7日目 9 玄関から庭 ~追跡の追跡~
「行っちゃった……アサギ君……………ヒナちゃん……………」
開け放たれた【野ウサギと木漏れ日亭】の玄関扉、その向こうに辛うじて目視できる土煙。
聖職者ジーナと盗賊アサギを乗せ、奇怪人形と自ら称する人型の異形”血沸肉男人形”が牽く荷車がたてているものだ。
煙の向こうを未練がましく見つめ続ける魔術師フジムラ=サキ=ウィスタリア。
同行を却下され、伸ばした手は何も掴めぬまま取り残された。
オレたち一同も呆気にとられるしかなかった。
建物の外で喫茶の順番待ちで行列をなしていた人々も、状況を理解できるはずもなく奇妙ないでたちの男が牽く荷車の過ぎ去った方角を向いて呆然としていた。
荷車が飛び出す際に勢いよく開け放たれた宿の玄関扉は修繕したばかりにも拘らず軋み音をたてて揺れている。
…………誰が弁償してくれんだ?
「私じゃ………やっぱり二人には届かないのかな……」
「サキ……」
誰もが言葉を失った中、目を伏せ、誰にともなく呟く小柄な魔術師サキ。
舞剣士ヒナが”天使の囁き”と表現するのも頷ける透き通った声が、今にも消え入りそうだ。
隣に並ぶ大男――僧兵ボリーはなんと声をかけるか悩んでいるのか、名前を呼ぶに留まっている。
「届かないのかな……じゃないですよ!」
飛び込んできた怒りを纏った声。
黄土色の法衣に身を包んだ癖毛の少女――ドルイド僧オーツーが魔術師サキの前に躍り出た。
お前どこにいたんだ?
「さっきから見ていればなんですかその体たらく! 届かないのかな、じゃなくて手を伸ばしてどんな手を使ってもいいから掴み取りに行くんですよ! かわいこぶっちゃって腹が立ちます!」
「でも……」
「でもじゃないですっ‼ 行動しなきゃ残るのは後悔だけです! そりゃあヒナさんを聖都に連れ帰るというのは大反対ですけれど、伝えたいことがあるなら言いに行けぇっ! ウジウジしてんじゃないですよ! その足は飾りかぁ!」
気迫たっぷりに早口で年上にまくし立てる最年少のドルイド僧。
やけに気持ちがこもってやがる。
隣を見やれば料理人ローシェンと給仕オレンは激昂する黄土色の癖毛少女を微笑み見守っている。
なんか事情を知ってそうだな……まぁいい。
「けれど今から走って追いかけても、もう……」
「走る前から決めてどうするんですか! それにあなた魔術師なんですよね⁉ その杖は飾りですか⁉ 飛行魔法は⁉」
「え…………」
「か~~~っ! 情けない! 飛行魔法の一つも使えないんですか聖都の魔術師っていうのは! ご主人! 丸太!」
「……は?」
すっかり聴衆気分だったオレは唐突に呼ばれ反応できなかった。
「で~す~か~ら~! ご主人! 丸太! 貸してください!」
「お前まさか…………昨日も借りて返すって……あれはこの冬を越す薪になる大事な「木っ端微塵ですあんなの! 弁償はちーさま付けにしておいてください! 何百年も溜め込んだヘソクリ持ってるんですからあの人」
オレが言い終わらないうちにかぶせてきた。
無茶言うガキだが……断れば宿の柱を無理やりに剥ぎ取って持ち出しかねん。
へーへーと返事をし、オレはしぶしぶと納屋へと向かい、小屋の裏から自分の背丈ほどの丸太を引っ張り出す。
「ありがとうございます、恩に切ります」
宿の外に出てきていたドルイド僧オーツーの前に丸太を転がすと深々と頭を下げられた。
なんで十代半ばの小娘に負けてんだオレ?
「さ、急ぎますよ」
丸太の端を両手で持ち、片足跨ぐドルイド僧オーツー。
昨日も見た光景じゃねーか。
紫色の法衣を纏った魔術師サキが戸惑いながら黄土色法衣の癖毛少女の後ろに同じように跨る。
「こ、こうでいいのかな………」
「私の腰をしっかり掴んでください。振り落とされても知りませんから」
「う、うん………」
「俺は………」
「デカブツは乗れません! 重量オーバーです!」
「ごめんねボリー君、行ってきます!」
魔術師サキが言い終えるか終わらないかのうちに一抱えの太さがある丸太が弓から放たれる矢……いや、投石機から打ち出されるように猛烈な速度で宙へ飛び出した。
振り落とされるとは冗談でもハッタリでも無さそうだな……。
「はーやれやれ、手が焼ける子たちだね」
「若いっていいねぇ」
料理人ローシェンと給仕オレンがやはり微笑みながら宿へ戻っていく。
「ねー、ラスト? おいらも行ってこよーかな?」
「好きにしろ……」
ただ引っ搔き回して楽しみたいだけだろシャルトリューズの勇者さまはよぉ。
どうしようと知ったこっちゃないが、街で暴れて宿に敵意を向けられるようなマネだけはしてくれるなよ……。
「あっと、じゃあ、喫茶の手伝いを頼もうかな、おにーさん?」
理不尽に残された灰色髪の長身僧兵は有無を言わせぬ圧に屈したか、声をかけた給仕オレンへ静かに頷いて食堂へと付き従っていった。
二度続けて見慣れぬ光景を目にした行列客たちは動揺しつつも順々に喫茶へ案内されていく。
甘いお菓子と紅茶で目撃した光景のことなど忘れてくれるといいがな……。




