22―記憶水晶と屍の奮闘
輝かしい夏が過ぎ去ろうとする頃、墓地を囲む木々から散ったまだらに茶色い落ち葉が、ミリヤムの足元に散在していた。
ある墓の前で、彼女は足を止める。
その墓の主には生前、手を触れた他人の記憶を垣間見る魔力があった。
そのために彼は、墓を暴かれようとしている。
墓の管理者と血縁者たちの許可は得ている。
しかし、気分のいいものではない。
「悪いな。けど、この国のために、力を貸してくれ」
そう言ってミリヤムは、骨の納められた石の蓋を開く。
骨壺を丸ごと取り出して、蓋を元通り閉めた。
「仕事が済んだら、帰してやるからな。少しの間、一緒に来て手伝ってくれ」
死者の遺骨を抱えて彼女が向かう先では、これから試みる重要な計画の準備が整えられていた。
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「連れてきたぞ」
そう言ってミリヤムが、骨壺を所定の位置に下ろす。
そこには既に、獣の血で奇怪な魔法陣が描かれていた。
アルテンブルクの王宮地下にあるその広い部屋は、壁や天井は飾り気のない石でできており、しっとりと暗く肌寒い。
今は壁に設えられた燭台に火が点されており、その室内を揺れる明かりが照らし出していた。
部屋の奥に柩が十二、並んでいる。
そこには歴代の国王の名前が彫られている。
中には、これらの王たちのミイラが納められているのだ。
そのうちのひとつ、先王エアハルト・グスタフ・アルテンブルクの柩にだけは、ミイラが納められていないことをエルフリーデは知っている。
その中身は遺品だ。本人の身体ではない。
「陛下は第十三代国王、ですのね。十三だなんて、とても不吉な…いえ、素敵な数字ですわ」
色気の化身のような艶っぽい女性――テレーゼが言う。
今日は紫の薄絹の長いローブを身に纏っており、悩まし気な身体の線は隠されているのだが、それでも声や仕草などを通してあふれ出す女性らしい魅力は、相変わらず振り撒かれていた。
「それは、儀式用の衣装なのですか?」
と、涼しげな目元に知的好奇心を滲ませたギュンターが問うと、
「雰囲気作りですわ」
と返ってきたので、別に伝統や作法を重んじて用意されたローブではないらしい。
「やーっと見つけたわい!」
息を切らして入って来た老職人――ローマンの、真っ白な長い眉と髭が呼吸につられて揺れている。
「年寄りに最後まで道案内もせぬ若者ばかりになったとは、世も末じゃて。あの衛兵ども、地下に入る許可がどうのこうのと、わしを暗い中ひとりにしよって!」
皺の深い顔に不快の色を浮かべながら、老いた職人は黒色の水晶を大量に床に下ろす。
「これは、こちらが至らぬばかりに申し訳ありません、ご隠居」
部屋の奥から姿を見せたエルフリーデが、謝罪の意を示す。
「ふんっ。まーったく、わしがおらんと世界が滅ぶと縋ってきたなら、もっと大事に扱わんかい!こんなに大量に記憶水晶を作らせよって、残り少ない寿命をどれだけ持っていくつもりじゃ」
不平を鳴らしながらも、この老職人は注文通りに三十は新作の水晶を用意してきた。
“記憶水晶”と名付けられたそれは、その名の通り記憶を保持する目的でローマンが作り上げたものである。
「あら、ごめんなさい。あたくし、この力を使うのは久しぶりですし、一度で上手く操れるかわからなくって」
「難しいことをお願いしたのは我々です。あなたの責ではありませんよ」
ネクロマンサーの使う屍は、意思を持たず低級使い魔のようにしか動けない。
仮初の主の指示で生前の魔力を行使することはできるが、細かい制御は非常に難しい。
一度で狙った記憶を取り出すことは困難であることには、察しがついた。
この場に立ち合うのは、エルフリーデ、ミリヤム、ギュンター、ローマン。
そして魔法を行使し今回の目的を遂げるこの場の主役は、ネクロマンサーであるテレーゼである。
アルベルトはまた置き去りにされることに納得しない様子だったが、この場は最低限の関係者に留めてほしいというテレーゼの希望が尊重された。
初代国王の柩を開ける権限を持つエルフリーデ、骨と骨壺の管理責任者となっているミリヤム、今回使用する新作水晶の作者であるローマンの立ち合いは必須である。
ギュンターについては、テレーゼの希望で助手として呼ばれたのだった。
「全て揃った。始めようか」
エルフリーデのその声を合図に、その場が静まり返る。
テレーゼは、魔法陣の中に立った。
その三歩後ろ、水晶の山を足元にギュンター。
エルフリーデは一番奥の柩の傍に。
残る二人は壁際に控えている。
両手で骨壺を抱え上げ、テレーゼが詠唱を始める。
「我、獣の血を捧げものとして汝が肉を呼び戻さんとする者。我、仮初の生命を代償に汝が力を求めし者。汝が骨を礎に、我が身に宿りし精霊の力を貸し与えん。地獄の門より出で来りて、我が喚び声に応えよ。マクシミリアン・フィッシャー!」
名を呼ばれた途端、骨壺に紫色の怪しげな光が満ちた。
そこから煙のように、紫色の何かが漏れ出て床へ向かって流れていく。
