17 神聖なる火ですが
「その、私が祓ってもらった穢れがもっと強くなることはありますか?」
「あるだろうね。お前さんが引っ掛けられていたのは残り香、残滓だ。本体が何処かにあるはずだ」
もし、とコタロウのことを意識しながらも尋ねた。この数日で私が関わっただろう呪いはただ、ひとつだから。
「その強い穢れの本体を祓うとしたら……アヤメさんならできますか」
質問にアヤメさんは分かりやすく眉間に皺を寄せた。これだけ力がある人でも面倒に感じるようなものなのだろうか。
「穢れにも種類がある」
アヤメさんが口を開いた。
「お前さんのは言うなれば霧。払ってやれば散って影響を及ぼさない。でも本体はその霧を発生させる装置みたいなものさ。いくら霧を払ったところで装置があるならまた溜まる」
一時凌ぎにしかならないと言われて私も眉根を寄せた。本体なんて、見当もつかない。
「祓うには水があれば良いのかい?」
ロディが口を挟んだ。その場の視線を一気に集めても考え深げな表情でアヤメさんを見ている。さっき使ったのは水だろう、と続けながら。
「今の例だと風が有効のようにも聞こえたものだから」
確かめたくてね、とロディは微笑んだ。アヤメさんに視線を戻せば、ふん、とアヤメさんは鼻を鳴らす。
「穢れに最も効くのは火だよ。浄化の炎。それも神聖なものだ」
水は流すがこびりついた泥は落ちるのに力が要るとアヤメさんは説明した。火なら魔法で出せるけど、とロディは言いかけて首を振る。
「神聖な火、とは言えないかな。その神聖な火とやらは何処で手に入るんだい?」
採りに行く気かい、とアヤメさんは尋ねた。生憎と地の底まで行ったことがあってね、とロディは笑う。恐ろしい場所と言われてもそんなに動じないよと。
「神聖な火は山にある。偉大なる太陽神の山、雨降らざる燃え盛る山。イワイビの山に行って帰ってこられるかえ」
「イワイビ……っ」
コタロウの方が反応を示した。知ってるのかい、とロディが尋ね、知ってるも何も、とコタロウは焦ったような表情を向けた。アヤメさんが笑う。
「ここいらのもんは近づかないね。イワイビの火は何に置いても神聖で、吉兆の象徴みたいなもの。それで料理をすれば一生飢えないと言うし、それで打てば一切の刃こぼれもないとか」
「そんなに言われているのにこの反応ということは……」
ロディが笑みを引き攣らせた。恐ろしい場所であることは間違いない。それも、子ども騙しではないような。
「その通り。イワイビの山は死の山。年中熱く、火を吹いている怒りの山さ。そんなところに行くなんてのは命知らずか大馬鹿者だね」
火を吹く怒りの山。ぐ、と喉が狭まって鳴った。けれど。
「……その火があれば、呪いは消えるんですか」
「ライラ殿」
コタロウが驚いた様子で私を向いた。私はアヤメさんを見つめ、其処に嘘がないかを確かめようとする。嘘を見抜く方法なんてない。ただその目が、嘘を吐いていないと信じられるかどうかを測った。
「大抵の穢れは火に弱いもの。ご丁寧にも呪いの本体に保護をかける術師もいるもんだ。ちょっとやそっとの鈍じゃ傷ひとつつけられないどころか、鈍の方が折れる。そういうものもある」
サクラ姫を呪うものがそうでないとは限らない。それならその神聖なる火を、手に入れた方が良いのではないか。
「……待て、待つんだ。イワイビの山は火を吹くだけではない。その火を守る神使がいると聞いている。その神使を打ち倒さなければ火は手に入らない」
コタロウが真剣な表情で私に訴えた。行こうとしている気配を感じたのかもしれない。ロディが腕には覚えがあるとも、と言うけれどコタロウはかぶりを振る。
「神使は地上に降りた神の使い。それを打ち倒すことは神殺しと同じだ。火を手に入れると同時にどんな呪いを受けるか分からない」
「神殺し……」
ロゴリの村で初めて聞いたその単語が恐ろしいものであることを私も知っている。
——神殺しは大罪だ。神を殺したと一目で分かるよう外見に変化があるらしい。殺した神の特徴がな。
リアムが教えてくれたそれが、どれほどのものか。想像でしかないけれど大変なことだとは聞いただけでも震えそうなものだ。リアムの退治した神様は結局、神様を騙る魔物だったから神殺しには当たらなかったけれど。今回のそれが本物であったなら。
「……でも、その火がないと」
サクラ姫の呪いは解けないかもしれない。こうしている間に城にも入れなくなる恐れがあって、彼女は床に伏せっている。体力がいつまで保つのか、呪いがいつからのものなのか、分からないから。
「もしもそれが呪いだとするなら、必要になるはずなんです。どんなところか分からないし、神殺しなんて恐ろしいわ。それでも」
ランさんは私を助けてくれた。そのランさんが最も助けたい人。ランさんが聞いたらイワイビの山に向かうかもしれない。
けれどランさんに冒険者の“適正”があるようには思えなかった。私も一緒だけれど、でも、ロディやバフルといった仲間がいるし、タオからもらった火鼠の毛皮で織った衣もある。ランさんが単身で赴くよりは可能性があるのではないだろうか。
「行ってみないと、分からないから」
「——……」
コタロウは私の返答に言葉を失った様子だ。ロディがやれやれとばかりに首を振る。
「うちのお姫様はこういう人でね。勿論ボクも行くとも」
ありがとう、とロディに笑いかければ、当然だろうと返ってくる。
粗方アヤメさんから呪いについても聞けたし、イワイビの山という情報も得た。セシルの準備は整っただろうか。彼にアマンダの手口かどうかを確認してもらって、それからイワイビの山に向かおう。そう考えたところで。
「……オレも、連れて行ってください」
コタロウが絞り出すように懇願した。
「イワイビの火は鍛冶職人なら一度は夢に見る伝説に語られる火。その火で打てばどんな鈍も業物になる。業物は更なる高みへ。オレは鍛冶職人ではありませんが、父の打ったこのカタナ、イワイビの火に晒してみたく」
神殺しの大罪はオレが負いましょう、とコタロウは頭を下げた。そんな、と私は思わずロディと顔を見合わせ、なんと答えたものかと言葉を探したのだった。




