20 山登りですが
「ライラ、大丈夫かい?」
ロディに心配されながら山を登る。ハオからもらった火鼠の毛皮をタオが織ったローブは口元も覆う優れもので、多少の息苦しさはあるものの熱は今のところほとんど感じない。
コトやジャッドも心配だからローブの中だ。ゆったりとしたローブは鞄の上から纏っても動きに制限はなかった。
「平気よ。ロディとコタロウは?」
「僕は水の魔法が使えるからね」
ロディは得意げに答え、コタロウもまだまだと小さく笑った。
「この辺りの夏はこの比ではありません。まぁ真夏にこの山を登ればそれこそ死地と化すのでしょうが」
「皆にも水の魔法をかけているよ。万が一何か熱い物が飛んできても火傷をしないようにね」
は、とコタロウは目をぱちくりと瞬かせた。ありがとう、と返す私にお安い御用さとロディは笑う。
「この国は呪術……呪いの方が盛んで魔法に馴染みがないのかな。そうだな、お守りのようなもの、と思ってもらえると良い。防護の術だから体に害はないしまだ軽いものだ。この先どうなるかによって程度は変えるつもりだけど」
登り始めたばかりの山道を見渡してロディは小首を傾げた。私も彼の視線を追って周囲を眺める。植物もあるものの、ほとんどが岩肌の出ている山だ。ゴツゴツとしていて足元も悪い。黒い岩が混ざっていて、私の知っている山とは随分と様子が違う。
「火の神、とキミは言ったけど……精霊のようなものかな。魔力を感じるよ。火を扱う存在がいるのは間違いないね。普通の火とは違う……浄化の力があると言うのも信憑性がある」
やれやれ、とロディは煙って見えない天辺を見上げた。苦笑の色を表情に浮かべて見えない山頂を指先でなぞりながら描く。ロディによるとその頂は細かくギザギザとしているらしい。
「どのくらいで行って帰ってこられるものかな。休憩できる場所があれば積極的に休んでいこう。いざという時は一刻も早い下山の判断が必要だ。一時なら凌げても、熱に呑まれたら命の保証はできない」
死が近い山と見られるなら登る道筋も休憩所も整えられてはいないだろう。楽観的でもいられない。神妙な顔で頷くと、先を急いだ。
「コタロウ、キミはこの山が火を噴くところを見たことがあるかい?」
足場を確かめながら先導するコタロウにロディが私を間に挟みながら尋ねる。はい、とコタロウは振り向かずに答えた。
「イワイビの山は年に数度は火を噴き岩や灰を飛ばします。その灰はまるで時に雪のようで、人々は窓や戸を閉め切り外には余程の用がなければ出ません。山の灰は鍛治にはあまり使いませんから」
焼き物をすることはあるようですが、とコタロウは続けた。この国の生活が見える話は興味深い。灰でさえ山からの恵みと捉えているようで。
「それが何か?」
今度はコタロウがロディに尋ねる。いや、とロディは何でもないといった声色で返した。
「今この瞬間に山が火を噴いたらどうしたものかと思ってね。どうやら逃げ隠れする場所が少ないようだから。ボクの魔法でどれだけ防げるか考えておかないと」
「……大丈夫? バフルも手伝ってくれるかしら」
そんなことを予想もしていなかった私は慌てて確かめた。ロディは大丈夫と苦笑し、バフルは心外だとばかりに鼻を鳴らす。まだ海から助けた報酬ももらってないぞと不満げで、ごめん、と小さく謝った。
「休憩の時に喉に痛みが出なさそうなら歌うから」
熱気や灰が舞うような場所で大きく息を吸うのは喉に良くない。もらった水のことも考えると無駄遣いはできなかった。けれど万が一の時、バフルが機嫌を損ねて助けてくれないと困る。
「何にせよ暗くなる前に休憩場所は見つけないとね。遮る物が少ないと夜が心配だ。この辺に魔物は出る?」
