第6話「魔法」
「『魔力は身体の一部を起点としているわけではない』……と書いてあります。あ、この単語が『魔力』です!」
朝食を終えた後、小屋の机を挟んでフィリアに魔法学の研究資料を読んでもらっていた。
ついでに文字の読み書きを覚えるため、簡単な単語もセットで書き写しながら解説してもらっている。
昨日見つけた紙の束は、魔法に関する研究資料だったようだ。
内容としてはそこまで込み入ったことは書いていない。基礎中の基礎といった感じだと思う。
資料曰く、魔法を使うには三ステップが必要になる。
身体の中にある魔力を知覚すること。
その魔力を体外へ放出すること。
そして、放出した魔力を事象へと変換すること。
これは森や今朝の実験で俺が直感的に試した手順と一致していた。手探りの推測は概ね正しかったというわけだ。
フィリアが朗読を続ける。
「『魔力を体内で循環させることで属性魔法に変換せずとも、身体能力の向上が見込める。ただし、この効果は個人差が大きい』」
「『体外で魔力を事象に変換することができず全く魔力が無いと思われていた人物が、無意識下で魔力を循環させ大幅に身体能力を強化していた例がある。ほかにも、魔力を循環させても、全く身体能力が強化できない例もあった』」
「『それだけにとどまらず、火、水、風、土の四大属性への変換でも、同一の魔力量で個人により変換後の事象の規模に違いがあった』」
「『このことから、魔力は個人で少なからず性質が異なることが分かる。循環に適した魔力、火、水、風、土の四大属性どれかへの変換に適した魔力。氷、雷の希少属性への変換に適した魔力』」
「『個人間で魔力の質が異なる最たる例として、固有魔力がある』」
「固有魔力?」
「はい! ……『属性魔法に、変換前の魔力を混ぜることで不可視の魔法を撃てる魔力、物質の時間を一時的に止める魔力、魔力を込めた物体の質量を変えることができる魔力――現在発見されているものでも多岐にわたる』……だそうです!」
「ありがとう、フィリア。まずはここまでで十分だよ」
たどたどしく読んでくれたフィリアが少し疲れた様子を見せたため、一旦区切ることにした。質量ってなんだろう? と小首をかしげている様子が愛らしかった。
まずはここまでで大丈夫だろう。知りたい基礎知識は十分に得られた。
「ちょっと外に出てもいい?」
俺がそういうと、フィリアは一歩前に乗り出してわくわくした顔を見せた。
「試すんですね、行きましょう!」
外へ出る。
朝の木漏れ日と澄んだ風が心地いい。昨晩の夢の重苦しさは残っていたが、しっかり休息を取ったおかげで身体は軽かった。
小屋から十分に距離を取って魔法の練習を始める。
まずは『四大属性魔法』とやらを試す。
腕を前に出した。
胸部で知覚した魔力を指先に集中させるイメージで集める。
指先に、じんわりと集まる熱を感じた。
昨日実験したときと同じ要領で、魔力を外に放出する。
外部に露出した魔力が空気中に少しずつ溶けだしていくのを感じた。
魔力を外に出す場合は、『早く変換する』、『魔力を押しとどめておく』のいずれかを選ばないとロスが激しいのだと直感する。
今回は魔力を押しとどめる方を選択した。
これが想像以上に難しかった。体内での循環が容易だった分、体外に出た魔力をその場に固定するのは困難を極める。雲を掴むような手応えのなさに、少しずつ魔力が大気中へ散っていく。
魔力の制御は追々練習しよう。
この場に魔力を留めるのは最小限にして、一旦は魔法の行使に移る。
水は今朝に試したので、次は土。
一番安全そうだったからだ。
魔力を土に変換する。
簡単にできた。手の先には拳サイズの土ができていた。今朝作った水よりもかなり小さい。考えているうちに散った分の魔力を考えると妥当なサイズなのではないだろうか。
「すごい……初めてなのに」
フィリアのつぶやきが耳に入る。
