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16―為政者の佇まい

その午後。

女王のもとに、非公式の緊急会議をするという暴君の横暴により、五人の臣下が集められていた。

この女王はこういった話し合いの場において、独断と偏見で好きなように面子を決めて、身分も職業も階級も無視して同列扱いで同席させるのであった。

故にいつでも非公式、その後の公式な処理は事後報告を受けた宰相任せである。


そこは応接室ではなく、王宮の一角にあり会議室と名付けられた、簡素で使いやすい部屋だ。

開け放たれた広い窓からは、夏の陽光が室内を照らし、爽やかな風が吹き込んでは暑さを和らげている。

中央に設置された楕円形のテーブルを、ぐるりと囲むように椅子が置かれ、上座も下座も関係なく、銘々が好きな場所に座る。


この場に集められたのは、ミリヤム、ギュンター、アルベルトというお馴染みの面子に加えて、あの空間にいた当事者としてトシツネ、そしてもう一人。


もう一人というのは、初老の将校。

アルテンブルク王国軍大将にして、軍ではミリヤムに次ぐ地位を持つ、オットー・ジークムント・ミュラーである。

由緒あるミュラー伯爵家の当主でもある彼だが、自身の階級を年の功によるものと捉え、王族の血を引き総帥の補佐役を果たすギュンターを実質のナンバーツーと認識している、謙虚な人柄を持つ。


がっしりと筋肉質な体躯に着慣れた軍服はよく馴染み、伸びた背筋と無駄なく上品な身のこなしが、老紳士という言葉を彼に相応しいものにしている。

時を重ねてきたことを示す見事な白髪は短く切り揃えられ、同じように白い眉や口髭はよく整えられている。

そして、獅子を彷彿とさせる力強い目からは、鳶色の瞳が一点の曇りもない視線を投げかけ、公正な印象を与える。


初老ではあるが美形だ、というのが、容姿に劣等感を持つトシツネの持った感想だ。


「まずは、この場に集まってくれたことに礼を言う」


初めに、エルフリーデが口を開く。

青い瞳が深く、その場にいる一人一人を順番に見据えた。


「楽にしてほしい。ここを非公式の場とし、遠慮や気負いのない発言を求めたい」


言われるまでもなく楽に、長い脚を組んで投げ出していたミリヤム以外も、僅かに姿勢を崩して詰めていた息を吐いた。


「そしてもう一つ、言語について。この場の全員が効率よく理解・発言できるよう、トシツネの母語であるイヅノメ語を使用する」


トシツネが、謝意を表すように無言で礼をする。

このような気遣いをさせずに済むよう、早く精霊言語を上達させたいところだが、何せ誘拐されたり何やかやと落ち着かない身なので、なかなか叶わない。


「情報の共有から始めたい。私の知る限りの事実を述べるので、補足や修正、あるいは質問があれば随時申し出てほしい」


この場の全員が、居合わせなかった時点の出来事についても把握できるよう、エルフリーデはあの夜からの出来事を順序立てて述べた。

そこに、ギュンターが空間属性の魔力所有者に関する調査結果、ミリヤムが国内に敷いた警戒態勢と警備部隊からの報告、トシツネが異空間で見聞きしたことを加えて話す。


全員が状況を理解したところで、重い沈黙が流れる。

おそらく皆、同じことを一番に問題視していることを、お互いに察した。

そう、敵が精霊であるということである。


「他に被害報告が無いことから、エファの狙いは私およびトシツネのみと考えられる。叔父上の報告からも、エファの単独犯、あるいは協力者がいても王族とは関係の無い者、と考えていいだろう」


「つまり、精霊エファの性質と目的について、どれだけ情報を集められるか。そこから何を推測し、いかに対策できるかが勝敗を分けるということになりそうですね」


口を開いたのは、最年長のオットーだった。

皆が頷いている。


「かの精霊の主な力が空間魔法であることは、述べるまでもありません。では、それ以外にエファの発言から拾える情報は――」


続けるオットーの言葉に、皆が耳を傾ける。


「精霊エファは人間を憎んでいること。憎しみの原因は人間による裏切りの可能性が高いこと。人間の身で陛下を慕うトシツネ殿が気に入らないらしいこと。新たな肉体を手に入れていること。トシツネ殿が陛下のものになったら迎えに来る、という解釈のできる発言をしたこと。といったところでしょうか」


