第5話 大浴場
女子の入浴時間が終わり、男子の入浴可能時間終了30分前。
春紀達の様な誰かと居るのが当然のような者は既に入り終えているのだろう、姿は見当たらない。
晋は静かになっただろうと頃合いを見計らい大浴場に足を運んだ。
「ふー……」
晋が湯船に浸かり大きく息を吐く。
彼の予想通り騒がしさはない。騒ぎ立てる様な人物がいないからだ。より深く、肩まで浸かろうと体を沈める。
「……悪くねぇ」
肩まで浸かりながら呟く。
1分を数えるまでもなく入口の扉が開いた音がして顔を上げる。そろりと大浴場に光太郎が入ってくる。
「…………」
周囲を気にしている辺りから彼の内心も伝わる。こんな空間でまで虐めが続くのだとしたら相当に歪んでいると思う。一つ屋根の下、プライバシーと言ったものは殆どない。
如何な人間と言えど、流石に1人の休まる空間がなければ辛いだろう。
光太郎はかけ湯をして体の汚れを洗い流してからお湯の中にゆっくりと足を入れる。
「ご、ごめん……」
突然に謝罪をされ晋は顔を顰める。
「何が?」
「いや、だって僕が入ったら……」
お湯が汚れると思って。
などと彼は語る。何を言っているのか理解ができない。汚れると思っているなら入らなければ良い話だ。
「別に……かけ湯しなきゃ色々言っただろうけどな」
確かに汗をかいた彼は余り良く見えないのかもしれない。とは言え、風呂を使う権利は光太郎にもある。これを晋に否定する事はできない。
「入りたいなら入ればいい。俺が決める事じゃない」
晋は一瞬、風呂からあがってしまおうかと考えるも、まだ入っていたいという気持ちのため留まる。
あがってしまおうかと考えたのは光太郎に声をかけられたことが原因だ。彼と仲良くする理由もないというのに、僅かな優しさでも見せれば、また話し掛けてくるかも知れない。
彼との会話に煩わしさを覚えたのだ。
とは言え、自分がまだ入っていたいという気持ちを態々曲げる理由がない。
「…………」
話しかけられても適当に流せば良いだろう。晋は天井を見上げる。大浴場だけあって手が届きそうにもない程に高い天井だ。
「ねえ、護仲くん」
「……」
「護仲くんは友達とかいる?」
「居ねえ」
彼は友達という関係性に憧れがない。期待を寄せるだけ裏切られたと思うようになるのだ。人間関係の構築はいつか崩れるのだ。
これは晋なりの自己防衛だ。
誰も助けない。誰からも助けられない。恩を着せるのも着せられるのも、他人から何かを求められるのも、他人に求めるのも。
誰とも関わらなければ平穏無事に生きられる。恨まれることも頼られることもない。
「そっか……僕も友達居なくて」
仲間を見つけたように安心するのが理解できない。
「……友達、欲しいとか思ってる?」
「それは……うん」
では、根本から違うだろう。
価値観が、認識が違う相手といて話をする空間に身を置くのは疲れてしまう。だから、もう彼との会話は噛み合わない。
ザパリと風呂の中で晋は立ち上がる。
「……あ、護仲くん」
「…………」
一瞥して直ぐに目を光太郎から外し脱衣室に向かう。
「合わねぇな」
ゼロでありたい人間と、今よりもプラスになりたい人間とではズレがあって当然だ。
「ま、精々頑張れよ」
晋は彼の考え方に口を挟むつもりも、アドバイスなどしてやるつもりもない。他者の人生に深く関わるつもりはない。
「てか飯ってどうなるんだ?」
取り敢えずは部屋に戻るかと身体の水気を取り、制服を着て案内された部屋に戻る。
「よいしょっと……」
ベッドに腰掛け一息。
する事がない。本などの娯楽品はない。スマートフォンは学校のロッカーに入れてしまっており、異世界に持ち込む事ができなかった。
「やべー……暇かも」
遊び相手などいない。
胸ポケットにあった生徒手帳を取り出してペラリと意味もなく捲り読み始める。
「こんな校則あったんだな……」
まともに読んだことのない手帳は少しの時間つぶしにはなるだろう。
「……必要なくねーか?」
暫く生徒手帳と睨めっこをしていると扉を叩く音が響く。生徒手帳を胸ポケットにしまいこみ、扉を開きに近づく。
「はいはいっと」
ドアノブを捻り、扉を開けば立っていたのはディアラだ。彼女はペコリと小さく礼をする。何用かと疑問に思い晋が首を傾げると、彼女は用件を直ぐに伝える。
「夕飯の支度が整いました。先に1階のホールにてお待ち下さい。私は皆様に声を掛けてから向かいますので」
「分かりました」
心配していた夕飯については問題なくありつけるようだ。晋は胸を撫で下ろす。
「ま、暇潰しなんて1個も見当たらねぇけどな」
生徒手帳もきっと直ぐに読み終わる。
「……行くか」
どうにもならないだろうと部屋の外に出る。
廊下にはゾロゾロと生徒たちが出てきている。同じくディアラが夕飯の報告をしたからだろう。ガヤガヤと騒がしいクラスメイトの中を逆らわずに同じ目的に向かって歩く。
「夕飯、何だろうな」
「肉食いて〜」
他愛のない話し声が響いてくる。
階下には女子達の姿が見えた。




