19 各々の役目ですが
「お待たせしました!」
ショウブを渡して戻ったことを伝えれば、ランさんは安堵したように頬を緩めた。私の後ろからロディがやぁやぁと言いながら入ってきたのを見て表情を強張らせる。
「あなたは……」
「キミが一緒で良かった。ボクらのお姫様はお転婆だからね、目を離すとすぐ何処かに行ってしまう」
襖の向こうにコタロウがいることを察したのか、ランさんは曖昧に微笑んだ。
「ロディったら。ずっとこの調子なの」
彼の名前を教えるつもりで頬を膨らませてみせた。意図に気付いたランさんは目を細める。
「確かにお転婆なところはありますよね」
「貴方まで!」
大仰に驚いてみせればランさんは声を出して笑った。それでもずっと女性のような声だから凄いと思う。
「お転婆ついでにイワイビの山へ行くと言ってるんだ。コタロウ殿もついてきてくれるそうでね」
ロディが穏やかに告げる。え、とランさんは驚いた顔をみせた。知っているのだと思う。イワイビがどんなところで、何のために私が其処へ行こうとしているのかも。
ラスやセシルは知らないところで話が進んでいることに表情を動かしはしたものの、ロディが私と口裏を合わせているからひとまず黙った様子だ。ありがとう、と胸の内でお礼を言う。コタロウがついてくるとなれば説明する機会はいつになるか分からないけれど。
「だって呪いに詳しいアヤメさんって人に見てもらったら、“穢れ”を纏ってるって言われて祓ってもらったのよ。穢れや呪いには神聖な火が良いんですって。採りに行かなくちゃ」
真っ直ぐに。ランさんの目を見て伝えれば、何かを堪えるように一瞬だけ唇を引き結ぶのが見えた。けれど次の瞬間には分かったと頷く。それが必要なんですね、と少しだけ寂しさのようなものを滲ませているように思えたのは気のせいだろうか。
「でもどうか、気をつけて。いざという時には自分を大切にしてくださいね」
それがサクラ姫やランさんのためときっと彼も分かっている。私もそれに気が付きながら、はい、と笑って頷いた。
「ところでそのショウブ、役に立ちそうですか?」
渡したショウブをランさんはぐるぐると紐で括った。そうですね、と目を伏せたまま答える。
「あなたが気付いた通りなら多少なりとも効果はありましょう」
「……どのくらい保つ?」
ロディの問いは穏やかなのに鋭かった。ランさんもたおやかに笑みながら答えを探しているように見えた。思ったよりも時間がないのか、それとも呪いとはランさん自身が思えていないか。
「気づかれなければ五日」
セシルが代わりのように答えた。ランさんはセシルに視線を向けたけれど否定はしない。セシルは薄く笑んでショウブを見つめた。
「それ、この辺ならではの対症療法だ。知らないとは言い切れないけど、気付かれにくい良い方法だと思うよ。アマンダだって世界中の方法を知っているわけじゃない」
でも絶対じゃない、と声音は変えないまま視線だけを強めてセシルはランさんを見上げた。ランさんも強い視線を感じたのか流石にセシルの方を向く。
「その、なんとかっていう火を採りに行くなら……早い方が良いよ。いつからかは知らないけど、のんびりしてるとは思えないし。情報収集は基本。皆がそっちに行ってる間、残ってるよ」
よろしくね、とセシルはランさんに笑いかけた。先ほどまでの鋭さは何処へやら、天使のような屈託のない笑顔だ。ぱちくり、とランさんは目を瞬き、それから動揺をおくびにも出さずに受け入れた。
アマンダがいつからこの国へ、この城に入り込み厄介になっているかは確かに分からない。そして何か目的がある以上、邪魔が入らないか気にかけているのも道理だ。この国ならではの呪術をアヤメさんのように使いこなす人もいるはずだから。
「そうね、それじゃサッと行ってくるわ。セシル、貴方も気をつけて」
中性的な顔立ちで女の子と言ってもまだ通じるだろうセシルはそれでもアマンダが見れば分かるだろう。世話を焼き、仕事の手伝いもさせたセシルを見つければきっと横槍を疑うはずだ。ウルスリーではセシルを置いていった彼女が、残されたセシルの気持ちをどれだけ慮るかは定かではないけれど。
占いもする彼女が、人の心の機微に疎いとは思えないのもまた、事実だから。
彼らの無事を願って、私たちは早々に城を後にした。
* * *
「うわ……これは……」
イワイビの山までは思ったよりもすぐだった。山への入り口は決められているものの、警備はいない。コタロウ曰く死地のような山に好んで入る者はそれだけで関わり合いになりたくはない、らしい。
山の頂上付近は白く煙っており、独特の匂いがする。地面が熱く湯が沸く場所もあるとコタロウが教えてくれた。
「この国にもリュウがいるの?」
ナンテンで教わった物語を思い出して尋ねれば、コタロウは目を瞬かせた。リュウ、と口馴染みがない様子で繰り返す。いいえ、とコタロウは被りを振った。
「大陸にはそのような話が伝わると商人が話していたような記憶もありますが、此処には火の神様の加護という伝承がありますので」
リュウの逸話ではなく、とコタロウは真摯に答えた。アヤメさんが話していた通り、死の山と言われるのも納得するくらいに既に暑い。もう夏が来たのかと思った。
「火山だとは思っていたけど……暑さがこれほどとはね」
ロディが額の汗を拭って息を吐いた。ラス、と此処までついてきてくれたラスを振り返り、キミは帰った方が良い、と冷静に言う。
「ライラが皇帝陛下にもらったあのローブならと思ったけど、あれを着て剣を振るえるかというと厳しいんじゃないかい? コタロウ殿のような出立ちならまだと思うけど、キミには薄着すぎる。かといってその防具でこの山を登るのは無理だ」
これまでの旅で見てきたような鎧姿の人たちとは違ってラスは随分と軽装だけれど、それでも武具は金属でできているものがほとんどだ。とはいえ木製では強度が下がるしもしもの時に心許ない。
コタロウは思えば防具の類がない。武器のカタナ一本で身軽さと涼しさは誰よりも上に思えた。
「悪いね。ロディの言う通りアタシが最後まで行けるかと言うと自信がないよ。この山を行くには準備が必要だ。でもそんな時間もないんだろう? 悔しいけど此処はアンタに任せるからね」
しっかり守るんだよ、とラスはロディに託した様子だ。それからアンタも、とコタロウを向く。
「アンタの事情は知らないけど、ついてってくれるんだろう? うちの二人をよろしく頼むよ」
相当な腕前だろうからね、とラスは笑った。コタロウは表情を引き締め、静かに頷く。
「旅の仲間が減ってしまって尻込みしてるかな? キミも帰りたいと言うなら止めないけど」
ロディの軽口にコタロウは口の端で笑った。そのようなことは、と小さく首を振りながら。
「手練れの剣士に託されたなら、腕も鳴るというものです。参りましょう、イワイビの山へ」
コタロウに促され、私たちは山へと踏み入った。
遅くなりました〜!
お盆過ぎれば涼しくなる北の大地なのに残暑が厳しいざんしょってやつでして!
エアコンはリビングにしかないけど四六時中誰か彼かテレビ見ていて集中できやんし、
かといって自室は30度超えだし…生きるのに精一杯すぎる…笑
そんなこんなでなんとか書き上げました!
皆様もまだまだ暑い時期、お気をつけてお過ごしくださいね〜!
※2026/8/30の夕方:改行ミスってたとこ修正しました!