トシツネの頬が真っ赤に火照った。

照れも無く淡々と的確な状況整理ができるオットーに尊敬の眼差しを向けつつ、トシツネがエルフリーデを慕っていることがこの場の全員の前で明らかにされた羞恥には、やはり耐え難いものがあった。


「なるほど。最後の点について確認ですが、トシツネ殿をまだご自分のものでないとおっしゃる陛下の発言によって、エファがお二人を解放したと、会話の流れから読み取れると。

 更にその後に続けられた、機が熟したら迎えに行くという言葉から、この機が熟すというのは、トシツネ殿が陛下のものになったということを指すと考えられる。ということでしょうか?」


アルベルトが、補足するように発言する。

オットーはそれに頷く。


「申し上げにくいのですが」


オットーはエルフリーデをしっかりと見据える。


「トシツネ殿を国外へ逃がし関りを断てば、エファは手を引くのでは」


トシツネはどきりとする。その通りだと思うのだ。

エファは人間を憎んでいる。人間である彼が気に入らなくて今回の行動を起こして来たのだろう。

どうやら自分がいなくなれば平穏が訪れる。そもそも自分がいなければ、このような問題は起こらなかった。

自分の命ひとつが救われるために、大変なことになってしまった。

肩身が狭いどころではなく、彼は事の大きさを受け止めきれず狼狽する。


「ミュラー大将の言う通りだ」


凛とした声が響く。青い瞳は揺るぎなく、初老の将校を信頼を込めて見据えている。

この女王が彼に与えた階級は、決して年の功だけによるものではない。

エルフリーデが最も信頼する臣下とは、こうして忌憚なく彼女の意にそぐわない正論を述べられる者たちなのである。


「それは最も容易で明快な解決策だ。エファに手を引かせることだけを我々の目的と定めた場合、最良の策と言える」


それが、恋も知らなかった憐れな女王に、初恋の人を追い出して二度と会うな、という内容であったとしても。忠節の臣下はそう進言し、賢明な王はその言の正しさを認めるのだ。


トシツネとて、捧げた忠誠に嘘は無いつもりだ。誓いを立てた時から、彼はもう女王の臣下なのだ。

主君がそう決定するならば、例え恋焦がれる想いに胸が裂けても、従う覚悟を決める。

臣下として主君の命により彼女の元を去るならば、無駄死にしたがるばかりだった以前とは比較にもならないほど、それだけで誇りを抱ける。だから、追い出されたと恨むことなど決してない。


「皆に意見を求めたい」


青い瞳がもう一度、その場にいる全員を順に見据える。


「我が国にとって、目的をどこに定めることが最善か」


それまで寛いでいたミリヤムが、脚を組み直して心なしか前に乗り出す。


「エファを一時的に退けることに留めるべきか。それとも、根本的に退けることに挑むか」


美貌の女王から、恋する乙女の面影は鳴りを潜めている。

それは紛れもなく、公正を究めようとする為政者の佇まいだ。


「前者は易く、後者は難い。考慮してほしい点は、我が国におけるエファの立ち位置だ」


私情を排した透き通った声が、真摯に語る。


「これまで、歴代の王のみがエファの身体が封印の依り代となっていることを知っていた。エファの存在が我が国の脅威となりうることが明らかになった現状において、掟に従いその事実を隠すのは愚策と判断し、私はここにいる者達に秘密を明かした」


王の器、というものを全員が感じていた。

故に皆、神託を受けるかのように全てを傾け、女王の言に聞き入る。


「依り代としてのエファと、今回干渉してきたエファとの同一性。そして、その精神と身体と魔力について。封印の構造について。これらについて、我々は現在解明できていない。明らかなのは、我が国とエファの存在が、封印が存在する限り切り離せないということだ」


臣下たちは、王の思考に同調するようにその内容を理解していく。


「一時的にエファを退けた場合。おそらく後数百年、私の治世の間くらいは、エファによる干渉から我が国を守ることができるだろう。しかしこの場合、将来的には再び何らかの干渉がある可能性がある」


