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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
16章 化生の姫

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18 再びの謁見ですが


「神殺しなんてして、キミは平気なのかい?」


 ロディがゆったりとした口調で尋ねた。コタロウはうぐ、と躊躇う様子を見せるものの決意は固いとばかりの目を向ける。


「オレは……貧しい村の出身です。名をあげて、父のカタナのおかげだと、そう言って回るつもりで出てきました」


「……」


 歌姫になるために故郷を出た私と似ている気がして思わず口を噤んだ。神をも討つ武器となれば人々が欲しがるような気はした。でも。


「そのために貴方が呪いを受けるのを……お父様は喜ばないのではないかしら」


 なんとなく、そう感じて言ってみればコタロウは一瞬だけ目を逸らした。それでもまた強い意志を宿した目が戻ってくる。


「その時は謝るまでです。父も職人。その火で打つことはできなくても、出来上がったひと振りをイワイビの火に晒せばどうなるか、関心を向けるものと信じます。このカタナで此処まできたオレも、どう変わるのか、あるいは変わらないのか、見てみたいのです」


 ライラ殿、とコタロウは真っ直ぐに私を見つめた。


「非力に思えるあなたが恐れず向かうと言うならきっと算段があるのだろうと、オレは打算的に考えている。旅慣れたお仲間を見たからというのもあるし、見ればわかる、腕前も相当です。足手纏いにはならないよう気をつけます。だから、どうか」


 彼もまた、その山に行く機会を何処かで願っていたのかもしれない。誰かを誘うにも、ひとりで赴くにも躊躇う場所であれば。


「どうする、ライラ。キミが決めると良い」


 ロディに促され、コタロウに真っ直ぐな目を向けられ、悩む時間が残されていないことを考え、私は頷いた。コタロウは目を丸くしたものの、すぐにお礼と共に頭を下げる。床に向かった声は大きく、ビリビリと荒屋を震わせるほどだった。


 神殺しが必要になるのかさえ今はまだ分からない。けれど手助けは多い方が良いだろう。この国のことを知っている人がいた方が良い、というのも理由だ。神様の前に出るなら特に。代償を払う必要が出た時にコタロウが飛び出さない方法を模索しながらにはなるけれど。


「やれやれ、命知らずの大馬鹿者たちかい」


 成り行きを見守っていたらしいアヤメさんが息を吐いた。そうなりますね、と苦笑して見やれば彼女は立ち上がる。そのまま壁に備え付けられている扉を引き、奥の棚から解呪に使った筒と同じものを取り出した。


「持って行きな。中身は水だよ。途中で飲んでも良し、進めない場所に振り撒いても良しだ。まぁ、焼石に水かもしれないけどね」


 魔法で水が出せるとは言っても、マナンの洞窟の時みたいにロディと逸れてしまうことも有り得る。バフルも協力できないことがあったら。備えはいくらあっても困らないのだろう。持てる量には限りがあるものの。


 アヤメさんにお礼を言って荒屋を去り、ラスやセシルと合流する。やぁ、愛しの妹、とロディが朗らかに呼びかけた。ラスはやれやれと首を振り、セシルは引き攣った笑みを浮かべる。コタロウの手前、正体が露見しないように考えたのだと思う。それを分かっていて呼びかけるロディをちらりと見たけれど、ロディはまるで気にしていない。


「それじゃ殿様にライラを助けてくれたお礼を言いに行こうか」


 ロディは何事もなかったようににっこりと笑った。



 * * *



「間違いない。アマンダの印がある」


 城門をくぐってすぐ、セシルが小さく呟いた。他の呪術師に向けた合図のようなものだとこっそり教えてくれる。それがあることで他の呪術師は此処に呪術師がいると知るらしい。


「でもそれは僕らがいた場所の話。此処でも同じような合図があるのか、それが伝わるのかは知らない」


 アマンダは其処がどんな場所であってもやり方を変えない人なのかもしれない。それには自分の技術への絶対的な信頼を感じる。


 彼女のやり方を知る人はどれだけいるのだろう。異国の地とはいえ、そのやり方を知り、彼女を知る人が訪れて気づく可能性はあるのだ。セシルがそうであったように。


「ウルスリーでも同じようにしていたの?」


「してる。かけるにしても外すにしても、自分が関わってるって示すんだ。責任だって、言ってたけど」


 責任、とセシルの言葉を繰り返して私は城の上部を見上げた。石造りの白と藍色で統一されたその上階でサクラ姫は伏せっている。其処にアマンダは自由に出入りができる様子だった。殿様の信頼を得ているのは間違いない。


「……まぁ、呪術師じゃなくて薬師を探してたって時点で、かけてる方だと思うよ」


 ボソリ、とセシルは零す。解呪するつもりがあるならアマンダは確かに方法を教えるだろう。エミリーの呪いを解くために必要なものを母親のオリビアに教え、それを探す旅の間はエミリーの面倒を見てくれるほどなのだから。解呪の方法が分からない、ということも有り得るのかもしれないけれど。


 あの、見透かすような視線を思い出せば知らないことなどないように思えた。


「——おぉ、ライラ殿の従者たちか。ということは追ってこの国に来たのだな。面倒をおかけした」


 殿様はすぐさま謁見に応じて、快く歓迎してくれた。アマンダから私たちのことは聞いていないのか、それとも油断させるための演技か、判断し損ねる。声に安堵が滲んでいるように聞こえたから、疑っていないことを信じて微笑んだ。


「無事に再会できましたが、サクラ姫の容体も気がかりです。ラン……も気にしているでしょうし、もう少し置かせて頂いても良いでしょうか」


 申し訳なさそうに眉を下げてみせれば、構わない旨の返答があった。憔悴した様子の殿様も申し訳なさそうな表情で私を見る。


「異国の姫でありながら他国の姫を気にかけて頂き、感謝を表する。あらゆる手は尽くしてきたが……元が病弱だ。この歳まで生きたことさえ奇跡と言えるのかもしれない」


 本当のサクラ姫はとうにいないことをランさんから聞いていたから何と返したものか悩んだ。


「あまりご自分を追い詰めないのが一番ですよ。もし眠れないようなら薬師に調合させますが」


 ロディが柔らかく返す。ランさんと話したことさえないくせに、さも身内のように扱うその手腕には舌を巻いた。


 結構、と殿様は苦笑した。自分のための薬師ならいるのだと言いながら。


「今は一刻も早くサクラが元気になることだけを願っている」


 そう言って笑う殿様は、紛れもなく父親の顔をしているのに。私は上手く笑えずにそっと目を伏せた。



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