魔物、とコタロウは繰り返し、出ない、とかぶりを振った。死が近いほど危険ではあっても神聖な山だ。あくまでも熱が人には耐えられないだけで魔物の類はいないらしい。
「尤も、あまり人の踏み入らない地ではあるので……人里に降りてこないものはいるかもしれませんが」
夜は交代で見張りだね、とロディは何でもないことのようにのんびりと返した。
二人とも私に合わせて登ってくれていることは分かっていた。でも山登りは急いだり慌てたりすると調子を崩すのも山育ちだから知っている。街からビレ村にくる商人が暗くなる前にと急いだら着いた途端にひっくり返ってしまう光景を見たことがあったから。
体力も山の登り方も多少の自負はあるけれど、それでも男性の二人と比べて並べるものではないだろう。二人は周囲の警戒もしてくれている。私は足を引っ張らないようにすることを意識した。
腰掛けに良さそうな場所を見つけては小休止を繰り返した。足を休め、息を整える。山から立ち上る熱気もそうだけれど、遮るもののない山を照らす太陽も体力を奪っていくのだ。
「魔法で出した水でも本物だからね。アヤメ殿からもらった水は、もしものために残しておこう」
ゴツゴツとした岩肌に魔法陣を描くのは難しいんじゃ、と思ったけれどロディは杖ではなく小さく砕けた石で引っ掻いて少しばかりガタガタの魔法陣を描いた。線が歪でも魔法は問題なく発動する。珍妙な、とコタロウは目を白黒させていた。
「はぁ、ロディの魔法、本当に便利だわ。これだけの水、持ち歩けないもの。ありがとう」
アヤメさんのくれた筒が他にもあれば詰められたけれど、生憎と清められた水が入ったままだ。休憩の時にしか水を口にはできないものの、生き返るようだった。
「水くらい我でも出せるが」
バフルは益々不満そうだった。そうね、と受け止めて宥め、万が一の時は全員を守ってね、と頼む。ふん、とそっぽを向く気配はあるもののお礼をする意思を見せてはいるから一応は聞いてくれるはずだ。
「今日はこれ以上もう進まない方が良いかもしれません。陽も落ちてきた。地上よりは高いので沈むまでには時間があるでしょうが、良い場所がなかった場合、真っ暗になる」
コタロウの意見に従い、本格的に腰を落ち着けることにした。ゴツゴツとした景色は変わらず、でも地上が遠くなったことは見下ろせば一目瞭然だ。城の屋根は見えている。サクラ姫はまだ、戦っているのだろう。早くイワイビの火を持ち帰らないと。
完全に暗くなる前に簡単に食事を済ませ、満天の星が輝く頃に横になる。植物が少ないから焚き火は起こせない。けれどところどころ、地面が熱を持っているのか赤黒く燃えているから完全な暗闇ではなかった。
コタロウが見張りについてくれるからと先に私たちは休憩をもらう。けれど地面が硬くて少し寝返りを打つと痛みで浅い夢から覚めることを繰り返した。
それが五回を超えた頃、一度体を起こす。コタロウはこちらに背を向けていて私が起きたことには気がついていない。一点を凝視しているように見えて、眠い目を擦る。
「……ん?」
赤黒く燃える岩肌の僅かな光を受けて、星空の下、黒い影が翻る。それはまるで、舞台上で軽やかに舞う踊り子のようだった。
お出かけしていてちょっと遅くなりました!
先週までの暑さは何処へやら、一気に秋めいてきた北国ですが、
冬タイヤのCMが始まって笑いました。ゆーてまだ8月なんですよぉ…。
まぁうかうかしてるとすーぐ雪降るから頭の片隅には置いとかないなんですけど!笑
全国的にはまだまだ残暑が厳しいざんしょ、という感じかと思います。
季節の変わり目、どうぞご自愛くださいませ〜!




