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命炎を抱いて  作者: 奥寺
1章 空島編
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第9話「ずっと燻っていた」

 魔族が無表情のままこちらを見据えた。

 逃げることはできない。魔族の先ほどの動きから、俺についてこれることは分かっていた。一人ならまだしも、フィリアがいる。逃げられない。決着をつけないといけない。


 相手の出方を窺う。

 このまま無策で突撃するのはリスクが高すぎる。俺には実戦経験がほぼない。後ろにはフィリアがいるのだ。確実に勝つ必要がある。リスクは冒せない。


 魔族が剣を上段に構える。

 知性を感じない瞳とは裏腹に、その構えは無駄がなく洗練されていた。全く隙を感じない。


 俺はそれに呼応するように魔法を準備した。

 接近戦をするにしても、魔族が近づくまで距離がある。その間に、魔法を数発放つくらいはできるはずだ。攻撃として使えるのは風くらいだろう。土はともかく、水は使い物にならない。


 魔族が踏み込む。

 直感した。戦いが始まる。


 この踏み込み方ならまっすぐ来るはずだ。

 こちらに迫る魔族に合わせて、風の刃を正面に放つ。

 避けられることを予想して、左右、上を警戒した。


「なっ!?」


 俺の予想は外れた。

 人の背丈ほどの、複数の風の刃の塊が魔族を襲った。

 しかし、魔族はそれを一刀両断したのだ。

 減速すらなく、一直線に距離を詰めてくる。


 予想外だったが、すぐに用意していた魔法を使う。

 風の壁だ。正面に出して、防御をする。ここで嫌な予感がした。

 風の刃の塊を一刀両断できるのであれば壁も斬れるはずだ。


 予測しろ。

 風の壁が斬られた後、魔族はどう来る?

 知性を感じない。搦め手はないんじゃないか?

 そのまままっすぐ来るだろう、と結論を出した。

 情報が無さすぎて、もはやこの推測で合っていることを祈るしかなかった。賭けだ。


 魔族が風の壁を斬り伏せた。

 少しも減速せずに、逆足を踏み込んで肉薄してくる。

 壁を上段から下段へ斬り落とし、そのまま下段から斬り上げる構え。


 風魔法を使う。

 剣を止めようとしても斬られるだけだ。手首を狙う。

 手首を撥ね飛ばす勢いで風の刃を狙って飛ばした。


 風の刃が当たった。

 しかし、魔族の手首は無事だった。態勢を崩しただけにとどまった。

 だが、隙は生まれた。強化した足で蹴りをぶつけに行く。


「うぐッ!!」


 その瞬間、鋭い衝撃が俺の全身を切り刻んだ。

 魔法だ。魔族は崩れた体勢のまま、風の刃を放ってきたのだ。予測できなかった。

 相手も魔法を行使するという前提が、頭から完全に抜け落ちていた。


 身体を強化していたおかげだろうか。

 ダメージはそこまでないはずだ。咄嗟に頭も守った。

 目視で確認できてはいないが、手足も動く。血も大して出ていない。


 風の勢いのまま、身体が後ろに引っ張られる。

 倒れこまないように踏ん張った。魔族も俺の魔法で態勢を崩したままだった。


 態勢を直したタイミングはほぼ同時だった。

 それを合図に接近戦が始まる。もう予測なんてできない。


 剣から頭に一直線、突きがきた。

 反射で躱す。当たっていたら一発で死んでいただろう。

 突きの合間に攻撃を返――せない。

 全く隙が無く、すぐに次の突きが来る。避ける。

 大丈夫、見えてはいる。躱せる。

 問題は反撃だ。攻撃の一手を考えないと。


 三発目。

 より強い一撃が来る。これも躱――しきれなかった。

 頬が切れる。伝う血の感触。だが、隙を見つけた。

 さっきよりも速度を重視した大振りだった。今なら攻撃を差し込める。


 魔族の腹部に向かって蹴りを入れる。

 入った。重い感触があった。魔族の身体が宙に浮く。

 だが、先ほどのように吹き飛びはしない。


 宙に浮いていた。それなら、もう一発入れられる。

 痛みの消えた右手を構える。先ほどの傷は、超常的な治癒力がすでに塞いでいた。


 振りかぶるその時だった。

 吹き飛ばされた。何が起こったのか分からなかった。木に身体が打ち付けられる。口から空気が漏れ出る。目の前が一瞬明滅する。


 魔法だ。

 また風魔法だった。刃ではない。風の塊をぶつけられた。


 魔法の差だった。戦闘経験の差でもある。

 口から血が零れた。今回はダメージが大きかった。頭がぐらぐらと揺れる。

 対して、魔族は依然として、ほとんどダメージを受けている様子がない。


 戦闘の最中に魔法を織り交ぜられると対応しきれない。

 そもそもだ。俺は戦闘経験がないのだから、後手に回っちゃだめだ。対応できない。できるわけがなかった。強みを押し付けないと勝てない。

 じゃあ俺の強みってなんだ?

