22 星影の獣ですが
指先が、影と同じ動きをなぞる。
星を掴もうとするように、炎が天へと昇りたがるように。
力強く、それでいて繊細に手足を伸ばして。
「……っ」
もしも羽搏きの音が聞こえたなら、体は竦んでしまったかもしれない。けれど此処は雪山ではない。地面から熱が立ち昇るような、上がる息と一緒に浮かされていくような、生身の人が入るには過酷な熱い死の山。
星と地面を赤く燻らせる赤だけが唯一の明かりであるこの場所で、影と踊る。向こうには私の姿が見えるだろうか。相手も私が影に見えているなら。影同士が同じ動きを舞う様子を、どう感じるだろう。
私はこの舞を、炎の娘に捧げるものとして教わった。厳しい冬を越せるようにという祈りと願いを込めて。蓋を開けてみたら違ったのはまた別の話だけれど、踊りが正しく伝わっていたなら。その始まりは。
「——!」
あちらの舞が止まった。こちらに気がついたのかもしれない。向こうを向いているのか、こちらを向いているのか暗くてよく分からないけれど。
私はまだ舞を止めない。私が気づいて入っていったこの輪に、今度は向こうが気がついたなら。またこの輪に戻ってくることがあるかもしれないから。
なぞって分かったことがある。あの影は、この舞を楽しんでいた。
私がそれを邪魔したと感じれば覚えるのは怒りかもしれない。あるいはこれも、神聖な儀式だったとしたら。私がしていることは土足で踏み入っているのと同じことだ。
「……きます!」
コタロウが鋭く言葉を放ち、武器に手をかけた。影が岩場を降り、暗闇に紛れて居場所が分からなくなる。
緊張が張り詰める中でも動きを止めず私は踊り続けた。それが良いかどうかは判らない。それでも一度踊り始めたなら、最後まで。そう、願うから。
「く、何処だ……っ」
コタロウが焦ったような声を漏らす。影から目を離せなかったのに、見失ってしまった焦りは分かる気がした。私も探せてはいない。けれど星に向かって手を伸ばし、ぐっと上を向いた、その時。
「……上……!」
星明かりの中に、あの影を見つけた。高く、高く跳んだその影は岩場を降りたのではなく飛び上がったのだ。満点の星にあの影が踊る。こちらに手を伸ばしているのが分かって、思わずそのまま手を伸ばし続けた。空から降ってくるそれが、星影でなくて何だろう。
「ライラ!」
ロディの風が影を追い払う。すぐ傍に影は着地し、コタロウは低く構えていつでも刀身を抜けるよう間合いを取った。
「何者だ!」
コタロウの鋭い問いかけが空気を裂いた。着地した四つん這いの体勢のまま影は低く唸る。暗がりの中で二人が油断なく睨み合っているのが雰囲気で伝わった。
地面の赤い熱でうっすらと輪郭が浮かび上がる。ふわ、とした毛皮が見えた。それでもあれは二本足で立って踊ることができる。四つ足の獣とは少し違うように感じた。
「……んで……」
影が言葉のようなものを発した。少女のような声に聞こえてハッとする。
「……なんで、人間、此処に」
その声に困惑を感じ取って一歩進み出た。
「急にごめんなさい。貴女を傷つけにきたんじゃないの」
人の言葉が分かるなら人の近くにいたことがあるのかもしれない。地元の人は立ち入らない場所へ急に訪れる者があれば警戒するのは当然だ。自分を害しにきたと思ってもおかしくはない。
「私たち、この山の火を分けてもらいにきただけなの。敵対するつもりはなくて、休んでたらあの、貴女が踊ってるのが見えたから」
知ってる踊りだったから、と続ける私の説明は傍から聞いたら苦しい言い訳に思えた。でもそれ以外に言いようがないから最後まで結ぶ。
「お話できたら、って思ったのよ」
「……」
警戒した空気は変わらず、じろりと探るような視線を向けられたのを感じた。嘘はないから私もそれを受け止める。
「お前、踊り、なんで」
疑問が返ってきて微笑む。質問が出るなら今すぐ攻撃的な行動に出ることはないだろう。
「教わったの。此処ではない、とても寒いところでだったけれど。その村の人は世界中を旅していたから——」
竪琴を抱えた青年の姿を思い出す。ずっと長く村に伝わっていた以上、彼が旅先で知ったものではない。それでももしかしたら、かつて外へ出ていた時にこの島まできたことがあったなら。その時にこの熱を少しでも持ち帰れたらと、願ったのだとしたら。
舞を学んで戻った旅人も、いたのかもしれない。
「此処で、教えてもらったことがあったのかも」
それが正確に伝わっていたなら凄いことだ。踊り手の技術や踊りやすさ、見え方などを考えて時間が経つほど振りは変わっていくものだろうに。全く同じに残っていたなら。それだけあの村が儀式を重要視していたことに外ならないのだけれど。
「歌も教えてもらったわ。それも同じだったら、とっても素敵ね」
「……歌? お前、歌、知ってる?」
怪訝そうに問われてこれはあの村独自だったのかもしれないと少しヒヤリとした。でも、振りがあれだけ正確に残っているのに、と考えてあの村の儀式は生贄が目的だったことを思い出した。目立つ動き、消耗させ逃げられないようにするのに打ってつけと思われたなら。歌は伝わらなかったことは有り得る気がした。
「歌も習ったわ。此処にはないの?」
四つん這いだった影がすっくと立ち上がった。警戒はまだしているけれど、いつでも飛びかかれる体勢はやめたのだと分かる。コタロウも武器から手を放しはしないものの、少し肩の力を抜いたような姿勢を見せた。
「歌、ない。消えた。だから山、元気ない。だからヒズミ、踊る。山、また燃える。願うから」
す、と影が手を差し出したように見えた。角度が変わって両目が赤に煌めき反射する。星空しかない夜空から月が落ちてきたような、美しい金の色をしているようだ。
「お前、歌、欲しい。こっちで歌え」
乞うているような視線は、あまりにも真っ直ぐだった。




