第17話「王都」
目が覚める。
朝日が木々の隙間からほんのわずかに差し込み、鬱蒼とした深い森を薄暗く照らしていた。
周囲を見渡すと、フィリアが静かに寝息を立てていた。
焚火の向かい、リディルの寝ていた方に目を向けるが、その姿はない。
地面にはリディルのものと思わしき足跡がついていた。
後を追う。一分も歩いていない、すぐ近くの森の中に、その姿があった。
リディルは祈るように、静かに片膝をついていた。
両手は顔の前で固く組まれ、何かを握りしめている。
その伏せられた横顔はどこか寂しげで、深い悲しみが伝わってくるようだった。
「……起きていたのか。おはよう、メア」
リディルがこちらに気づき、立ち上がる。
「おはよう。どうしてこんなところに?」
「……」
リディルはバツが悪そうに黙り込んだ。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのか。
そう思っていると、リディルは顔を上げた。
「君の話も無理に聞いちゃったしね、お互い様か」
「……話さなくてもいいんだよ?」
「とか言って、実は気になってるよね?」
「……まあ」
リディルが穏やかに、少し茶目っ気のある笑顔を見せた。
しかし、そのあとに語られた話は穏やかなものではなかった。
「仲間が死んだんだ。四年前のことだった。……僕が守れなかった」
「えっ……」
「もう引きずってはいないよ。ただ彼女のことを忘れたくなくて、毎日こうして思い出す時間を作ってる。これ、形見なんだ」
そう言って、リディルは握りしめていた、精巧な意匠のペンダントを見せてきた。
やっぱり聞いてはいけないことだったじゃないか、と心の中で悪態をつく。
そんな様子が伝わったのか、リディルは苦笑いした。
「ごめん、朝から暗くしちゃったね。話さないとフェアじゃないかもって思ったんだ。許してほしい」
「……いいよ。気にしてない」
気の毒に、なんて言葉は出てこなかった。
何一つ知らない俺が、安易に同情を口にしていいはずがない。
「さ、戻ろうか。そろそろフィリアちゃんも起きるだろう」
リディルと会話を終えて戻ると、フィリアはもう起きて支度を始めていた。
俺とリディルの顔を見ると、少し不安そうに顔を歪ませたので、大丈夫だと手を軽く振る。
それから朝の支度を終え、リディルから手紙と革袋を受け取る。
「これ、ウルヴィンへの推薦状。王都に入るときもこれだけで十分なはずだよ」
「ありがとう」
革袋を手に持つと、じゃら、という鈍い金属音とともに確かな重みが手に伝わった。
「これ、なにが入ってるの?」
「生活費だよ。晶角獣の分け前も合わせて、多分そこそこ暮らせる額が入ってるはずだ」
「多分? ……結構入ってそうだけどいいの? 俺は通貨とかはよく知らないんだけど……」
「いや、恥ずかしいことに金銭には疎くてね。晶角獣の分け前がこれで適切かどうかすら、僕自身も分かってないんだ。だからとりあえず受け取ってほしい。もし足りなかったら、次に会えた時にでも文句を言ってくれ」
「……ふぅん? ありがとう、もらっておくよ」
革袋を腰に括り付ける。
「それじゃあ、僕はこれで」
「まだ森に残るの?」
「ああ。ほかに脅威がないか、この森を調査しなくちゃいけない。王都には、あっちの方向に三日も歩けばつくはずだよ」
リディルが俺とフィリアの背後を指さす。
「僕も落ち着いたら王都に帰る予定だ。その時はまた、食事でもしながらゆっくり話そう」
「……うん」
そう告げると、リディルは森の奥へと消えていった。
「俺らも行こうか」
「はい、メアくん!」
それから三日、フィリアと王都へ向かった。
◇
森をやっとの思いで抜けると、ふいに視界が大きく広がる。
街道の先にそびえ立っていたのは、遠目から見てもなお巨大な、白亜の城壁だった。
空島の素朴な村とはまるで違う。
天を突くような尖塔群と、幾重にも連なる重厚な石造りの建物。
そこがこの国の頂点である『王都』であることが一目で分かった。
