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7日目 8 玄関にて~走り去った理由、追いかける秘策~

 


「ヒナが居なくなったぁ!?」


「はい……」


「ちょっとラスト、声が大きいよ……」



 舞剣士ヒナさんが街の方角へ走り去ったことを伝えるべく私《わたくし》が向かった野ウサギと木漏れ日亭(宿)の玄関広間。


 舞剣士ヒナさんが暴漢相手に大立ち回りを繰り広げた際につけたという焦げ跡がまだ残る玄関空間を覗くと、宿の皆さんが集まっていらっしゃいました。

 輪のように集った中心では、申し訳なさそうに俯《うつむ》き加減に立つ大柄な体は、舞剣士ヒナさんの幼馴染で聖都からの遣いという、武闘僧《モンク》アイボリー=ゾーゲさんと言いましたっけ。

 隣には頭二つほど差がありそうな小柄な魔術師《ソーサラー》が、たしかフジムラ=サキ=ウィスタリアさん。



「おいおい勘弁してくれよ、やっと落ち着きそうだったのにまた騒ぎが起きるのか……だりぃな」



 おもむろにため息をつくのは宿の主のおじさま。

 先ほど声が大きいと注意されたのもあってか、小さくぼやかれています。


 お話の途中のようですので話が途切れるまで待つとしましょう。

 私は輪の外側でそっと待ちます。



「ヒナは……我々の会話を聞いてしまったようだ……」



 重苦しく口を開く武闘僧アイボリーさん。



「話ってなんだい?」


「ヒナちゃんを聖都へ連れ帰る、という話です」


「我々の師でありヒナの育ての親、アカネ=シャルラハラートの命《めい》により……」



 腕組みをして問う給仕《ウェイトレス》オレンさんに、同じくらいの背丈の魔術師サキさんが答え武闘僧アイボリーさんが続きます。

 無口な方だと思っていましたが積極的に喋るのですね。

 私ともお喋りしていただきたいですわ~。



「命って、具体的には?」


「理由は特に……。ただ収穫祭が始まってからでは遅いため急ぐようにと」


「アカネの指示、ねぇ……。どう思う?」


「あいつ大事なことの説明省くからな。言わないことのほうが重大案件ってことはありがちなわけだ」



 かつて、”血染めの(ブラッディ)赤錆《ラスト》”と称された宿の主ラストおじさまや風の勇者さまらと共に旅をされたというアカネ=シャルラハラートさん。

 随分と癖のある人物なのでしょうか。



「何を考えているかわからない口数の少なさこそがアカネだが、起こす行動は何かしら意味があるよな」


「王都から外へ出たいと聞かなかったヒナが旅立つ先を昔の仲間(あたしら)が居る野ウサギと木漏れ日亭(この場所)へ仕向けたのもそうだからね」



 事前に手紙の一つくらいあってもよさそうなものが何もなく、問い合わせてなお「よろしく頼んだ」しか言われなかったそうですわ。

 託児所じゃねーんだ、ったく。と悪態をつく宿の主のおじさま。



「ほっとけよ、ヒナなんて」


「アサギ?」



 わたくしと対角の位置に、こちらも人の輪の外で窓に寄りかかり外を眺めたまま誰にともなく喋る女の子。

 少女の姿になった盗賊アサギさん。


 その視線の先には姿のない相棒を追っているのでしょうか。


 あら、体の自由が利かないと仰ってたのが、すっかり立ってらっしゃいますわ。

 風の勇者様の特訓の成果でしょうか~。



「どーせヒナのことだ。腹空かせて屋台で甘いもんでも買い食いしたらケロっと機嫌直って帰ってくるだろうよ」



 喧嘩したときなんかいつもそうなんだよ、と言葉を吐き捨て、目を伏せます。



「心配いりませんわ~」


「ジーナ⁉」



 一斉にこちらに視線が集まって、あらあら皆さんお気づきになりませんでした?