土魔法を魔力に戻し、離散させた。
先ほどフィリアに読んでもらった文章に、魔法の消し方については記載があった。
魔法を使った人間と、発生した事象の間にある魔力の糸が切れる前に、離散するイメージをすれば、魔法は消える。実際に試してみるとあっけなく土魔法は消えた。魔力は空気中に消えていったようだが、うまくやれば体内に戻すこともできそうだ。
単に魔法の行使といっても奥が深そうだった。
次に風魔法だ。
同じ要領で、手のひらに発現させる。ふわりと突風が巻き起こり、前髪が浮き上がる。
感覚だが、土魔法よりもスムーズに変換できた気がする。資料にあった通り、魔力の質に個人差があり、俺の魔力は土より風に適しているのかもしれない。
最後に、火だ。
一番危険そうな属性だったため最後に回した。フィリアを先ほどよりも少し離れさせる。
身体の魔力を手先に集中し、順に外に放出。
そして、火をイメージし、魔力を変換する――
「あれ……?」
――魔力が空中に霧散してしまった。
上手く変換できなかったのだ。火が生じる気配は微塵もない。
「メアくんの魔力は火に適してなかった……ってことなのかな?」
「そうかもね。ちょっと残念だけど」
俺がこの世界に来て最初に魔力をイメージしたときも、火がイメージだった。
てっきり俺には火の魔法の才能があるのだと思っていたが、肩透かしにあった気分だ。
火魔法は重点的に練習したいなと考えていたが、誤算だった。
記憶を取り戻す必要がある。この村にも長くはいられない。
いずれは旅に出るとして、日常生活で火魔法はきっと便利だ。属性魔法はすべて習得しておきたかったが、まさか火は発現すらしないなんて。
「メアくんはきっと水魔法が得意なんですよ! あんな大きな魔法、なかなか出せないんです。私も先生に教えてもらって三年前からずっと練習してますが、最初の一年はコップ一杯のお水も作れなくて……」
フィリアはそう励ましてくれた。
俺が最初から大きな水を作れたのはなぜだろう。
想像力の違いか? 体内の魔力量の問題という線もあるのだろうか。火を行使するには魔力が足りないとか。
いまいち魔力量というものがつかめなかった。
今度、全力で魔法を使って底を試してみるのもありかもしれない。
どちらにせよ、まだ軽くしか魔法を使えていない。
生活ではぎりぎり使えるだろうが、実戦では使い物にならないという実感があった。
出来る限り戦うのは避けたいところだが、魔物がいる世界ではそうも言えないだろう。
魔法は練習しておくべきだ。
少しずつなんて悠長なことは言えない。
かなり身を入れて特訓すべきだろう。
魔法を重点的に磨こうと、ひそかに心に決めたのだった。
◇
初めて魔法を使ってから一週間がたった。
それなりに収穫のある一週間だったと思う。
まず一つ、仮説を検証した。
その仮説とは、『魔力の発現のイメージ』を水に変えるとさらに効率が良くなるのではないか、というものだ。
俺は火魔法を使えない。
フィリア曰く、俺は水魔法が得意なのではないか、という話だった。この一週間の検証と体感では風が一番得意といった感じだったが、水の方がイメージがしやすそうなのでこちらで試してみる。
本当に火に適性がなく、水に適性があるのであればこちらの方がより身体を強化できるはずだ。
滝をイメージする。
身体の頂点から足の隅まで、水が流れ落ちる。そんなイメージ。
結果は散々だった。
魔力自体は全身を巡るものの、身体能力の向上は普段より多少マシという程度。火のイメージで循環させたときの爆発的な強化幅とは比べ物にならなかった。
火魔法が使えないことがさらに理解できなくなっただけだった。
次に、身体強化の強度についてを確認した。
魔力の質によって魔法の規模が変わるのであれば、身体強化も、もちろん魔力の質で変わるだろう。ここまでは資料にあった通りだ。
じゃあ、質によらないところはどうなる?