そして、魔法陣の中央で人型の何かが徐々に形成されていった。
それは、顔の無い人型の何かだった。
全身の質感は肉と土の中間といったところで、幸いにも輪郭は荒く、衣服を身に纏わなくても女性陣から悲鳴が上がるようなことはない。
姿からは、男か女かもよくわからない。
しかしこれが、マクシミリアン・フィッシャーという男の仮初の生を受けた動く屍なのだとは、その場の誰もが理解した。
「シュレンドルフ公、水晶をお願いしますわ」
ギュンターがその屍に触れることなく、空間魔法を使って屍の手に水晶を握らせる。
ゆらゆらと頼りない足取りで、水晶を持ったまま屍がエルフリーデのほうへ近づく。
エルフリーデは柩を開いて、脇へ退いた。
「もうちょっと右。もうちょっと左ですわ」
右手を伸ばして、テレーゼが屍に指示を送っているようだ。
よろりよろりと、おぼつかない足取りで屍はなかなか目的の柩にたどり着かない。
「もうちょっと手前…そっちじゃありませんわ!いけませんわ、戻りなさい!」
エルフリーデの肩に、屍の手が触れた。
ぞわりと、身体の奥を覗かれるような悪寒が一瞬、エルフリーデの全身を駆け抜けた。
「その水晶はもう、そこの王様の記憶を吸ってしまったじゃろうて、取り換えるんじゃな」
「申し訳ありませんわ、陛下」
「構わない。新しい水晶でもう一度頼む」
失敗を想定の上で、記憶水晶の数を多目に頼んでおいたのだ。
しかも今の場合、エルフリーデとしても、転移で避けることはできたのに、屍の魔力と水晶の効力の実験台になるためにわざと避けなかったというのが真相である。
ギュンターが空間魔法を使って、屍に触れずに使用済みの水晶をもぎ取り、一時的に空中に留める。
そして、交換に新しい水晶を握らせた。
宙に浮く水晶を回収しようとそれに触れた時、彼は涼しげな目元を思い切りしかめてしばらく動けなくなっていたのだが、暗い部屋の中で気づいた者はいないようだった。
「私はそちらの壁際へ移動しよう」
エルフリーデは、すれ違いざまにギュンターから先程自分の記憶を宿したであろう水晶を受け取りつつ、ミリヤムたちのいる壁際へ退避した。
「右ですわ。もう少し前へ。もう少しですわ」
再び、テレーゼは屍を懸命に動かす。
ローマンが、先程の水晶を持ったままのエルフリーデの耳元にそっと口を近づけて、ヒソヒソと声をかける。
「わざとなんじゃろう?見せてみい」
黒色の新作水晶の出来栄えを確かめようとそれを受け取った老職人は、知的好奇心と探求心に輝かせていた暗灰色の瞳をたちどころに曇らせた。
「なんじゃ、お前さん」
そう小声で掠れ声を発する口元は、長い髭ごと小刻みに震えている。
エルフリーデの記憶を――悪夢を、見ているのだ。
「こりゃ、酷いわい」
皺の深い顔が、燭台の下で青ざめて見える。
エルフリーデは、その震える手から黒い水晶を取り上げた。
「もう充分でしょう、ご隠居。成功です」
老職人は答えない。
黙って、暗灰色の瞳を無表情な女王の美貌に向けている。
右だとか、前だとか指示を続けているテレーゼの声が、ローマンには先程より遠くに聞こえた。
「フィッシャーという男は、最も強く残っている記憶を見る。あるいは、最も強い記憶から順に見る。そういう仮説が立てられそうです」
感情の無い声で、女王は静かに自分の見解を述べた。
「あの記憶をご覧になったご隠居がもし、これ以上私に協力するのをやめたいとお考えなら、無理にとは――」
「見くびるでないわ」
ローマンのしわがれた小声が、いつもより低く真剣な色を帯びる。
「わしほどの歳月を生きておれば、この程度のことで大局を見誤ったりはせん」
伸びた白い眉の奥の暗灰色の瞳を、青い瞳はじっと見据えた。
そこに覚悟の色が宿っていることを、女王は正確に読み取る。
「感謝します、ご隠居」
ふんっと、鼻を鳴らして視線を逸らし、ローマンはネクロマンサーと屍を見守る姿勢に切り替える。
エルフリーデもまた、テレーゼと屍の奮闘を見守ることにする。
「そうですわ、そのまま前へ!」
不鮮明な輪郭の人型の屍は、初代国王の柩の中へ倒れ込むようなかたちでミイラに触れた。
「やりましたわ!」
その数舜後、屍は頼りなく霧散していく。
「あら、ちょうど限界だったみたいですわね」
ネクロマンサーの使う屍は、持って数分から数十分なのだ。
柩の中からギュンターが水晶を掬い出す。
テレーゼはというと、もう一度骨壺を持って魔法陣の中に立った。
「少し休まれてはいかがです?お疲れではありませんか?」
ギュンターが、テレーゼを気遣って声をかける。
「お優しいのですね、シュレンドルフ公。ですが――」
ほんのりと頬を染めてしなをつくり、テレーゼは嬉しそうに微笑んで言う。
「陛下がもういいとおっしゃるまで、あたくしは頑張りますわ」
それは、見た目よりずっと強い女性なのだという印象をギュンターに抱かせるに充分な、凛とした姿だった。
週末なので一日三回投稿にしてみました。
平日はまた二回でやっていこうかなと思います。




