15 身近な祈りですが
「ところで菖蒲は花で良いのでしょうか。それとも薬になる方?」
コタロウに問われて、何か違いが、と目を瞬いた。ロディと名乗る程度の自己紹介をした後、コタロウは生真面目にランさんから頼まれたお使いをこなすために尋ねたのだと思う。
「名や姿が似ている植物が他にもあるんです。ライラ殿は花と仰いましたが薬になる方なら……」
「あ、あの、お花屋さんで手に入ると聞いたものだからてっきり」
慌てて答えれば、それなら、とコタロウは目を伏せて考える様子を見せた。花ではない方でしょう、と。それからスッと私に視線を向ける。
「古来より厄除けになるとも言われています。呪いに関心があるようですが、何か関連が?」
「ぇえと……」
コタロウの追求に裏があるのか、単純に興味を向けているだけなのか、判断に困った。サクラ姫の不調が呪いによるものであるとは言わない方が良いように思うのだ。何故と問われたらバフルの話をしなくてはならないし、嘘を重ねると整合性を保つのにも気を張らなくてはいけない。
「ボクらの国では病になると気持ちが弱るからつけ込まれないようにと護りを強くするんだよ。陣を描いても良いけど、目に入る場所にもあった方が良い。薬草は有用だ」
ロディがにっこりと笑んで助け舟を出してくれた。こくこく、と頷くとコタロウはなるほどと得心した様子を見せる。
「我が国にも『病は気から』という言葉があります。不調になると気が弱るのは身に覚えがありますし、言い得て妙かもしれませんね」
「何処の国にも似たような表現ってあるんですね」
素直に感心したらコタロウが驚いたような目を向けて、それから小さく笑った。そうですね、と同意すると花屋は向こうですと指を差す。その後に呪いに詳しい人を訪ねてみようと決まった。
「ところで『呪い』と剣士のキミから聞くとは思わなかったな。詳しい人も知っているようだし、呪術師じゃなくても身近なのかい?」
ロディがコタロウに話しかけた。花屋さんで無事にショウブを手に入れて、コタロウの案内に従っている。先頭を行くコタロウはこともなげに頷いた。
「他所の国ではどうか知りませんが。ペグォージンでは“人の情念”に敬意を払います。祟られないように、負の情念を向けられないように。それでも人が近づけば争いは起きる。一族郎党を根絶やしにすることも」
ランさんの故郷を思って胸が痛んだ。ランさんの村がどういうものだったかは知らないけれど。ランさんだけが逃げ、サクラ姫は殿様の娘に似ているからと連れて行かれた。コタロウがそれを知っているかは分からないものの、彼の話からはありふれたもののようにも聞こえた。
「そうすると当然、情念は募る。怨念となり、その憎しみは生者に向かう。生者は死を恐れるものです。戦に出た男が魔除けを求めれば家人にも広まる」
オレの父は鍛治職人で、とコタロウが続ける。その父が打った剣を振るっていると話していたことを思い出した。
「武器は獣や悪から身を守りますが、同時に命を傷つけるものでもある。その相手から向けられる情念を蔑ろにはするなと、幼い頃から言われていました」
コタロウの手が懐に触れた。何かを忍ばせているのか、そっと撫でるような手つきだ。魔除けの品かもしれないとぼんやり思った。
「生活に根付いているんだね。“呪い”は“想い”から生じるものだから正しい対処だと思うよ。命そのものを代償にする場合もあるし、使われた武器に恨みが向くこともあるかもしれない。家族を危険に晒したくないとお父上は願ったのだろうね」
ロディが柔らかく答えた。コタロウは小さく頷き、こほんと咳払いをひとつすると前を向いた。
「一方で、戦は失うものが多すぎます。また、善悪をつけやすく新たな火種を生むこともある。だから古来より、戦に出ずとも相手の息の根を止める方法が重用されたのも事実です」
「それが……呪術……?」
思い至って急速に喉が渇いた気がした。掠れた声で尋ねた私にコタロウが頷く。道理だね、とロディは思案顔で口を開いた。
「表では善人の顔をして裏で呪う。勝手に相手が離れた場所で破滅してくれるんだ。為政者にとってこんなに楽なことはない」
「でもそんなの……怖いわ」
誰かに悪意を向けられることを想像して息が震えた。そうだね、とロディがこれも柔らかい声で肯定する。だから魔除けを必要とするんだよ、と。
「誰に呪われるか分からない。だから魔除けを求める。だから先に呪う。人は弱いものだから、間接的な手段があれば便利と思う反面、怯えるんだ」
何処の国でも変わらないのかもしれないね、とロディは切なそうに微笑んだ。誰かを憎んで人がかけた呪いは見たことがないけれど、恨みによる呪いはラフカ村で見た。理不尽に命を奪われた獣の呪い。もしも誰かから、あんなものを向けられたなら。
「でも呪う側にもそれなりの腕が必要だ。例え命そのものを代償にしたって、誰にでもできる芸当じゃない。それともペグォージンの人々はそういう資質が元から高いのかな。魔力量が多いのか、呪術的な儀式が上手いのか……そういえば手先が器用な職人肌の人が多いんだったか。体系だった技術が確立されているかもしれないね」
魔術と呪術は近いのに違うものだからよくは知らないけど、とロディは歌うように言った。悪気がないのは私にも分かるけれど、コタロウにどう聞こえたかは分からない。そっと窺っても、表情にあまり出さないせいか彼がどう受け取ったかはよく判らなかった。
「……人を呪うばかりでもありません。カタナ鍛治に火の神の加護は欠かせない。父は打ち始める前に必ず炉に向かって礼をするし、その回数は決まっている。火は邪気を遠ざけると信じ、オレのカタナもその信念に基づいて打たれた。だから何が相手でも負けません」
コタロウの凛とした表情と声には、誇りと信頼がよく表れていた。そうですね、と私も肯く。そんな反応が返ってくると思っていなかったのか、コタロウは目を細めた。
「おっと、悪く言うつもりはなかったんだよ。彼女を守ってくれたならボクにとっても歓迎すべきものだとも。何が相手でも負けないなら、呪いも斬ってくれそうだ」
「呪いを斬ったことはありませんが……父のカタナならできるかもしれません。この世ならざるものでさえ、鍛治職人なら斬れる業物をと望むでしょうから」
後は使い手次第です、とコタロウは自身に向けるように言葉を落とした。それから、さて、と空気を変えるように足を止める。知らぬ間に市場からは少し離れた場所に来ていた。
「何処の村や町にも祈祷師はいるものです。この城下町においては彼女こそが腕の良いホンモノと聞き及んでいます。ライラ殿の知りたいことを知っていると良いのですが」
本物と言う割には少し傾いた荒屋に見えて、私は思わず喉を鳴らしたのだった。




