第19話 技術報告には、ありません
レーヴェ市庁舎の議場は、再び四者の代表と多くの傍聴人で埋め尽くされていた。
私は進行責任者として中央の席に立ち、黒板に二枚の大きな地図を並べて張り出した。一つは、王室調整局長マティアス・ヴェルナーが先日提出した『推奨遊水地案』の新しい地図。もう一つは、老船大工が持ち込んだ三十年前の古い地図だ。
「マティアス局長。この二つの地図の違いについて、ご説明いただけますか」
新しい地図の赤い三村と、古い地図の青い森。
傍聴席の者たちが、二枚を見比べた。
マティアスは二枚を見比べてから、立ち上がった。
「三十年前の図面ですね。現行資料としては、すでに無効です」
「無効印は、あなたの職印です。狩猟地を外した理由は、現行地図のどこにありますか」
「存在を知っていたことは認めます。ただし、外した理由は別です」
「現地調査で、地盤が遊水地に適さないと判断されました。技術上の修正です」
私は議場の前列に座る水利技師へ向き直った。
「東の狩猟地の地盤は」
水利技師は手帳を開いた。
「固い岩盤層です。南岸三村より、貯水時の崩落リスクは低い」
「候補から外すよう求めた報告書は」
「私どもの記録にはありません」
技師の証言に、議場がざわめいた。
「嘘をついたのか……!」
「俺たちを騙して、村を沈めようとしたのか!」
「現場技師が知らない、王室独自の調査もあり得ます」
マティアスはそう答えた。
「報告書を提出できますか」
初めて、返事までに間が空いた。
「王都へ照会が必要です」
「根拠文書と責任者の署名が提出されるまで、この地図を『未確認』として扱うよう求めます」
レーヴェ評議会の議員たちが頷き合い、議長が木槌を鳴らした。
「評議会として、進行責任者の要求を承認する。根拠が提出されるまで、マティアス局長による当該資料の配布および引用を停止する」
「安全判断に必要な資料です。停止による遅延も、議事録へ記載してください」
マティアスは議長へ言った。
「記載します。照会結果も同じ場で扱います」
書記官たちが、傍聴席へ配りかけていた新地図を回収した。
クララは赤く塗られた村が折り畳まれるまで、黙って見ていた。
会議が終了し、熱気冷めやらぬまま執務室へと戻った私を待っていたのは、王都から届いたばかりの早馬の使者だった。
使者が手渡してきたのは、私の父、アーヴェル侯爵の封蝋が押された分厚い書状。
私は封を切り、急いで手紙の文面に目を通した。
先日、私が父に依頼した「私の古い記録と、現在の調整局の要約文の照合」に関する調査報告だ。
『リディア。お前の原文と、調整局の要約は一致しない。だが、事態はそれだけではない』
父の几帳面な文字が、少しだけ乱れている。
『お前の名義が使われていたのは、村への立ち退き通知だけではなかった。王室調整局の金庫から、南岸を遊水地にする工事を民間会社へ委託するための『仮契約書』の写しが発見された』
「仮契約書……?」
『問題は、その契約日だ』
続く父の言葉に、私は全身の血が凍りつくのを感じた。
『契約日は、お前がフェリクス殿下と婚約を破棄した『後』の日付になっている。にもかかわらず、その契約書には「王太子妃候補リディア・アーヴェルによる事前合意済み」というお前の古い肩書きが、強引にねじ込まれ、民間会社との契約の担保にされていたのだ』




