第33話 名前を隠さない制度
「王室調整局長、マティアス・ヴェルナー。公文書偽造および名義冒用の罪により、本日付けで一切の公職から追放する」
王太子による局長職からの罷免に加え、今後いかなる官職にも就けないという処分だった。
近衛兵に挟まれた被告席で、マティアスは処分状を見た。
「緊急時の判断をした者が、今後二度と官職に就けない。それで次の局長が、期限内に決められますか」
使者は処分状の次の項を読んだ。
「処分理由は、選択した案ではない。名義冒用、公文書改変、遡及作成、および負担当事者への説明欠如である」
マティアスは、そこで口を閉じた。
使者が彼に歩み寄り、冷たく告げた。
「元局長。直ちに王都へ同行していただく。文書偽造の罪について、王国法廷での正式な審理が待っている」
近衛兵に促され、彼は議場を出た。
「……終わりましたね」
オスカーが、私の隣で短く息を吐いた。
「個人の処分は、です」
私は手元の書類を整理しながら、レーヴェ評議会の議員たちに向き直った。
私は、先ほど八者が署名した決定書の隣に、もう一枚の文書を置いた。
「レーヴェ評議会に提案します。今後、水門工事や防災に関わる『緊急権限』を行使する場合、その期限と適用範囲を厳密に定め、事後には必ず第三者による検証を必須とする規則を設けてください」
書面には三つだけ記した。
緊急決定をした本人が署名すること。効力は七日で切れること。三十日以内に公開監査を受けること。
議員たちが顔を見合わせ、やがて力強く頷いた。
「よかろう。我々評議会は、先ほどの合意書で『公開監査』の義務を引き受けている。この新規則も、その監査の一環として正式に施行する」
議長が木槌を鳴らし、制度の改良が可決された。
さらに、フェリクス殿下からも報告があった。
「開発会社が主張していた、三十年間の独占権をうたう仮契約は、マティアスの公文書偽造が確定したことにより完全に失効した。会社側が既に受け取っていた前払金についても、全額を国庫へ返還させる手続きに入っている」
証言者への報復についても、フェリクス殿下の保護命令に基づく裁定が出た。
クララへの契約終了通知は無効。外された二名の日雇い賃金は、地主側が補填する。
クララは裁定書を受け取ると、最初に金額ではなく、次の耕作開始日を確かめた。
「リディア先生!」
会議が完全に終了し、議場の解散が宣せられた後。
エルナが、満面の笑みで私のもとへ駆け寄ってきた。彼女の手には、私が作成した議事録の束がしっかりと抱えられている。
「議事録、全員分の署名を確認しました!」
「ありがとう、エルナさん。保管用を一部、公開用を一部に分けてください」
「えへへ。これくらい、なんてことないです」
エルナは照れくさそうに笑った後、ふと真面目な顔になり、背筋を伸ばした。
「あの、先生。私、決めたんです」
「決めた?」
「次の聞き書きの仕事は、先生なしで、私一人で担当させてください」
「……エルナさん」
「それは、とても厳しい道ですよ。当事者の間に立って、恨みを買うこともあるかもしれない」
「覚悟の上です。私は、先生みたいな聞き書き人になりたいんです」
「わかりました。では、次の案件はあなたに任せます」
私が許可を出すと、彼女は「やった!」と小さくガッツポーズをして、そのまま駆け出していった。
走り出したエルナを呼び止めた。
「進行責任者の欄へ、ご自分の名を」
エルナは「あっ」と戻り、照れながら署名した。
六週間後、エルナは一人で最初の案件を引き受けた。
さらに一週間後、その名で作った決定書が、私の机へ届いた。




