第18話「少年」
「これが傷に効く薬草で、こっちが頭痛……あれは――」
宿を確保してから三日が経った。
フィリアと一緒に、王都近郊の森に出てきている。
宿代を稼ぐために冒険者ギルドに行き、冒険者となったのだ。
特に難しい手続きなどはなかった。
ただ、登録手数料として初回依頼から報酬が天引きされるのみだ。
俺たちがここ三日で受けたのは『魔力草』と呼ばれる特殊な植物の採取依頼だった。
成果報酬型らしく、数によって報酬の額が決まる。
この魔力草は需要がかなり高いらしく、他の討伐系と比べて遜色ない額が提示されていた。
おかげで路頭に迷わずに済んでいる。
俺は植物に関しての知識がなかったため、別の依頼にしようとしたのだが、他が討伐ばかりでどうにも気乗りしなかった。
ゴブリン討伐などが始めたての冒険者――Eランクでも受注できるものだったが、やはり人型の生物を殺すのは避けたい。
ここの世界の人たちはこういった殺しに忌避感はないらしい。
幼い頃から魔物と隣り合わせの生活をしていれば自然とそうなるのだろうか。
討伐依頼を受注するのを戸惑っている俺を見てか、フィリアがこの魔力草の採取依頼を取ってきてくれた。
なんでも少し前に体内の魔力のバランスが崩れてしまう『魔力病』というものが流行り、その対症療法として魔力草の需要が跳ね上がっているらしい。
「へえ。さすが物知りだね」
「ふふん、そうでしょう? 植物のことならどんどん頼ってくださいね!」
そうして、俺たちは森で魔力草の採取をしていた。
隣でフィリアが得意げな顔をしている。
実際、助かっている。
フィリアがいなかったら討伐系の依頼を受ける必要があった。
「魔力草、本当なら街道沿いなんかにもっと生えてるはずなんですけどね」
「そうなんだ?」
「はい。『魔力病』の影響で、手ごろなところは根こそぎ取られちゃったのかもしれないですね」
「あー……だから冒険者に依頼が回ってるのか」
フィリアが淡く、静かに青く発光する草――魔力草を摘みながらそう言った。
少し前に魔力病が流行した、と聞いていた。
流行時はもっと採取されていたのだろう。
手頃な位置のものは取り尽くされているというわけだ。
実際、俺たちも昨日、一昨日から少しずつ森の奥に向かって活動範囲がずれている。
ここは森の入り口とはいえ、魔物が出ないとは言い切れない。
自衛できる冒険者が適任ということだろう。
「ちなみにメアくん、これは何だか分かりますか?」
フィリアが地面に生えている、黄色でとげとげとした植物を指さす。
「えっと……魔力草とは少し違うね? ちょっと危ない系の見た目だ」
「はい! これは通称『麻痺草』で、触ると数時間ぴりぴりしちゃうので、触らないように気をつけてくださいね!」
「そうなんだ。触る前に教えてくれて助かったよ、ありがとう。フィリアは頼りになるね」
俺がそう言うとフィリアは両手を腰に当て胸を張るような仕草をした。
このまま鼻先が伸びてきていそうな勢いだ。
それからしばらくして、土魔法で作った石の籠いっぱいの魔力草が集まった。
このくらい集まれば、今日は宿に泊まれるだろう。
日が暮れるまでまだ時間はかなりある。
この森の中でフィリアと食事するのがいつもの流れだった。
「それじゃあ、私はご飯の準備をしてきますね」
「いつもありがとう。やっぱり、少しは俺も手伝った方がいいよね。今日は代わろうか?」
「い、いえ! 大丈夫です! メアくんはゆっくりしててね!!」
そう言うと、フィリアは足早に水辺に向かった。
手頃な木の実などをこれから採取し、持ってきた簡単な食材と合わせて即興で調理してくれるのだ。
初日から俺が準備すると言っているのだが、気を遣ってかフィリアはずっと食事を準備してくれていた。
さて、俺も向かうとするか。
歩くこと数分。
たどり着いたのは、少し開けた場所だった。
木々のアーチをくぐり抜けたとき、空気が変わるのを肌で感じる。
ひんやりとした冷気が少し心地よい。
