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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
16章 化生の姫

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16 祈祷師ですが


「此処が……?」


 思わず尋ねてしまった私に、はい、とコタロウは生真面目に頷いた。


「祈祷師アヤメの住まいです」


 住まい、と言うには荒れていた。小屋の形をしてはいるものの風雨を凌げるだけに見えた。腕の良い人ならもっと頼られてしっかりした家に住みそうなのに。


「こ、こんにちは!」


 けれどサクラ姫のことが何か分かるかもしれない。それにひとりではないから。私は勇気を出し、扉をノックして声をかける。中から返答はなかった。


「留守……?」


 祈祷師にも予定はあるだろう。首を(めぐ)らせてコタロウを向けば、彼は扉の向こうをじっと見つめていた。


「すみません、少しお話を!」


 諦めずにもう一度ノックする。はぁ、と溜息が耳元から聞こえた気がして背筋を冷たいものが走った。無意識に息を呑み、飛び退る。ライラ、とロディが驚いた声を出すからそっちの方に驚いた。ロディが、気づかないなんてことあるだろうか。バフルも無言だ。


「……っ」


 咄嗟に髪飾りに触れた。瑞々しく咲き誇っている。光も炸裂していない、ということは。


 何も危険はなかった。それなのに。


「誰かが……耳元で溜息を吐いたような気がして……」


 ぞ、と言いようのない重さがお腹の奥に落ちた気がした。それとも反対に、熱いのか。指先が冷えるのを感じる。これは——恐怖だ。


「……やれやれ、とんだ穢れだよ」


 扉の向こうからする嗄れた声に皆の視線が向いた。ぎぃ、と悲鳴のような音をさせて中から開く。背の低い老婆がげんなりした顔で立っていた。そのあまりに面倒そうな表情が動いたのと真っ白な髪が陽に反射しなければ棺の中から起き上がったと思ったかもしれない。


「お前さん、そんなのを何処で引っ掛けてくるんだい。ったく、早く入んな。祓ってやるよ」


 老婆の目は真っ直ぐに私を向いている。彼女が祈祷師のアヤメという人だろうか。


 は、とロディもコタロウも二の句が告げずにいるようだ。ロディは何かを考えるように目を細めている。コタロウは穢れの正体を探ろうとでもしたのか、サッと周囲を警戒して視線を走らせる。


 何してんだい、と荒屋の中から招かれて私は覚悟を決めた。


「お、お邪魔します!」


 小屋の中は生活感がない。壁の上に、棚が作られている。其処だけが異様に綺麗で目を引いた。本当に此処に住んでいるのだろうか。


 隙間から陽の光が入り、ぼんやりと浮かび上がる室内で老婆が佇んでいた。此処で靴を脱いで、とコタロウに小声で止められ、ロディとぎょっとしながら従う。


 板の間に足を乗せると、ぎぃ、と軋んだ。彼女が歩いた時には聞こえなかったのに。


「あの、初めまして。ライラといいます。お話を伺いたくて」


 彼女は私をじっと見つめていた。スッと私の足元を指差し、自分はどっかとその場に座る。ようやく音がして彼女にも体重があるとやっと信じられそうな気がした。私も大人しく腰を下ろす。


「お前さん、何処でその穢れを引っ掛けてきた? 後ろの男どもはよく平気だね。あんたにも言ってるんだよ、人の身じゃないからって」


 ロディとコタロウは急に鋭い視線を向けられて背筋を思わず伸ばした様子だった。バフルがもぞりと身動ぎしたのを感じる。


「あの、穢れって」


「呪いの残り香みたいなものだね」


「逆だろう。我がいたからこの程度で済んでいる」


 バフルの口答えが彼女にも聞こえたようだ。唇の端が歪められて、笑ったのだと少し遅れて気づく。


「そうかい。まぁ普通の水じゃ流れないからね、この穢れは」


「え、あの、貴女がアヤメさん、ですか……?」


 他に誰がいるんだい、と眉根を寄せられてしまった。聞きたいことがあって、と訴える私に構わず彼女は服の合わせから筒のようなものを取り出した。植物でできたもののようだ。


「話は後。その穢れを祓うのが先。気になってお前さんの話なぞ、入っちゃこない」


 ぽん、と小さな空気の音をさせてアヤメさんが蓋を開け、腕を横に振った。ぴゃ、と透明な飛沫が広がるのが見えて咄嗟に目を閉じる。


「冷たい!」


「霊験あらたかな清水さ。酒なら一発で効くんだが、これでも効果はあるだろうよ。祓いたまえ清めたまえ……」


 空になった筒を持った手を振り、アヤメさんはブツブツと口の中で呪文らしきものを唱える。私は前髪からぽたぽたと雫を垂らしながら彼女を呆然と見つめていた。


 穢れ、とアヤメさんは言った。もしもそれが呪いと同じようなものだとして。これが解呪の方法だと言うなら、アマンダが行った解呪とは随分と違うと思う。こちらの方が、その、ちょっと乱暴に感じた。


「ハァーッ!」


「!」


 急にアヤメさんが両目を見開いて大声をあげるから私は面食らって仰け反った。鞄の中でコトとジャッドがバタバタと動く気配がする。中から出てはこなかったけれど。


「……うん、よし、祓えた。これでお前さんの話を聞けるってもんだ」


 アヤメさんは私の顔を真剣に見つめる。話を促されているのだと気づいて、口を開いた。


「呪いについて聞きたくて」


「お前さんが引っ掛けられてたやつかい?」


「う……それも気になるんですけど、その、呪い全般についてと言いますか……やっぱりその、体調に影響が出るんでしょうか? 私は何ともなかったんですが……それとも気づかずに体調を崩すとか」


 コタロウもいるからサクラ姫の病状を話すのは控えた。もしもアヤメさんが祓ってくれなかったらどうなったのか。


「お前さんが引っ掛けてた穢れなら、数日もしないうちに伏せっただろうね。そうしてひと月後には動けなくなる。後はお前さんの体力次第」


 なんでもないことのように言われてごくりと喉を鳴らした。私が呪われかけたり、同じ呪いを受けたりするようなことがあったなら。それは。


 サクラ姫が受けているのと同じものではと、背筋が冷えた。


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