第14話「地上での生活」
地上に降り立ってから、早くも三日が過ぎていた。
焚火で炙った魔物――角兎の肉を、フィリアが空島から持ってきていたナイフで斬り落とし、口へと運ぶ。
うん、焼き加減は十分だ。……十分なはず。
ちょっと黒い箇所があるが、このくらい焼かないと危ないよな?
念を入れてもう少し焼いておくか。
そろそろ日も暮れる。フィリアも戻ってくるはずだ。
降りた先もまた森だった。
だが、空島とは様相がかなり異なっている。空島は木漏れ日差す穏やかな森といった感じだったのだが、地上の森は暗く、より鬱蒼としていた。
昼のはずなのに日差しはほとんどなく、森全体に重苦しい空気が淀んでいるのを感じた。
幸い、食料には困らなかった。
木の実は豊富だし、食べられそうな魔物もいた。
フィリア曰く、魔物を食べるのは一般的らしい。
鹿、猪といった動物を狩猟し食べる日本人がいるように、異世界では魔物を狩るようだ。
最初はもちろん抵抗があった。
一角狼の時と同じで、やはり殺しは得意ではない。邪魔な思考が巡ってしまう。
それでも、躊躇はしなかった。今はフィリアがいるのだ。
俺はこの特別な身体で、おそらく食事を省いても生きていけるだろう。
しかし、フィリアは別だ。ちゃんと食べないと、倒れてしまう。
殺しは何度やっても慣れるものではないが、魔物を狩り食事自体は摂れていた。
日に日に、食事に対して感謝する気持ちが増してきた。
こんな俺でも、命をいただく、という実感が得られたのだろうか。
殺しに何も感じないような機械に成ることができれば、どれだけ楽だっただろう。
狩った魔物は、角兎、剛毛猪だ。
角が生えたウサギと、やたらモコモコとしている猪だ。
この世界には、その個体の強さによって位階をつける文化があるらしい。
下位、中位、上位、特位、絶位、天位、神位、そして理外。
角兎は下位、剛毛猪は中位らしい。フィリアに教えてもらった。
ついでに聞くと、空島の一角狼は上位とのことだ。
ただ、この位階の話を聞いてもあまりぱっとしなかった。
比較できるものが少なすぎたからだ。
角兎と剛毛猪は明らかに一角狼よりは弱かった。それは位階通り。
一角狼よりも強かったあの魔族は特位なのか? じゃあ俺も特位?
特位ってどのくらいの立ち位置なんだ?
俺が今時点でどの程度戦うことができるのか、あまり把握できずにいる。
「戻りました、メアくん。お腹すいたぁ」
フィリアが木陰から姿を見せた。
土魔法で作った簡易的な石の籠が、たくさんの木の実で埋まっていた。
魔除けのお守りがあるので、フィリアは魔物に襲われる心配がない。
そのため、木の実を集めに行ってもらっていた。
ちなみにフィリアが言うには、角兎程度なら魔法で狩れるらしい。
それでも危ないと思ったので一旦は木の実集めのみをやってもらっている。
過保護だと笑われてしまったのだが、それは仕方がないだろう。
日の光も差さない森では時間は体感でしかないのだが、午前中の間は森を抜ける道を探し、午後はこうやって生活するための食料集めに当てていた。
「おかえり。今日は俺がお肉焼いてみたよ。さ、食べて」
「あ、ありがとうございます、メアくん。――……え!?」
石の皿を魔法で作り、角兎の肉を一口サイズに切り分け差し出す。我ながら完璧な焼き加減、衛生管理だ。
少しばかり得意な気分になる。フィリアの反応が楽しみだ。
フィリアは俺の隣に腰かけその肉を目にすると、一瞬表情が凍り動作が止まった。心なしか顔が少し青ざめて見える。
あれ。何か、気に障るようなことをしたか。土魔法の食器、作るときに少しだけ歪んでしまったのだが、それに気づかれたか?