不思議と身体が軽くなるような、そんな感覚があった。
見上げれば柔らかな木漏れ日が差し込み、淡く青白い光の粒子――大気中の魔力片が、塵のように静かに舞っていた。
『魔力溜り』と呼ばれる場所だ。
空島にいるときから知覚はしていたが、大気中にも魔力は存在している。
フィリア曰く、その魔力が特別濃い場所を魔力溜りと呼んでいるらしい。
大気の魔力を人が取り込んでいるという証なのか、ここに来ると身体の調子、魔力の調子が抜群に良かった。
そのため、この数日はここで魔法の練習をしている。
広場の中央に座り込み、瞑想。
右手を前に出し、火の起こりをイメージする。
手のひらに、極小さい黒い火の塊ができた。
日課だった。
魔力制御の感覚を研ぎ澄ます。
森の中なので、消すのを制御できる黒炎であっても意味もなく大きく出力するのは躊躇われた。
そのため逆に、小さく制御する方向で練習している。
これがかなり効果があった。
たった数日なのに、魔力の繊細な扱いが身に着いたように思える。
そろそろ食事が準備が済んだだろう。
火を消した。
そこである視線に気づく。
今日もか。
ここ数日。
俺がこの場所で練習を始めてから、ずっと何かに見られている気がしていた。
恐らく悪意はない。
ずっと見ているだけだったからだ。
がさ、と近くの茂みが揺れる。
上手く気配が隠されているのでどこにいるのか分からなかったのだが、どうやら視線の主は見つかったらしい。
「あの、ずっと見てるよね。何か用?」
「ひっ! ……す、すみません」
茂みをかき分けて姿を現したのは、上等なローブを身にまとった少年だった。
ただ、そのローブは泥や草の露に汚れていた。
連日、茂みから観察していたからだろう。
「あの……勝手に見てごめんなさい。怪しいものじゃなくて……あ、僕、ラスカって言います。魔法学園の一年、ラスカ・ロタです」
ラスカは行儀よく礼をした。
「ん、メアといいます。丁寧にありがとう。色々あって今は冒険者をやってるよ」
まあ、三日前に始めたばかりだけど。
「メア師匠……!」
「師匠……!?」
急に、師匠と呼ばれた。
ラスカと名乗った少年は、地に両膝を付けて祈るような態勢をとる。
「この三日間、ずっと見ていました! どうか、どうか僕を弟子にしてください!!」
「え……ええ?」
困惑する俺を他所に、ラスカはどんどんヒートアップした。
「僕、落第寸前なんです! 魔法の成績が悪くて……あ、固有魔力! 僕、固有魔力を持ってるんです!! 師匠のも、固有魔力でしょ!?」
「え? そ、そうだけど……」
「やっぱり! どうやったらあんなに繊細にコントロールできるんですか!? 僕なんてからっきしで、だからずっと成績が悪くて、教えてほしいんです! このとおり、お願いします!!」
「ちょ、ちょっと落ち着こう? 弟子にするなんて一言も言ってないし、いきなり師匠呼びはちょっと……」
「あなた、何してるんですか! メアくん、困ってるでしょ!」
俺がラスカの圧に困っていると、水辺にやってこないのを心配したのか、食事の準備が終わり俺を探しに来ていただろうフィリアが間に入った。
ラスカがポカンとした顔をしている。
「師匠、なんですか? このちんちくりん」
「いや、師匠じゃないし……!」
「ちんちくりん!? 今、私のことをちんちくりんって言いましたか!?」
◇
混沌とした場がようやく収まる。
フィリアは相変わらず頬を膨らませていた。
ご立腹らしい。
急に弟子にしてほしいと迫られてしまったのだが、ラスカもさすがに説明が足りてなかったと思ったのか、ぽつりと話し始めた。
「僕、実は小さい頃に両親が死んじゃって……アネリアさんっていう貴族に拾われて生活してるんです」
「それは……」
想定外に重い話に、言葉が詰まる。
「あ、いえいえ。物心つく前だったので悲しいとかは無いんです。それ以上に、学園にまで通わせてくれたアネリアさんに恩を感じています」
ラスカが手を振って心配ない、と伝えてくれた。