例えば、魔法は魔力量でサイズが変わる。身体強化はどうだ?
試してみると、うまくいかない。まるで身体強化に使える魔力の上限があるような感覚だった。
この上限は身体というより、俺がうまく扱える魔力量の上限であるように思う。
つまり、俺が研鑽し魔力制御が精密になればなるほど、身体強化に使える魔力は増え、出力もさらに引き上げられるはずだ。
これは良い発見だった。これからは魔力制御の特訓を日課にしようと思う。
身体強化についての発見はそれだけじゃない。
純粋に投入する魔力量の多さだけではなく、魔力の循環の速さ。これも身体能力の向上につながった。こちらも同様に魔力制御を練習するしかなさそうだ。
魔力の循環を制御するのはかなり集中力を使う。
最近は常に身体強化を使って慣れようとしていたが、この循環速度については恒常的に速くするのは難しそうだ。どうしても気疲れしてしまうし、身体が疲れるのもずっと早く感じる。それなりに肉体的負荷がかかっているのだろう。一時的なブーストとしてしか使えなさそうだった。
最後に、各属性魔法についてだ。
地道な訓練を重ねて多少は上達したが、どれも実戦で主軸で使えるレベルではないように感じる。
風魔法は木の幹に浅い傷を刻めるようになり、薄い風の障壁を展開できるようになった。水魔法と土魔法は狙った形状と速度で射出する精度こそ上がったが、決定打となる威力はない。
土魔法で石を飛ばすくらいなら、身体強化した腕で小石を投げた方が遥かに速く、重い。
俺の魔力量は底が見えない。
検証ついでにひたすら魔法を使っていたが、魔力を失ったときにおこるらしい倦怠感、ふらつき、気絶といった症状が全くと言っていいほどでない。
これは大きな長所だと思うが、いかんせんこの魔力量を制御できておらず、一回の魔法に使える魔力は平凡だ。
莫大な燃料タンクを持ちながら、蛇口の口径が追いついていない状態と言えるだろう。
ひとまずは練習あるのみなのだが、こんな習得速度で大丈夫なのかと不安になる。
もし、今も俺を殺そうと何者かが狙っていて、タイムリミットが刻一刻と迫っているのなら。
そんな悪い想像が焦りを生んでいた。
「そろそろお昼にしましょう!」
フィリアが温かい昼食を運んできてくれた。
思考を切り替え、乱れた息を整えて小屋へ戻る。
「……メアくん、ずっとここで魔法の練習してますよね」
フィリアは机に昼食を並べながら、どこか落ち着かない様子で視線を落とした。
「あ、うん……ごめんね。部屋を貸してもらってるのに、何もできてなくて」
フィリアはこの一週間、毎日の食事を欠かさず届けてくれ、合間には魔法の練習にも付き合ってくれていた。
居候の身として申し訳なさが募る。
「いえ、謝ってほしくて言ったんじゃないんです。……ただ、メアくん、ずっと何かに追われてるみたいに必死だから」
フィリアはきゅっと自分の服の裾を握りしめ、何かを躊躇うように唇を噛んだ。
その瞳には、とりつかれたかのように魔法の練習に打ち込む俺への純粋な心配と――それ以上に、どこか寂しそうで、どこか不安を感じているような、かすかな揺らぎが滲んでいた。
「ねえ、メアくん。ご飯を食べたら、少し遠くまでお散歩に行きませんか? メアくんに見せたい、とっておきの場所があるんです」
「とっておきの場所?」
「はい! ……行ってみてのお楽しみです」
不安を覆い隠すように、フィリアはぱっと花が咲くような笑みを作ってみせた。
外に出て気分転換をするのも悪くない。
何気ない景色が、失われた記憶の手がかりになる可能性もあるのだから。