 身体能力は多分、俺の方が上だ。剣戟は避けられる。

 だけど、それだけだ。


 決定打がない。

 攻撃力が足りなかった。身体能力を武器に戦おうにも、相手の魔法を絡めた肉弾戦に勝てない。強化した身体だけで勝てるほど圧倒的な差はない。若干上回っているくらいだ。一角狼相手とは違う。


 倒れたままだと危険だと思った。

 震えながらでも立ち上がる。


 勝てない。

 このままだと負ける。負けたらどうなる?

 死ぬ。俺だけじゃない。フィリアもだ。勝たないといけない。負けられない。

 でも、勝てない。

 どうすればいい?


 思考がループする。

 その思考に中身なんてない。

 ただの感情。焦り。恐怖。ぐるぐると回る。


「メアくん」


 後ろから、か細い声が聴こえた。


「この間はごめんね。ずっと謝りたかったんです」


「今はそんな話をしてる場合じゃ――」


「私はメアくんを先生と重ねていました。メアくんは、メアくんなのに。メアくんには、記憶を探すっていう目的があるのに、ずっと村にいてほしいと思っていました」


 後ろを振り返ると、フィリアは儚げに笑っていた。


「メアくん。お願い。私を置いて、逃げて」


 頭が痛い。


 目の前が暗くなる。

 脳裏に浮かぶ光景。



 ◇


 ――逃げてと言われた。

 だけど、そんなことできるはずもなかった。


 離れたくなかった。

 このまま一緒に燃え尽きてしまいたかった。この火がただ、癒す火であればよかったのに。そうすれば救うことができたのに。そんな場違いな思考が浮かぶ。そんな空想、起こりはしない。


 火はただ、生命を焼き尽くしていた。

 ここで一緒に消えてしまいたかったのに。それは許されなかった。


 視界が霞む。

 滲む赤色が、すべてを塗り潰していく。

 涙が頬を伝った。

 引き離さないで。



 ◇



「――絶対に、嫌だ!」


 気づいたら叫んでいた。

 魔族が剣を構える。相対する。勝つ。


「終わったら、ちゃんと話そう」


「……うん」


 魔族が踏み込む。

 こちらに肉薄してくる。


 身体に流れる魔力が熱い。

 まるで身体が燃えているかのようだった。


 違和感。

 戦うにつれ上がる体温。

 血液が沸騰したように錯覚する。

 身体を循環する魔力が揺らぐ。


 魔力を体外に放出し変換する。

 それが魔法の理屈だと書いてあった。


 違ったんだ。

 最初から変換する必要なんてなかった。

 俺の身体を巡るのは無色の魔力なんかじゃなかった。


 水、風、土の魔法が実践で使えなかった理由。

 今なら理解できた。必要なのは変換じゃない。

 ただ、解き放つこと。


 燃えていたんだ。

 俺の身体でずっと燻っていた。

 火だったんだ。


 ――俺の魔力は最初から、火だったんだ。


 ただ腕を前に出す。

 魔力を解放する。火花が散った。

 スイッチを押すだけだった。


「……!!」


 放たれたのは光すら呑み込むような黒炎。

 すさまじい熱量を伴い対象へ喰らいつく。すんでのところで回避されるが、拡散した火は塊となり魔族を追尾した。


 斬り払おうとした剣ごと容赦なくその腕を包み込む。

 まるで肉体を餌にするかのように燃え広がってゆく。次に襲い掛かる火に対抗する術を魔族は持たなかった。


 魔族が膝をつく。

 火が生命力を燃やしていた。身体は黒く燃え続けている。


 剣を落とし、肩で呼吸している。消えない火は体力を奪い続けていた。

 そしてついに、魔族は木を背に倒れこんだ。

 勝負は決した。


 炭化していく魔族の腕。

 皮膚が焼け爛れている。肉の焼ける嫌な臭いが気持ち悪い。


 もう動くことはないだろう。

 何も、命まで奪う必要はない。

 自分の力が他人の命を奪い去るという現実に背筋が凍りついた。

 息も絶え絶えだ。ここからさらに命を奪うことに、抵抗感と強烈な吐き気があった。


 魔族にまとわりつく黒火――俺の魔力はまだ残っていた。

 これ以上は殺してしまう。相手の生命そのものが焼け落ちてゆく現実に背筋が凍りつき、魔族にまとわりつく黒火を意識して霧散させた。

 属性変換ではない自分自身の魔力だからこそ、消し去ることも容易だった。


 後ろを振り向き歩き出す。

 フィリアの様子を確認しようとした、その時だった。


「メアくん――ッ!!」


 耳をつんざくようなフィリアの悲鳴。

 倒れたはずの魔族が、魔法を行使した。

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