「ただ、ちょっと問題があって……」
「落第寸前って話?」
「そうなんです……」
ラスカの肩がはっきりと落ちた。
「アネリアさんも裕福な貴族じゃないんです。それでも僕のためを思って学園に入れてくれたのに、落第になんてなってしまったら――」
「目も当てられなくなっちゃいますね」
「うぐっ!」
「ま、まあまあ。フィリア」
「先にひどいことを言ったのはあっちです!」
先ほどのことを引きずっていたのか、ふんっ、と冷たくそっぽを向く。
まるで矢に射抜かれたかのようにラスカは固まってしまった。
「――僕、固有魔力を持っているんです」
立ち直ったラスカはそう告げると、手の平を上に向ける。
魔力の起こりを感じると、次の瞬間、バチっと手の中で電流が走る。
「魔雷って言います。魔力が雷の性質を持っています。希少属性の雷ではなく、魔力が雷そのものなんです」
四大属性に加え、希少属性の雷、氷。
これらは固有魔力ではない。
ただ変換できる魔力を持つ人間が少ないだけで、固有魔力ほど個人によるものではない。
空島で見た魔法資料によると、千人に一人は雷、氷魔法使いがいるらしい。
ラスカがそう言ったとき、ピンときた。
なぜここまで、ラスカが俺を師匠にするのにこだわるのか。
「俺と、似てるんだね」
「そうです! 師匠の魔力も、魔力自体が黒炎ですよね! 分かりますよ、魔法を使ったときに同じ気配を感じました!」
「だからこそ……ってわけか」
「この場所、僕がずっと魔法の練習していた場所だったんです。そんな場所に、固有魔力を僕なんかよりずっとうまく使いこなす師匠が現れて……遠巻きに見て学んでいましたが、見つかっちゃったのならもう弟子入りするしかないと!」
そう、ラスカは興奮した様子で語っていた。
どうやら俺は、他人の練習場所を横取りしていたらしい。
すごく申し訳ないのだが、正直に言うとそんな余裕はない。
賢者が不在だったとはいえ、まだやることはあるのだ。
冒険者として路銀を稼ぎつつ、先生の足跡を探さないといけない。
記憶を取り戻す、という目的から遠ざかるようなことは出来なかった。
そう結論を出し断ろうとした時だった。
断りを入れようとする空気を感じ取ったのか、ラスカが慌てて口を開く。
「お、お願いします! 固有魔力持ちなんて他にいないんです! 僕にできることなら何でもします。そうだ、アネリアさんは王都の一大魔法ギルドに所属しているんです! 師匠がもっと魔法を極めるための魔法の専門書なんかは、僕が頼み込めばきっと見せてもらえるはずです! だから……ッ!」
ラスカの言葉に、断ろうと開きかけた口が止まる。
魔法ギルドなんてものが存在していたのか。
先生は魔法に対して深い知識を持っていた。
待てば賢者と会話できるところまでは来た。
しかし、賢者が答えをくれるとは限らない。
先生も引き続き追うべきだろう。
もしかしたら、魔法ギルドには先生の手掛かりが残っているかもしれない。
フィリアと目を見合わせた。意見は一致した。
「ラスカ」
「は、はい!」
「いいよ。俺が師匠になるよ。ただし、条件がある」
そう言うと、ラスカが息を呑んだ。
「魔法ギルドで調べものをさせてくれることと、もう一つ。……実は俺も魔法についてはそんなに詳しくないんだ。教えられるほどの知識もない。だから、一緒に悩んであげることしかできない。それでもいいなら、師匠って呼んで」
俺がそう言うと、ラスカは感激したように目を輝かせた。
「師匠!! 不束者ですが、よろしくお願いします!!」
「よし、決まりだね。一緒に頑張ろう」
「はい!」
こほん、と隣でフィリアが小さく咳払いをした。
「ラスカくん。今日から私が姉弟子です。これからは敬意を持って接すること。……特に、ちんちくりんだなんて絶対言わないように!」
「は、はひ!」
「よろしい」
「あの、フィリアは弟子じゃないし……」
翌朝、引き続き生活費を稼ぐために今度は三人で、森へと繰り出した。




