷く。
もともと力を行使するところを他人に見せたがらないテレーゼのことだ、王国軍に誘っても断るだろうとギュンターは容易に想像できた。
しかし、眠らせておくには惜しい人材だというのは、上司と同意見である。
新しい水晶を持って屍に近づき、ギュンターは空間魔法を用いて屍に触れずにその手の中の水晶と交換する。
二つ目の水晶を手にしたギュンターが、それをエルフリーデに手渡す直前に上品に微笑んでみせたのを見て、見守っていた者達は有用な記憶が得られたらしいことを知る。
「左前へ!」
テレーゼは最早完全に手慣れた様子で、かなりの精度で屍を操っている。
屍は、まっすぐ柩に手を突っ込んだ。
振り返った紅い唇が妖艶に微笑み、それに応えるように頷いたギュンターが屍の手にある水晶を取り換える。
「先程と異なる記憶です」
三つ目の水晶を手に、ギュンターが短く報告する。
「続けてくれ」
エルフリーデの指示を聞いて、頷いたテレーゼが再び屍を柩に向かわせる。
何度繰り返しただろうか。
水晶が尽きるまで、テレーゼの集中は途切れる様子を見せなかった。
ローマンなど、途中から鼾をかいて居眠りをしていたというのに。
「初代国王のミイラ、もうぐっちゃぐちゃなんじゃないのか?」
などと言ったミリヤムの言葉にも怖じることなく、テレーゼはエルフリーデが終わりを宣言するまで役目を果たし続けた。
「見事じゃったぞ、ネクロマンサーよ」
「爺さん、途中から寝てたくせに」
「これ!貴族だか将校だか知らんが、年長者に対する口の利き方がなっとらんわい!」
「細かいな、あたしは誰にでもこうなんだよ!」
ローマンとミリヤムのくだらない言い合いには見向きもせず、エルフリーデはテレーゼに歩み寄る。
「ブリューゲル伯爵夫人。アルテンブルク王国第十三代国王エルフリーデ・ジルヴィア・アルテンブルクの名をもって、あなたに最上級の感謝を」
「勿体ないお言葉ですわ」
疲れの滲み出た妖艶な美貌に、それでもテレーゼは微笑みを浮かべて礼をした。
そして、ふらりとテレーゼの足元が崩れる。
「おっと」
咄嗟にギュンターがその身体を支えてやると、テレーゼは婀娜っぽく恥じらった。
「あたくしったら…」
見上げる飴色の瞳が潤んでいて、ギュンターは焦って腕を離す。
「流石にお疲れのようですね。部屋を用意させますから、休んで行ってください」
「お言葉に甘えさせて頂きますわ」
頬を赤く染めて、テレーゼは上目遣いにギュンターを見遣る。
「なあ爺さん、あの二人デキてると思うか」
「わしの勘じゃと、もう一歩といった段階じゃな」
ヒソヒソ話を交わすミリヤムとローマンは、先程までとは打って変わって仲が良さそうだ。
「まあ無理もなかろうて。古今東西、男は美女と色仕掛けにはめっぽう弱いと決まっておるのじゃからのう」
「だよなあ」
頷き合っている二人の会話が漏れ聞こえてきて、ギュンターは苦笑を禁じ得ない。
エルフリーデまでが聞き耳を立てていることに気づいて、流石に心配になった。
「叔父上、ブリューゲル伯爵夫人をエスコートして差し上げてくれるか?」
「わかりました」
エルフリーデの言葉にギュンターが頷くと、テレーゼは喜色を浮かべて妖艶に微笑んだ。
「ご隠居。お見送りできず恐縮ですが、叔父上たちと一緒に地上へ出て、来たとき同様にその先は衛兵の案内でお帰り願えますか?後日改めて、お礼に伺います」
「仕方がないから、それでよいわい。いつもの酒を忘れるなよ」
記憶水晶の出来栄えに満足したためか、ローマンはいつもよりご機嫌である。
「私は柩と水晶の跡片付けをする。ミリヤム、悪いが、それ以外の片づけを頼まれてくれるか?骨壺を帰しに行く際は、私も同行して故人に礼を伝えたい」
「ああ、いいぞ」
片付け組の二人はまず、ギュンターに支えられて幸せそうに頬を緩めるテレーゼと、大義を成し遂げたといった表情の満足気なローマンを、その部屋から見送った。
エルフリーデは、なかなかに荒らしてしまった初代国王のミイラに、駄目元で治癒魔法をかけてみた。
しかし、既に死者となっているその身体は修復できず、思いつく限りの謝罪を述べて柩の蓋を閉めた。
そして、初代国王に使った記憶水晶をひとまとめに空中に浮かせ、自分の記憶の入った一つは脇に抱えて持つ。
ミリヤムは、「うっげ、臭っ」などと言いながらも、獣の血で描かれた魔法陣を綺麗に拭き取った後、燭台の火を消して回った。
今日この部屋で行われたことは国家機密なのだ。
みだりにこの件を知る者を増やさずとも済むよう、二人はこうして自分たちの手で全てを片付けたのだった。
「んじゃ、こいつを返しに墓に行くか」
そう言ってミリヤムが部屋を出たところで、
「ミリヤム」
エルフリーデがミリヤムを呼び止めた。
「なんだ、エル?お前、変な表情してるぞ」
エルフリーデは、脇に抱えていた唯一の黒い水晶を、片手の手のひらに乗せて持った。
「これは、私の最も忌まわしい記憶だ。叔父上とご隠居はこれに触れたから、中を見ただろう。ミリヤムも、もし見たいなら――」
琥珀色の瞳が、青い瞳をじっと見つめる。
「ああ、それってさ。他の奴らが見てるのにあたしは見てなかったら、仲間外れにされて拗ねるだろうと思ったのか?」
「まあ、そんなところだな」
お互いに視線を逸らさない。彼女らは真剣にお互いの瞳だけを見ていた。
「あたしは――」
しばし、ミリヤムは逡巡した。
わざわざ問われただけの重みがその中にあることを、彼女は察している。
「見てもいいってエルが言ってくれただけで、充分だ。それに、過去にエルが何してても、あたしはエルについていくって決めてるから」
ニカッと、真っ白な歯列を剥き出して、ミリヤムは太陽のような笑みを浮かべた。
それは、暗い地下でも確かな暖かさをもって、輝いて見えた。
「だから、見なくていい。エルは親友だし、何より――」
エルフリーデのもう片方の手を取って跪き、ミリヤムはその甲に厳かに接吻した。
「あたしが命をかけて仕える王だ」
そんな、忠節の騎士のような仕草をするミリヤムの琥珀色の瞳に、まっすぐで真摯な忠誠の光が宿っている。
「その中に何があっても、あたしは臣下だ。だからエルは、信じていればいい」
ミリヤムは、エルフリーデの不安を的確に見透かしてそう言ったのだ。
そのことがエルフリーデにはよくわかった。
「ミリヤム。ありがとう」
安堵と喜びの色を浮かべて、エルフリーデは泣きそうに微笑した。
「礼なんていらないって。女王サマは堂々としてろ」
話は終わったとばかりに、ミリヤムは歩き出す。
少し遅れて歩き出したエルフリーデの足取りは、ほんの数分前より随分軽くなったように見えた。
テレーゼさんには幸せになってもらいたいんですが、今のところ良いお相手が思いつきません…。




