7日目 10 荷車に揺られて
舗装されていないむき出しの地面が人や馬、馬車の往来で踏み固められただけの山道。
ところどころ石も転がるその悪路を駆ける血沸肉男さんと、彼が牽引し私たちが乗車する、木箱に粗末な輪っかを二つ付けただけの荷車。
「な、っんだっ、このっ、揺、れっ! 酷すっ、ぎっ、んだろっっ!」
悲鳴に似た絶叫と言いますか、女性の姿へと変わったアサギさんが荷車の縁にしがみつきながら喚いてらっしゃいますわ。
ええ、仰いたい文句は理解いたします。
この荷車には、貴族が使うような上等な馬車にある緩衝材など入っていませんもの。
車輪に石でも噛めば勿論のこと、凹凸ひとつで当然揺れますわね。
「なんっで、ジー、ナはっ平、気なんっ、だよっ!」
「私は三度ほど乗っておりますので~」
「理っ、由になっ、らねーだろ!」
ふふ。
アサギさんの焦る姿は男性の時から可愛らしいものでしたが、女性の姿となると一段と……。
「なんっか寒、気がしったぞ! ジーナっ顔、怖ぇ!」
あらあら、私としたことが、考え事が表情に出ていましたわ。
寒気と言えば、寒々しい曇天をした初冬の山間を駆け抜けているにも拘らず、風を切る寒さをまるで感じませんわ。
何かしらの保護機能があるのでしょうか。
であれば乗り心地にも気を配ってほしかったものですわ~。
「アマリ騒グト舌ヲ噛ミマスヨ! ドウゾ到着マデ落チ着イテ寛イデッ……⁉」
アサギさんの吠えっぷりを心配し、振り返って窘める奇怪人形、血沸肉男人形さん。
身体の縦半分は皮膚の無い異形の体をしていますが、こちらから見える表情はちゃんと人の皮のついているほうで、ほっとしますわ。
「こん、なっんで寛、げるかっ! 自、分でっ舌っ嚙、んでどーす、んだよっ!」
「うふふ、肉男さんもお茶目ですわね~。お仕置きが必要でしょうか~?」
私たちの乗る荷車を牽引する血沸肉男人形さんは私の妹で夢魔であるアヤちゃんが使役する魔法生物。
人体の表面を右半分だけ剝いた、初めてお目にかかるにはよくて絶叫、大抵は卒倒という直視しづらい外見であり、生物と名がつくものの意思を持つ人形といった具合ですわ。
過労が祟って全身整備となり、昨日復帰したばかりですが……。
「ヒィッッッ! ゴゴゴゴゴゴ勘弁ヲヲヲヲヲッッッ」
「なん、でバっケモ、ノがそ、んな怯っえ、てん、だよっ!」
「ワタクシハ化物デハアリマセンッッ! 奇・怪・人・形デス」
肉男さんは脚を進めつつもアサギさんを振り返り、表皮の無い人差し指を立ててチッチッチと舌を鳴らします。
「や、かまっしい、わっ! 前見、て走りっや、がれ!」
「アーッ! ミナサン! アレ!」
立てた人差し指をそのまま上空へ指し示す肉男さん。
指差すほうを振り返れば、飛翔体が凄まじい速さでこちらへ飛んできます。
肉男さんの牽く荷車は相当な速さが出ているはずですが、飛翔物はそれ以上の速さで進んでいるらしく、どんどん迫ってきます。
「そっんな古、典的っな手に、引っかか、るかっ、つーんだy……ってな、んだありゃ⁉」
遅れて振り返ったアサギさんも目を見開いています。
「空飛ぶ丸太、ですわね~」
「んな、もっん飛、ぶか!」
「飛ばせる人がおりますわよ~」
昨日はアサギさんずっと寝台で療養されていましたから目にされていないんですね。
あんな代物を飛ばせるのは……。
「アサギくーーーーーーーーーん‼ 止めてーーーーーーーーーーーーー」
「ちょっと! 地面に落ちるまで止まらないって言ってますよねーー⁉ おさーーーーーー」
「ふ、フジムラ⁉ それと、オーツー⁉」
聞き取れませんでしたが、恐らくは”お先に”、と仰っていたのでしょうかね~。
丸太に乗って通り過ぎたのは耳長チトセさんの弟子でドルイド僧オーツーさんに、後ろでしがみついていたのは魔術師だというサキさん。
暴魔ウィスタリアさんの主さんですわね。
魔術に長けた二人が助っ人に加わるのは心強いですわね~。
先行するアヤちゃんもヒナさんも、何事も無ければいいのですが……。
謀が得意という、アヤちゃんやウィスタリアさんのお仲間の存在が気になりますわ……。
ウィスタリアさんもアヤちゃん絡みでなければ傍観姿勢でしょうし……。
ここはひとつ急ぐとしましょう~。
「あらあら、木材ごときに先を越されてしまいましたね~? 肉男さん?」
「ハイィィィィィッッ!」
「おわっ!」
まだ何も言っていませんのに、ぐん、と加速されたのを感じますわ、やればできるではありませんか肉男さん。
勢いに揺さぶられ姿勢を崩したアサギさんを抱き止めます。
あら、ちょうど私のお胸にアサギさんのお顔が埋まる形に……。
「わ、わりぃジーナ!」
「いいんですよ~このまま抱きかかえていましょうか~?」
「い、いいって!」
腕を伸ばし引きはがしてくるアサギさん。
触れるその手も女性らしい柔らかなお肌になりましたわね~。
「女性同士ですもの、もっと触ってもいいんですのよ~? そ・れ・と・も、私が触りましょうか~?」
「ば、ばか、こら!」
うふふ、お顔が真っ赤ですわ~。
からかいがいあるところはお変わりありませんね~。
さぁ、そろそろ街ですわね。
「こんな急がなくたっていいんじゃねーか⁉ 街中でこんな速度じゃ危ないだろ!」
「分かっていませんわね~アサギさんは~」
愛する者の元へ、早く駆けつけるから意味があるのではありませんか……
もっとも、今それを説いても仕方がありませんから、肉男さんに急いでもらうことを第一にしましょう~
こぼれ話
丸太を箒代わりにして飛べるのは
ドルイド僧という性質上
樹の持つエネルギーを借りやすいから
という理由付けをしてみたり……