「い、いただきます、ね?」
「うん、食べて」
フィリアは俺の言葉を聞いて、何かをあきらめたように笑い、肉を手づかみで口に放った。
「――んぐっ!?」
その瞬間、フィリアの動きがピタリと硬直した。
瞳孔が限界まで見開き、額にはみるみるうちに冷や汗が滲む。肉を咀嚼する口がガタガタと小刻みに震え始めた。
あれ、もしかして、美味しくなかった……?
「ふーっ……ふーっ……!」
フィリアは涙目になりながら必死の形相で飲み込み、パッとこちらに顔を向けた。
満面の笑みだった。
「す、すっごく……美味しかった、です! なんていうか、大地の力強い苦味と、炭のカリカリ感が……こう、癖になるというか!」
良かった、美味しくないわけではなかったらしい。
フィリアが喜んでくれて嬉しかった。
「よかった、まだあるからね。ゆっくり食べなよ」
「はいっ……! ぜんぶ、たべます、おいしいので」
焚火に照らされるその横顔はとても幸せそうに見えた。多分。
今日も頑張ってよかった。
食事が終わり、就寝の準備を始める。
土魔法で簡易的にシェルターを作る。
この三日間、土魔法は引っ張りだこだった。
街に向かってはいるのだが、あまりにも地理に疎かったため、森の中をさまよっている状況だった。
だが、土魔法、水魔法があるおかげで生活には困っていない。
食料さえあれば、いつまでもここで暮らせそうな気さえしていた。
「さすがメアくんですね。こんなに簡単に土のお家作っちゃうなんて、何度見ても感心しちゃいます」
フィリアが出来上がったシェルターの壁をぺたぺた触りながら、そうつぶやいた。
「空島での練習が役に立ってよかったよ。半分はこのために練習していたようなものだし」
「メアくんは私がいたのに、旅に出ることをずっと考えてましたもんね?」
「あ、いや、それは……」
「ふふ、冗談ですよ」
「からかわないでよ、フィリア……」
フィリアがいたずらっぽく笑う
「それにしても、街はどっちにあるんだろう。先生の手がかりを探すにしても、まずは人がいる場所に辿り着かないと始まらないし」
いつどこで、あの翡翠の瞳の青年と出会うか分からない。
早く記憶を取り戻したいのだが、森を抜けられる道は見つからない。
まだ三日目だが、これからずっと見つからなかったらどうしよう、と不安になる。
「きっと大丈夫ですよ。明日はもっと探索範囲を広げてみましょう? メアくんとならきっとすぐに街も見つかる気がします」
「……うん、そうだね。ありがとう」
俺の不安を感じ取ったのか、フィリアはそう言って力強く微笑んだ。
そうだ、今悩んでいても仕方がない。ひたすら進むしかないのだ。
心がすっと軽くなった気がした。
「それじゃあ、今日は寝ようか――」
――シェルターの中に入ろうとしたその時。
けたたましい咆哮。
それに合わせて、鳥の羽ばたく音が聴こえた。
尋常ではない濃い魔力の気配を感じた。
気配の距離は近くない。しかし、その事実が逆に異常な事態を予感させた。
この距離でも届くほど、大きな魔力の存在だということだ。
びりびりと皮膚が刺激される。
フィリアと目を合わせた。
夜だが仕方がない。移動しよう。
自身の前方に黒火を灯し、視界を確保する。
その明かりを頼りに、ゆっくりと移動を開始した。
魔力の気配自体はそう近くない。
無理に急いで移動して、体力を使っても仕方がない。
背後から伝わる魔力の気配をひしひしと感じながら、正反対へ歩く。
木の根を踏み越え、月明かりがわずかに差し込む開けた獣道へと出た。
その時。
「――」
心臓が止まった。
人影があった。
翡翠。ウェーブの金の髪。腰に吊るされた剣。
そこに立っていたのは――夢で俺を刺し殺した、翡翠の瞳をもつ青年だった。




