第10話 死者を冥界へ帰す一子相伝の術
「な、なんだあれは……」
「黒い棺……だと?」
ガデルとボルザックは宙に浮かぶ黒い棺を見上げて立ち尽くす。
俺自身、これを見たのは子供のとき以来だ。
術を体得したそのときに見たのが最後だった。
「葬送術。俺の一族に古くから伝わる本家のみに伝授される一子相伝の術だ」
「葬送術……? なんだそれは?」
なにかを察したのか。
表情に僅かな焦りの色を見せつつボルザックが問うてくる。
「死者を冥界に帰す術だ」
「そ、そんなものあり得ないっ!」
ガデルが叫ぶ。
「死者を冥界に帰せるのは冥王様だけだっ! デタラメを言うなっ!」
「デタラメかどうか……。まあ、俺も死者にこれを使うのは初めてだからな。親父が言ってた通りならデタラメじゃないさ」
なぜ俺の一族がこんな術を使えるのかはわからない。
親父やじいさん、そのまたじいさんも死者と戦ったことは無い。
術の存在意義。
一族の存在意義。
それらは長い年月によって忘れ去られてしまった。
「ボルザックっ! 早くそいつを殺せっ!」
「し、しかし……」
「そんな術はデタラメだっ! 死者を冥界に帰せるのは冥王様だけなんだからなっ! それとも俺の命令に逆らって冥界に送り返されたいかっ!」
「……っ」
ボルザックが巨剣を構える。
そして振りかぶり、素早い動きで俺へと襲い掛かって来た。
「やれっ! 真っ二つだっ!」
「おおおおおおっ!!」
ボルザックの巨剣が俺の頭上へ迫る。……が、
「ぬうっ!?」
巨剣は俺の頭部を斬り裂く寸前で止まる。
「こ、れは……っ!?」
ボルザックの両手足。
そして首と胴に鎖が巻き付いている。
その鎖は開いた棺の中から伸びていた。
「なんだ……? なんだこれはーっ!!?」
巨漢のボルザックがどんなに暴れても鎖はビクともしない。
動きを封じ、完全に拘束していた。
「死者は冥界へ帰れ」
「ぐ、うう……」
鎖が引かれ、ボルザックの身体が棺へと近づいていく。
「な、なにをしてるんだボルザックっ! そんな鎖、引き千切れっ! 竜殺しの異名を持つお前ならそんな鎖なんて軽く引き千切れるだろっ!」
「ダ、ダメだっ! ビクともしないっ! こんな……」
親父曰く、棺から伸びているのは冥界の鎖だ。
冥界に存在するものは、冥王の力か葬送術でしか破壊できない。
どんな剛力無双の戦士でも、あの鎖を破壊することは不可能。
「抵抗しても無駄だ。その鎖は切れない」
「がああああっ!! くそっ! 嫌だっ! 冥界には戻りたくないっ!!」
「いずれ転生する。それまでの辛抱だ」
「あ……」
力尽きたボルザックの身体が一気に引かれて行き、黒い棺へと収まる。
そして蓋が閉じられ、棺はその場から消失した。
「葬送完了……だな」
俺は大きく息を吐く。
「ひ、ひいっ!?」
短く悲鳴を上げたガデルがその場に尻をつく。
俺はその場へ行き、ガデルの胸ぐらを掴んだ。
「冥王の目的は? 冥王とギエルモンド盗掘団にどんな関係があるんだ?」
「い、言えないっ! それはっ!」
「なら言えるまで痛い思いをさせてやってもいいんだぞ」
ガデルの頭を掴む。
そして少し力を入れてやった。
「いだだだだだだっ!!?」
「このまま頭を潰されたいか?」
「いぎゃあああっ!! 勘弁してくれっ!」
「なら話せ。知っていることを全部」
「ぐ、ううう……ああああああっ!!?」
「!?」
そのときガデルの口が光る。
そこからなにかが抜け出て……。
「ああああああっ!! が、ああ……」
ガデルの口から光……恐らく魂が抜けていく。
残ったのはミイラのようになった身体だけだった。
「口封じか」
なにかしらの魔法がかけられていたのだろう。
魂が抜け出たことを考えれば、恐らく冥王から直接かけられた魔法か……。
「一体なにが起こってるんだ?」
冥王の目的ってなんだ?
ギエルモンド盗掘団との関係は?