トシツネは思う。その将来という時間の中に、もう自分はいない。おそらくここにいる老将軍も。王とてそこに含まれないかもしれない。

しかしその将来をも、王の青い瞳は見据えている。


「根本的にエファによる脅威を退けることに挑む場合。成功すれば半永久的にこの件を解決に導ける可能性がある。失敗すれば我が国は痛手を負う」


痛手が指す内容には、王の身が危険に晒されることも含まれていることを、皆が認識する。


「我々はどこまで、リスクを負えるか。どこで引くか。最良と最悪の結果を想定して考えてほしい。我が国にとって、最善は何か」


青い瞳が皆を見回す。

その視線は様々な私情を拭い去るかのように皆の上を滑り、澄んだ深い色を灯している。


ギュンターが軽く手を挙げ、口を開く。


「ひとつ。封印が現在のかたちで存在する限りにおいて、それを唯一維持できる陛下の生存は絶対条件です。適切な準備もなく封印が解けた場合、それにより何が起こるか予測できない以上、最悪この世界そのものを危険に晒すことも想定されます。リスクを負える限界、つまり引き際という点に関する僕の意見としては、陛下を死なせないところまでと申し上げたく存じます」


エルフリーデは深く頷く。

ギュンターもまた、叔父として姪の命を惜しむためでも、友人としてのエルフリーデを守るためでもなく、王の忠節な臣下として申し出たのだとわかる。


「エファがどういう存在かってのは色々わからないけど。怒ったら攻撃してくるような奴じゃ、今後また別の理由でもこういうことが起こるかもしれない。エファがキレる度に国が存亡の危機に晒されるなんて最悪のことも考えられる。やり過ごして放置ってのは、良策とは思えないな。引き際ギリギリまでは立ち向かうべきだっていうのが、あたしの意見だ」


ミリヤムもまた、友人たちや自分の命や立場より、国の未来を考えている。


アルベルトが口を開く。


「つまり大まかな方針として、陛下を死なせない範囲において恒久的解決に挑み、限界を感じた段階で一時的平和の確保に切り替える、ということでよろしいので?」


オットーが頷く。


「それが望ましいように思います。安全策であるからと初めから一時凌ぎを選択するということは、我々の代で露見した問題を故意に後世に託すと同義です。今より良い状況が後にある保証がどこにもない以上、挑む前に諦めるのは愚策と言えるでしょう」


老将軍は、こうして後世を慈しむ。


トシツネは、自分が場違いなところにいるのではないかと思う。

こんな風に、私情を排して国や未来のためだけに発言することは、若い彼にはできそうにない。

まだまだ、自分のことで精一杯なのだ。ただ尊敬の念を湛えて、ここにいる皆を黙って見ていることしかできない。


「トシツネ」


エルフリーデが呼びかける。

それは私人としてではなく、女王としての声だとわかった。


「エファの脅威を根本的に退けるためには、今すぐエファに手を引かれては困ることはわかるな」


トシツネは神妙に頷く。


「そのためにお前は、重要な役割を果たせる立場にある。今一度、選べ。この国に留まって我々に協力するか」


揺るぎない青い瞳。為政者としての彼女に問われている。


「命の保証はない。死より恐ろしい目に遭うこともあるかもしれぬ。だが同時に、お前を信頼して動く限り、我々の命運もまたお前に左右されうる。お前の選択ひとつで国が滅ぶこともあり得る。ここに留まると決めたなら、お前はこの国と我々の命運を共に背負うことになるのだ。中途半端な覚悟でいられても却って迷惑になる」


その重みに、足がすくむ感覚が無いわけではない。けれど、この足でここに立っていることの意味は、彼にはひとつしかない。

それは唯一の願いで希望。そして、彼の答えそのものなのだ。


「さあ、選ぶがいい。覚悟はあるか」


真っすぐに、光を宿した焦げ茶色の瞳を向けて答える。


「はい、陛下。全てをかけて、覚悟を誓います」


静かに深く、女王は頷く。

青い瞳と焦げ茶色の瞳が、同じ覚悟で結ばれて見つめ合った。


生涯忘れ得ぬ臣下の誇りを胸に抱いて、トシツネは確かに、自分が変わっていくのを感じていた。

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