「お話しは聞かせていただきましたわ~。ヒナさんでしたら宿場街の方へ走っていく姿を見かけましたので、今アヤちゃんとウィスタリアさんが後を追っていますわ~」


「あーくんが⁇」


「ええ、どうにも放っておけないとかで……」



 使い魔の単独行動に驚いた様子の魔術師サキさん。

 ウィスタリアさんが放っておけないのはアヤちゃんの方なのですけれど、この際利用させてもらいましょう~。



「アンタら、取り込み中悪いんだがな……」



 皆が振り返れば、そこには騎士《ナイト》……から菓子職人《パティシエ》になったと告げても誰も驚きそうにないほど板についているアッシュ=グレイおじさま。

 私の髪色のような薄い黄色をした焼き菓子にするであろう生地の入った大ぶりの鉢を脇に抱え、反対の手で泡立て棒を回しながら厨房から顔を出します。

 喋る間も惜しいほどなのですわね~。



「早いとこ切り上げてそこ空けてくれねぇか? 客がオモテで待ってんだよ」


「お前……真剣な顔して何を言うかと思えば……」


「んだとぉ⁉ こんな肌寒い曇天の中並んで待ってるお客様に少しでも暖かい場所を提供しなきゃ申し訳ねぇだろーがっっ! 焼き菓子分けてやらねーぞラストっ!」



 一転して激昂。

 勢いで細い金属が放射状に広がった泡立て棒からまだ緩い菓子生地が跳ね、宿の主ラストおじさまの頬に付きます。

 それを見てケタケタと声を立て笑う二つ尾結び(ツインテール)褐色肌の風の勇者さま。



「つめてっ! む……さ、みんな撤収だ」



 頬についた生地を一舐めした宿の主ラストおじさまがパンパンと手のひらを打ち鳴らします。

 逃したくない絶品、ということでしょうか。

 おこぼれにあずかりたいですわね~。



「つーことで修行とやらの続きやろーぜ、勇者さまよぉ」


「いーのか?」



 淡々と、切り替えたように見せる盗賊アサギさん。

 けれど、わたくしの目は誤魔化せませんわ!



「いいえ、修行は後回しですわ。今度はアサギさんがヒナさんを追いかける番ですわ!」


「ば、番ってなんだよそれ!」


「うふふ~。心の内で心配されているのは手に取るようにわかりますわ~」


「し、心配なんか……」


「ヒナさんがアサギさんの元へ駆けつけてくださったと知ったときは嬉しかったでしょう~、今回はアサギさんがヒナさんをお迎えに行くのですわ~」



 動揺される姿もまた可愛らしいですわ。



「追いかけるったって、オレはまだ立つのがやっとなんだぞ!」


「ええ、もちろん心得ておりますわ~。さぁ、おいでなさい!」



 私は右手を高々と挙げ、親指と中指を弾いて音を鳴らします。

 音が玄関の間に反響し終えた頃に現れたのは荷車《リヤカー》を引き法被姿にねじり鉢巻きの青年――体をまっすぐ縦半分にした半身は皮を剝がれ筋繊維がむき出しという不気味な姿の持ち主ですけれども――。


「奇怪人形《スケアードパペット》血沸(ちわき)肉男(にくお)人形(ドール)!」



「なっ⁉ お、おま……っ⁉」



 このわがままボディならぬ禍々《まがまが》ボディ、盗賊アサギさんは初めて目にされるのでしたっけ~。

 衝撃的で釘付けになってしまいますわね。

 気持ちはわかりますわ~。



「ち、ち、血沸き肉男っ⁉」

「肉男君っ⁉」



 盗賊アサギさんとともに、間違いなく血沸肉男さんを初めて目にするはずの魔術師サキさんも驚かれ……敬称付けで呼ばれるなんて、どうも様子がおかしいですわね~。


「オヤ、懐カシイオ顔デスネ。失礼ナガラ今ノ私ハ仕事中ノ身。減給サレテハ参リマスノデ私語ハ後ホド…………オ呼ビデショウカ、ゴ主人サマ」



 義理堅く説明を終えた奇怪人形が私に向き直ります。



「肉男さん、修理が終わったようでなによりですわ~。早速ですけれど、アヤちゃんの魔力を追跡してくださいます~?」


「承知シマシタ!」



 状況の呑み込めない盗賊アサギさんを無理やりに荷車《リヤカー》に押し込んでから私も乗込み、荷車は宿の入口へ。



「あーくんが向かっているなら私もっ……!」



 ゆるふわ巻きの長髪を揺らし荷車に近寄る魔術師サキさん。



「生憎《あいにく》定員は四人でして~。帰りを思うと乗せられませんわ~。申し訳ありません~」



 我ながら白々しい釈明をし、車輪のついた木箱程度でしかない荷車の中から、皆様にハンカチーフをひらひらと振ります。



「使い魔のウィスタリアさんのことでしたら私が責任をもって保護いたしますわ~」


「じ、ジーナっ! 暢気なこと言ってる場合かよっ! ちょ、めちゃくちゃ揺れるぞコレ‼」


「舌を嚙まないようお気を付けくださいませ~」


 

 緩衝材《サスペンション》の無い木製荷車が全速力で走行する揺れは毎度のことながら酷いものですが、慣れてしまえばこんなもんですわね~。


 そういえば詩人さんのお姿がありませんわね。

 当たり前のように盗賊アサギさんや舞剣士《ソードダンサー》ヒナさんと並んでいることが多かっただけに、不在では少々心配ですわ。

 舞剣士ヒナさんにせよ詩人にせよ事件に巻き込まれてなければいいですわ……。

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