21 言葉探しですが
「あれ、は……?」
無意識に出た声にコタロウが身動ぎした。同じものから目を離してはいけないと思っているのか、警戒している様子だ。私も何ができるわけではないものの、目を逸らせないのは同じだった。
「踊ってるの……?」
そうにしか見えないけれど、コタロウには違うものに見えているかもしれない。そう思うから尋ねれば、恐らくは、と同意の返答があった。音のない場所で、けれど大きな身振りで踊る姿は踊り手にしか聞こえない音楽があるかのようだ。
「——知ってる」
目を離せずに眺めていれば、その動きに覚えがあることに気がついた。跳んで、跳ねて、また高く跳んで。高く、高く。空を見上げ手を伸ばして。瞬く星を掴むような動き、舞い上がる熱の揺らめきを表現するような動き。指の先まで美しい舞い。
寒い冬の日、雪に囲まれる村で教わったその動作は。
「ライラ殿、何を」
その動きに合わせて歌を紡ぐ私にコタロウは仰天したようだ。動揺の声を上げながらも振り返りはしない。
かつて、厳しい冬を越すために行われた儀式があった。この国からは遠く遠く離れた、その場所で教わったのと同じ動き。それならこの歌も、同じだろうか。
同じような動きが多い舞だったから歌が此処からで合っているかは分からない。そもそも似ているだけで舞も同じ保証はないのだけれど、星明かりしかないこの山で踊るその姿が星を掴もうとしているように見えるのは間違いなかった。
「やれやれ、子守唄にしては激しいね」
ロディがもぞりと動いて起き上がる。ロディ殿、とコタロウは手短に状況を説明した。
「あれに目は向けない方が良いかと。あれは魔性の類、一度目にしてしまえば離すのは恐ろしくなります」
コタロウの助言にロディは分かったよと受け止め、杖を掲げた。口の中で呪文を唱え、杖先から柔らかな風が吹いた。ロディの得意な風の魔法だ。
「防御の魔法だよ。少しは肩の力が抜けるかな。
キミらが見ているものが何であるにせよ、ずっと気を張っているのは疲れるからね」
急にあれが踊るのをやめて近づいてきても対処ができるように。逃げるにしろ立ち向かうにしろ、体が緊張していては上手く動けないものだから。
「ライラ、その歌はエノトイースの村で習ったものだね」
ロディは記憶を辿っているようだ。まさか、と私を見やる。
「いくら火にまつわるといえ——炎の娘が?」
エノトイースで炎の娘と呼ばれていたのは怪鳥の魔物だった。五年に一度、贄を差し出すことで人々は冬を越せると信じていた。その舞も衣装も、魔物が見つけやすいように計算されたものだと思ったけれど。
伝わる動きそのものは。
「さて、山はまだ中腹といったところだけど、既に魔法や特別な服の補助がなければこられていないだろう。あれが人とは考えにくいが……共通の言語とも言える踊りがあるね」
ロディは考えを纏めているのか、それとも私たちに聞かせているのか、口に出していた。多分、距離もあって私の歌声は踊る影に届いていない。けれど。
「……踊ったら、きっと見つかるわ」
歌の区切りがついたところでロディの考えに割り込むように口を挟んだ。視線は変わらず逸らせないけれど、言葉は出せた。そうだね、とロディは肯いた。
「でもそれが無限に踊り続けるならどうする? キミたちは既に見つけた側だ。此処から動けず憔悴する一方なら、打って出るのは戦略だよ」
反論はできなかった。歌の区切りはついても踊りの区切りはついていない。人でないものなら体力に限りがあるかも分からないのだ。私たちはもう、邂逅している。と、するならば。
「コタロウ殿はどう思う? こう見えてライラは芸事が上手でね。未知の場所なのは重々承知だが、このまま身を潜めていても事態が好転する保証はない」
「……一理あると思います。接近するようなら俺が斬ります。あれに敵意があるかは分かりませんが、ライラ殿をお守りするのが仕事ですから」
コタロウの承諾を得て、ロディは小さく笑った。ほら、ライラ、と促されて困惑する。
「ボクらにはない技術を持って踊っている人間かもしれないし、そうじゃないかもしれない。熱さに飛び跳ねている動きじゃないなら救助は不要だ。それがもし、注目を集めさせるためのものならこんな暗がりではやらないはず。だからキミから語りかけて欲しい。同じ言葉で」
足場が悪くて申し訳ないけどね、とロディは軽口を叩く。同じ言葉。人でなければ言葉が通じる保証はない。でも。同じ、動きなら。
「……分かったわ」
そろそろと立ち上がり、ゆっくりと踊るに十分な広さを確かめる。視線は外せないから時間をかけながら足先で。小石はそっと蹴飛ばして、着地した後に転んだりしないように。
周囲にロディの風が渦巻いているのを感じる。万が一何かが飛んできても直撃は避けられるだろう。バフルにもそっと、お願いね、と頼んだ。今の歌で少しならやっても良いと素直ではない声が返ってくる。
じっと見ていたから動きの感覚は掴んだ、と思う。元々がそんなに複雑な動きのない、反復が多いものだ。ただ跳んだり跳ねたりと動きが大きいから体力の消耗が激しいだけで。
深呼吸を静かに繰り返す。乾燥した温かな空気が肺を満たしていく。ロディの水と風の魔法が和らげてくれているのだろう。舞台は整えられていた。
「……」
誰かの踊りに途中から混ざるなんて、初めてかもしれない。邪魔をしないように、主張しすぎないように。それでも一緒に混ぜて欲しいと、お伺いを立てるように。気づいてもらえるように。
そっと、足を一歩出し、腕は大きく宙へ向けて突き出して。儀式の時には歌も一緒に歌ったけれど、此処には楽の音がない。歌って踊ると疲労が大きくなるから、今は動きだけ。
それでも頭の中では、いつかの竪琴の音が聞こえた気がした。




