第4話 ルール
パンパンと軽く手を叩く音が複数回。
座り込んでいた晋は音のした方へと顔を向けた。
「今日はもう止めだ」
マルスが告げるのを確認して、晋は立ち上がり尻についた汚れを払って落とす。
疲弊し切った光太郎は膝に手をつき、息を荒く吐いている。他の誰もここまでの疲労がない。
「はぁ……はっ、ふ」
当然だ。
彼ほどに動き回った者はいない。汗をかいたのは光太郎だけだ。追われていた、対面していた春紀には余裕が見られる。
「つまんね。もうちょっと頑張れよ……クソ豚」
春紀は光太郎の肩に右手を置いて意地悪く笑いながら横を通り過ぎていった。光太郎には言い返す事もできない。声を発するにも息が整っていないから。
いや、息が整っていたからといって、どうだったか。
「……大丈夫か、岩崎?」
疲れ果て、汗が滲む光太郎に智が声を掛ける。彼が教室で光太郎の高跳びへの参加に体型の話を持ち出したことを晋は覚えている。
どの様なつもりで智は彼に声をかけているのかと疑問に思う事もあるが、晋は考えても意味がないとマルスの方へと顔を向けた。
「もう戻るぞ。それで、今日これからのことなんだが……汗をかいた、臭いが気になるなんて事が有ればメイドにでも言ってくれ。大浴場を使っていいらしい」
マルスの言葉に晋は自らの体臭を確かめるが気になる様な事はない。何人かのクラスメイトも同様の動きを見せる。
臭いは問題ないとは言え、風呂に入らないと言うのは衛生的に気になる所だろう。
正直、大浴場で騒ぎ立てる姿が想像できてしまう為、クラスメイトと一緒にいたいとも思えない。特に春紀の辺りは、だ。
「すみません、男子と女子が被ったらどうするんですか……?」
マルスに対し女子生徒が一人、海野天音が確認する。流石に高校生ともなれば思春期であり、性を意識する事は当然で、晋も一人の男として女性と言うものに興味がない訳ではない。
「その辺りは話し合え」
マルスはどうでも良いと考えているのか、必要以上に干渉しようとはしない。先程の光太郎の醜態に関しても止めに入ると言うことをしようとしなかったのだ。マルスと言う男に何かを求めても、与えられる事は少ないだろう。
この辺りは結局好みの話だ。
彼のやり方や考え方が好きになれるか否かという話でしかない。晋としてはどうでも良いという以外にない。
「部屋は1人1部屋。これも今、城内に戻ったらメイドに頼む」
騎士の彼は訓練にこそ口を出すだろうが、プライベートに関しては踏み込んでくるつもりはないのだろう。
「…………」
そういえば魔法使い組はどうなっただろうか。マルスが扉を開ける直前に晋が考えるが、城の扉が開いた事で答えが見える。
「……先に終わってたか」
マルスが溜息混じりにつぶやいた。
魔法使い組のメンバーは既に今日の訓練、説明は終えておりエントランスで待機していた様だ。
「遅れたか?」
クラスは全員ホールで立ち止まる。マルスだけが奥まで進み、中央よりやや後方に立っているメイドに確認する。
「いえ、問題ございませんマルス様」
メイドの女性は涼やかな声で答える。
「では本日、これからの行動について私から説明させていただきます」
年齢は二十代後半。
茶髪をシニヨンにした上品な女性。
「私はディアラ。以後、よろしくお願いします」
スカートの端を持ち上げて彼女は深々と礼をする。一連の所作には見入る物がある。
「では、お部屋の案内を致します」
彼女は客室を紹介する為に階段を登り「こちらへ」とついてくる様に告げる。
「まずは女性の部屋から。こちらから右手にある客室を女性にご使用いただきます。反対に左手側を男性が。部屋の鍵をお渡し致します」
ディアラがそう言って女子生徒に鍵を手渡していく。次に男子生徒。しっかりと全員に鍵が渡った事を確認し階段を降りる。
「1階に大浴場がございます。勇者である貴方達にも使用が認められています。男女での使用時間についてですが……」
特にグリムからの指示があった訳でもなく、これは生徒たちの気持ちの問題である。
「女子が先に使って……」
晋は話し合いに参加するつもりはなく、結果が出終わるのを待つ。
「じゃあ、女子から先に使うって事で」
使用可能時間は訓練終了から3時間。
女子が前半1時間30分の使用、残りは男子と言う結果になる。個室の浴室でも有れば良かったのだが、そちらの方が我儘に当たる。
騒がしくなるのも我慢するべきだ。
晋はこれからのこの世界での生活に少しばかりの不満を感じ、眉根を顰めた。
導入終わらない。




