第6話 退屈凌ぎの為の取引
テーブルの上には何種類もの料理が準備されている。
「……まだ読んでんのか?」
メイドのディアラに案内された食事会場は広い。数十人が優に入り切るほどだ。
ビュッフェ形式で好きなように食べる量を調整できる。多くの者が仲の良い者と食べる中で、晋は一緒に食べる相手も居らず1人で食べるつもりだったが、同じく1人でいる金丸に声を掛けた。
「……珍しいな」
本に向けていた視線を上げ、眼鏡の奥の目が晋を見ていた。
金丸から声をかける事もなく、当然、日常の中で晋からも声を掛ける事はない。だから珍しい。
「退屈なんだよ」
娯楽品の類が何一つとしてない。
仲良しこよしの為に声をかけたわけではない。本を持っているからだ。娯楽品を持ち込めた彼にだけ。
「その本、読み終わったら貸してくれ」
晋からの申し出に一瞬、不思議そうな顔をする。
「……まあ、良いけど。描写はくどいし、一般的に面白いかどうかは分からない」
金丸がそれでも良いのかと確認する。
「良いんだよ。生徒手帳読むよりは絶対マシだから」
会話が途切れる。
互いに他者との会話を好むようなタイプでもないのだから当然だ。
「どれくらい掛かる?」
立食形式の為に自由に動き回る事もできるが、彼らが立っているのは会場の隅だ。態々中央で食べる理由がない。
「少なくとも明日以降になると思う。中々纏まって読む時間が取れないし、立ち読みだから目が滑るんだ」
直ぐにでも読み終わると言う訳でもない。明日からはより忙しくなるのかもしれない。仕方がない話だ。数日、我慢しなければならないと言うのは。
「護仲」
話が変わる。
雰囲気で理解できた。
「ん?」
「本を貸すのは良い。それは良いから、君のそれを少し分けてくれ」
本に指を挟み一度閉じると晋が右手に持っていた皿からミディアムレアの肉を一切れつまみ取り口に入れた。
「おい……」
「正直、あそこに行くのは嫌なんだ」
口元についたソースを指で拭い、指先についたソースを舌で舐めとる。
「まあ、別に良いけどよ」
本を貸して貰おうと思い声を掛けただけ。2人の認識は一致している。これはただの取引だった。本が読みたいから読み終わったら貸して欲しいという晋の願いに、金丸は許可をだした。
「……牛肉か。この世界の価値観は知らないけど、結構豪勢なパーティー染みてるなぁ。財政的にも余裕がないとか言ってたのに」
どんなつもりでこんな立食会のような夕食にしたかは定かではないが、転移者である勇者達を持て成そうとでも思ったのだろうか。
「本については僕が読み終わったら改めて護仲に言うから。その時まで待っててくれ」
金丸から伝えてくれるのだから晋から態々確認を取る必要もない。
「……分かったよ」
晋が了承を伝えると金丸はついでにとお願いをしてくる。
「あと、僕の分の食べ物を持ってきて欲しい」
「はいはい、持ってくるよ」
本が借りられれば退屈は紛らわす事ができる。今は仕方がないが言う事を聞いておくべきだろう。晋は料理の置かれたテーブルに向かう。
「おいおい、岩崎。ちゃんと食ってんのか?」
「や、安村くん……」
春紀の声に近づく。
「…………」
皆んなが料理を取る場所だと言うのに王様気取りか、彼には退く気配が見えない。晋からしてみれば大変邪魔くさい。
眉間に皺が寄ってしまう。
「肉食べてんなァー! お前は豚だろ? なぁんで肉食ってんだよぉ!?」
耳障りな声が響き渡る。
晋にどうこうするというつもりはないが、気分は良いものではない。面倒臭いと思いながら春紀の横から晋が料理を取るために手を伸ばす。
「……何食いたいか言っとけっての」
適当に肉料理をいくつか取り。次に野菜を皿に取り分けようとして、野菜に素手が突っ込まれるのを目視した。
突っ込まれたのは春紀の左手だ。
晋の手がピタリと止まった。サラダを取ろうと伸ばしていた手を下ろす。
「…………仕方ねぇか」
野菜は必要ない。
「おら、野菜食ってろよ。豚ぁ」
「げほっ、ごっ……」
口に野菜を突っ込まれていく光太郎に背を向けて晋は金丸の元へと戻っていく。
「ほらよ」
戻ってみれば壁に寄りかかり彼は読書を再開していた。
「ん、どうも」
再び本が閉じられる。
「肉ばかりでくどいと思うけど我慢してくれ」
流石に素手が突っ込まれた野菜を食べようなどとは晋には考えられなかった。調理過程で手で触れるならば衛生管理面は問題ないだろうが、目の前であんな事になれば仕方がない。
「何か騒がしいけど」
状況について部屋の隅で本に齧り付いていた彼は余り把握していないのだろう。
「どうでも良いだろ」
話すようなことでもない。
重要な事柄でもない。いつも通りのことだ。関係などない。
「じゃ、できるだけ早く読み終われよ」
会話をしていては読書するにも食事を取るにも気が散るだろう。彼に皿を手渡して晋は別の場所に移動した。
「……他人に迷惑かけんなっての」
未だ騒がしい中央に舌打ちをしながらビーフを口に運ぶ。先程よりも料理の味が落ちてしまっているような気がした。