「すごい……こんなにおっきな街だなんて」
隣でフィリアが感嘆の声を漏らし、目を丸くしている。
久々の日差しの暖かさを感じながら街道を進み、王都の正門へとたどり着く。
門の前には、鎧で身を固めた衛兵と思わしき屈強な男が数人立っていた。
街へ入る商人や旅人の荷物を厳しく検問しているようだ。
俺たちの番が回ってくると、鋭い視線を投げかけられる。
「次だ。身分証か、通行許可証を見せろ」
俺はリディルから預かっていた推薦状を取り出し、衛兵へと手渡した。
手紙に押された豪奢な封蝋を目にした瞬間、衛兵の表情が一変する。背筋をピンと伸ばし、敬礼の姿勢を取った。
「リディル様のお客人でしたか。失礼しました、どうぞご自由にお通りください」
「あ、ありがとう」
厳重そうに見えた検問だったが、あっさりと通行許可が出た。
その装いや賢者とのパイプから薄々察していたが、リディルはこの国で絶大な立ち位置にいるらしい。
門をくぐると、石畳の広い大通りに着く。
商人のような人から、鎧を着こんだ戦士のような人まで、無数の人々が行き交っている。
静寂なんてかけらもない、喧騒と活気に満ち溢れた街だった。
行き交う人々の服飾も、並び立つ商店の規模も、閑散とした空島とは比べ物にならない。
通りすがりの親切な商人に道を尋ね、俺たちは目的の場所――賢者ウルヴィンの研究施設へと向かった。
案内された区画は、王都の喧騒から少し離れた閑静なところだった。
木々に囲まれた敷地の中に建つその建物はまるで小さな城のように荘厳で、重厚な鉄扉に閉ざされている。
外壁には、空島の転移の魔法陣のような青い光の模様が幾筋も走り、静かに威圧感を放っていた。
少しだけ気圧されそうになりながらも、正面の受付へと足を踏み入れる。
受付にいたローブ姿の若い男に、リディルからの手紙を見せて面会を求めた。
「申し訳ありません。現在、ウルヴィン様は長期の学術調査に出ておられまして不在にしております」
「不在……?」
「ええ。数日で戻られるかとは思いますが……」
しかし返ってきたのは、想定外の答えだった。
「ウルヴィン様が戻りましたら、この魔道具でお知らせします。埋め込まれた魔石が光るようになっています」
男から、小ぶりの宝石が埋め込まれた指輪を受け取る。
賢者がいないのであれば仕方がない。
焦る気持ちはあるが、ここで駄々をこねても何も起きない。
幸い、リディルに殺されるようなことはなくなった。
あるのはただ、記憶を取り戻したいということと、リディルが警戒したこの力が何なのかを知りたいということだけ。
「ありがとう。じゃあウルヴィン様? が戻り次第、出直すね」
そう告げると、男は丁寧に頭を下げた。
「賢者様、いらっしゃらなかったですね……」
「うん。まあ、焦っても仕方ないよ。とりあえず宿を探そっか」
施設を後にし、再び活気のある通りへと顔を出す。
宿はすぐに見つかった。手頃そうな、木造二階建ての家だ。
ベッドのマークの看板があり、一目でわかった。
扉を開けて中に入ると、カウンターの奥から中年の、主人と思わしき男が顔を出す。
「らっしゃい。泊まってくのかい?」
「うん。二人で泊まりたいんだけど、これで足りるかな?」
貨幣についてよくわからなかったので、値段を言われる前に腰の革袋から貨幣を一枚取り出して見せる。
リディルが『生活費』とも言っていたので、さすがに足りるだろう。
「ちょ、おい! からかってんのか!?」
「えっ、足りない? ちょっと待って、まだあって――」
「ちげえ! おい、これ白金貨だろ!? もしかしてお前さんたち、そんな身なりして宮廷貴族かなんかか!?」
「は、白金貨ってなに?」
「かーっ、これだから偉いとこの出は! こんなもん受け取った日には出所を疑われて俺の首が飛んじまう! 出てってくれ!」
あまりの剣幕に、たじろいでしまう。
この後、何とかこの宿に泊めてもらうように交渉した俺とフィリアは、つけにした宿泊の代金を支払うために後日、冒険者ギルドに顔を出す羽目になってしまったのだった。