それらはまだわからない。
だがわかっていることもある。
それは盗掘団が冥王の指示を受けて英雄の墓を荒らしていることだ。
荒されるのはここだけじゃないだろう。
ならば俺はそれを防がなければならない。
「元墓守として、墓が荒らされるとわかってて黙ってなんていられないよな」
世界中の墓を守らなければならないのだ。
墓巡りなんて呑気なことは言っていられなくなった。
ギエルモンド盗掘団を叩き潰す。
そして必要ならば冥王すらも……。
その決意を持った俺は、明日からのことを考え始めた。
―――魔王ミトロス視点―――
「キラーマは死者を冥界へ送る葬送術というものを体得している。葬送術はキラーマの一族しか使えんものだ。つまり冥王と戦えるのはキラーマだけなのじゃ」
「お待ちください」
と、俺はルロイへ目をやる。
「それならばキラーマと同じ血族のルロイも葬送術とやらを使えるはずです」
「い、いえ、わたくしは……」
「無理じゃ」
初代様は俺の言葉を一蹴する。
「葬送術は本家にしか伝わっていない一子相伝の秘術じゃ。同じ血族でも分家の者にはなにも伝授されておらん」
「そ、そうなのか?」
俺の問いにルロイは黙って頷く。
「キラーマを呼び戻して魔王軍将軍の地位を与えろ」
「しょ、将軍っ? あれは元墓守ですよっ。幹部が納得致しませんっ」
「それを説得するのが魔王であるお前の役目だろう」
「う、うう……」
追い出した男を将軍にしろだと?
そんなことをすれば自分の恥を晒すようなものではないか。
「5代目までの魔王がなぜキラーマの一族を高給で雇っていたのか考えなかったのか? それも考えず追い出してしまうとは……」
「や、奴の一族が冥界の進行を止める門番の役目を担っているなど伝わっておりませんっ。長い年月のあいだに忘れ去られたと初代様もおっしゃっておられたではありませんか。追い出した私に落ち度は……」
「ならばこちらへ来い」
「えっ?」
俺は初代様について行き、墓地内の端にある階段を降りて行く。
そこに見えたのは……。
「こ、ここは……」
荒された無数の墓。
数万では足りない数のそれがそこにあった。
「ここに眠っていた勇者や英雄たちも冥王に持っていかれた」
「ゆ、勇者や英雄?」
「キラーマの一族が倒し続けた勇者や英雄の墓だ。中には2代目と3代目の魔王を倒した勇者の墓も含まれておる。2代目を倒した勇者はキラーマの曽祖父が。3代目を倒した勇者は父が」
「ま、魔王を倒した勇者をキラーマの一族が……」
あり得ない。そんなこと……。
「そして歴代最強と言われた4代目を倒した勇者、ロイマーノに瀕死の重傷を負わせて追い払ったのがキラーマだ」
「ロイマーノをっ!?」
あんなくたびれた男が勇者ロイマーノに瀕死の重傷を負わせたと言うのか。
「し、しかしそれは4代目様との戦いですでに消耗していたからでは……」
「ロイマーノは瀕死の重傷から完全に身体を治す薬を大量に所持していた。同じ効果の魔法が使える僧侶も連れていた。それでもキラーマを倒すことはできず、ほとんど死にかけで逃げて行ったそうだ」
「まさか……」
キラーマにそれほどの力が?
初代様の言葉とは言え、やはり信じられなかった。
「一族の本家はここで勇者や英雄と戦い続けた。その技は子へと継承され続け、いつしか魔界最強の一族に至った。キラーマの持つ強さは葬送術だけではない。魔王や勇者すら圧倒できる力も持っているのだ」
「し、しかし私はそんな話、5代目様からは一言も……」
「聞かねば知れぬほどの無能かお前は?」
「う……」
「5代目までの魔王たちは皆、知っていた。自らでキラーマの一族について調べてな。死後に冥界でロイマーノなどの死者から話を聞いたわしが言えることでもないがの」
「ともかくわしの言う通りにしろ。それしか冥王を止める術はない」
「……わかりました」
俺は初代様の言葉を了承する。
だが本心は違う。
別のことを考えていた。
奴を呼び戻して将軍の地位を与えるなど絶対にいかん。
そんなことをすれば奴を追い出した俺の無能を晒すようなものだ。
しかし冥王は放置できない。
奴は2代目から5代目の魔王様、それに加えて大勢の勇者や英雄たちの死体を従えている。強さはもちろん、死ぬことも無い最強の軍団を。
キラーマの力を使わずそれらを倒す方法は……。
と、俺はルロイへ目をやる。
そうだ。
将軍の地位をやると言ってキラーマを呼び戻し、酒でも飲ませて葬送術がなにかを聞き出せばいい。それをルロイに覚えさせる。
そうなれば奴は用済みだ。ルロイを使って冥王とも戦える。
そうしよう。
良い方法を思いついたものだと、俺は心の中でほくそ笑んだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、キラーマの弱点を知りたい冥王だが……。




