第13話「地上へ」
フィリアに連れられるがままに、村に戻ってきた。
到着してすぐ、フィリアは家族と話してくると言って走り去っていった。
広場に腰かけて帰りを待つ。
道すがら、フィリアに先生のメモの内容を話した。
先生は、別世界の住人であること。
魂の回廊、龍脈の知識を求めて地上に降り立ったこと。
そして、それらの知識で何かを成し遂げようとしていたこと。
フィリアは静かに頷きながら聞いていたが、魂の回廊などの単語についてはピンと来ていない様子だった。
フィリア自身、先生が何を為そうとしていたのかが掴み切れていないのだろう。
この話を聞いて、さらに何かを考え込み決意をしたような顔をしていた。
やはり魂の回廊などといった単語は、この世界でも常識として普及しているものではないらしい。
地上に降りても簡単に手がかりが得られるかは分からない。
専門的な研究機関のようなものはあるのだろうか。
地上に降りた後、まずは『先生』の足取りを探さないといけない。
魂の回廊だとかの知識は先生から聞くこともできる。
現実的に、先生の足取りはどうやって追えばいいんだろう。
まずは街を探すしかないだろう。
先生は空島にいた二年で、魔法に関してかなり知見を深めていたように見えた。
魔法の研究資料がまさにそうだ。
各地の街を転々としつつ魔法に関する機関を尋ね、先生の知見の痕跡が残っていないかを調べる。
それ以外にも、先生は魂の理についての知識を求めていた。
自然と、そういった専門知識を持ちそうな組織、人物には探りを入れるだろう。
であれば、そこに痕跡が残っている可能性が高い。
基本的な方針は、魔法や魂の理に詳しそうな人物、あるいは組織を探すこと。
そのための第一歩として、地上に降りたらまずは街を探そう。
できれば人の集まる大きな街がいい。
「お、兄ちゃんじゃねえか。傷は大丈夫か?」
突然、背後から声を掛けられる。
気のよさそうな大柄な男……俺をフィリアの元に向かわせてくれた、恩人の姿がそこにはあった。
「うん、傷は治ったよ」
手を広げて、傷があった箇所を見せる。
そこには傷跡すら残っておらず、完全に塞がっていた。
「良かった良かった。まさか本当に治っちまうなんてな。昨日、傷だらけでお守り返しに来た時は驚いたぜ。……兄ちゃんも大変だったなあ」
昨日、村に戻った段階でお守りは返していた。
止血し、汚れは洗い流してから向かったのだが、全身傷だらけの状態だったのは変わらない。余計な心配をかけてしまっていた。
一応、傷は明日には治っているだろう、ということは伝えたのだが、怪訝な顔をされたのみだった。
応急処置はしっかりとしていたので深く追及されこそはしなかったが、やはり半信半疑だったらしい。
「嬢ちゃんとも仲直りできたみたいだな」
「おかげさまで。本当に、ありがとう」
頭を深々と下げると、男は驚き慌てたように手を振った。
「ちょ、よせよ。俺はお節介を焼いただけだ。動いたのは兄ちゃんだろ。――ま、二人とも無事で本当によかったよ」
男は白い歯を見せ、豪快に笑った。
「……で、兄ちゃん。地上に降りるのか?」
「え、なんで知って?」
「お、当たってたか。そんな顔してりゃ誰でも分かるさ」
カマをかけられてたみたいだ。ほとんど確信していたようだが。
「はーん、なるほどな。だから嬢ちゃんもあんな――」
「――メアくん!」
男が言いかけたとき、フィリアが小走りで駆け寄ってきた。
フィリアを待っていたのは大体、小一時間程度だった。
待たせていると焦っていたのか、その額には汗が滲み呼吸も早くなっていた。
かなり走ってきたらしい。
「おっと、じゃあ俺はお暇しようかね。……達者でな」
男は俺とフィリアに目配せしたあと、そう一言放ち立ち去った。
その広い背中を見ていると、見知らぬ俺を温かく迎えてくれた村人たちに対する感謝の感情が自然とあふれてきた。
だからこそ、何も返せていない事実が小さく罪悪感として残った。
「待たせちゃってごめんなさい。それじゃ、行きましょうか」
フィリアはそう言い、村の奥へ歩き出した。
村の小道を抜け、民家が途切れた森の入り口までたどり着く。
木々の間から差し込む木漏れ日が暖かい。遠くから聞こえる鳥のさえずりが耳に残る。
村に来てから今日までのことが思い起こされる。
ようやく、ここにはもう戻らないんだという実感が湧いてくる。
木々に囲まれた道を抜けると、小さな石造りの祠がひっそりと佇んでいた。
十段ほどの短い階段の先、台座の上には複雑な魔法陣が刻まれている。
「この魔法陣に魔力を込めると、地上に転移することができます」
「……なるほど、転移の魔法陣ってことか」
「大昔、地上で起きた戦乱から逃れるために、私たちの先祖が造ったものだそうです」
階段を一歩ずつ上る。
台座の上に立ち、足先に刻まれた魔法陣を見下ろした。
「地上から隔離するために地上側の魔法陣は、空島の住人でないと起動できないようになっています。……でも、こちらの魔法陣で降りるだけなら、誰でもできます」
フィリアがそう、静かに語る。
俺は空島の住人ではない。地上への道は一方通行ということだ。
先生もこの魔法陣から降りて行ったのだ。
同じく先生は空島の住人ではない。異世界からの転移者だ。
だから、先生はここに戻ってきていないのだろう。
「あとは魔法陣に魔力を込めるだけです」
フィリアが俺の背をぽん、と押した。
魔法陣の中心に立ち、フィリアに向き直す。
「フィリア、ここまで案内してくれてありがとう」
「はい!」
「君に出会えてよかった。あの時、君と出会ってなかったら俺は今もまだ、森をさまよっていたと思う。本当に、感謝してるよ」
「ふふ、それは私のほうこそ、ですよ」
フィリアが微笑む。
「メアくんがいてくれたから、私は前を向けました。先生がいなくなってから止まっていた時間がまた動き出したような、そんな感覚です」
そんなフィリアの言葉に、胸が熱くなる。
フィリアにとっても、先生のように大事な存在になれたのだろう。
その事実が、今はとても嬉しかった。
「今までありがとう。フィリアのことはきっと忘れないよ」
「……はい」
腰を落とし、膝立ちになる。
手を魔法陣につけた。
魔力を込めれば起動するとフィリアは言った。
魔法を行使する要領で手から魔力を流す。
ごう、と音が鳴る。
魔法陣に描かれた複雑な紋様に、青色が灯り発光した。
成功だ。転移できる。
そう思い、フィリアの方を向き直した――その瞬間。
「それじゃあ、失礼しますね――えいっ!」
「わっ!?」
魔法陣の外でこちらを見ていたはずのフィリアが、正面から抱き着いてきた。
伝わる体温と、押し倒されそうなほどの衝撃。
「ちょ、フィリア、何してるの!?」
「だってメアくん、一緒に行くって言ったら止めるでしょ! 絶対に離しませんからね!」
「いやいやいや、そんな! そうだ、家族とか――」
「もう話しました!! ちゃんと説得、してきましたよ!」
……だから小一時間、家に帰っていたのか!
必死に引き離そうとするが、首元に回された腕で抱きしめる力は思ったより強くて振りほどけない。
これ以上、引き離そうと無理に力を入れたらフィリアを傷つけてしまう。
「どんな危険があるか分からないんだよ!? 連れていけない!」
「覚悟の上です! 絶対に、絶対に付いて行きます!!」
決意は固かった。説得できる気がしない。
魔法陣に魔力が収束するのを感じる。
もう引き離す時間が無いと直感した。
「どうして、そんなに……?」
「メアくんが、誰よりも大事だからに決まってるじゃないですか!」
「――」
正面から迷いなく告げられ、言葉を失う。
もう引き離す気はなくなっていた。
それを察したのか、ぎゅっと抱きしめられていた腕から力が抜ける。
フィリアが俺から少し身を離し、いたずらっぽく笑った。
「我儘言ってごめんなさい」
転移の魔法陣が起動し、視界が光に包まれる。
「――これからもよろしくね、メアくん!」
1章完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
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2章から毎日18時更新予定です。
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