第13話 墓を、どこへ移せばよいのですか
「ふざけるな! 俺が三十年も手入れしてきた果樹が、たったこれっぽっちの銀貨で買えるわけがないだろう!」
南の村の広場に近い果樹園で、老いた農夫の怒号が響いた。
彼の前には、王都から派遣された財務官が困惑した顔で立っている。財務官の手には、木材の市場価値や果実の平均収量から割り出された、無機質な算定表が握られていた。
「ですが、王国の規定ではこれが上限でして……」
「規定がなんだ! この木は、死んだ女房と一緒に植えたんだ。金の問題じゃない!」
六十日の期限表を携え、二百十八世帯への個別聞き取りを始めた。
私は老農夫と財務官の間に立ち、手帳を開いた。
「財務官殿。王国の規定に従った金額算定は、そのまま残してください。ですが、それとは別に記録します」
私は老農夫へ向き直った。
「三十年育てた果樹と、奥様との思い出ですね。それは確かに、銀貨では計れません」
私は彼の言葉を、そのまま文字にした。
井戸、礼拝堂、墓地。財務官の算定表に欄のないものが、手帳を埋めていった。
私は、借地農民であるクララの家を訪ねた。
赤い移転印が塗られた扉をくぐると、狭いが清潔に保たれた土間に通された。クララは緊張した面持ちで温かい茶を出してくれた。
「わざわざ、こんな小作人の家まで来てくださるなんて」
「いえ。二百十八世帯、すべての声を聞くとお約束しましたから」
私が茶に口をつけた時、土間の隅から、小さな影がとてとてと歩み寄ってきた。
市庁舎で私に古い家の鍵を差し出した、クララの娘だった。彼女は私の膝の横に立つと、首から紐でぶら下げたその鍵を両手でぎゅっと握りしめた。
「おねえちゃん。あのね」
「どうしたの?」
私が視線を合わせるようにしゃがみ込むと、娘は大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、震える声で尋ねた。
「ここが湖の底になったら、お父さんのお墓も、冷たい水の中になっちゃうの?」
クララの夫は数年前に流行り病で亡くなり、村の共同墓地に埋葬されていると聞いていた。
「お父さん、冷たいの嫌いだったのに……。息ができなくなっちゃうよ」
クララは娘を抱き寄せた。娘の手から垂れた鍵が、土間を一度叩いた。
同行していた財務官が、気まずそうに咳払いをした。
「あ、あの……墓石の移動費用でしたら、特例として移転補償金に上乗せすることが可能です。新しい町で墓地を買う資金にも――」
「お待ちください」
私は、財務官の言葉を遮った。
「移す費用と、移す場所は別です。場所は決まっていますか」
財務官は算定表をめくり、やがて首を振った。
私は比較表へ、新しい線を引いた。
「クララさん。お嬢さん」
私は二人の目を見て、はっきりと告げた。
「お父様のお墓を、どこへ移すのかも表へ載せます」
私は、三つの案を比較するための公式な表に、新たな項目を書き加えた。
金銭補償の欄とは別に、『墓地移設先の確保』、そして『共同体再建(礼拝堂および共同井戸の復元)』という項目だ。
財務官が目を見開いた。
「リディア様、そのような定性的な項目を公式な比較表に入れれば、王国の負担は跳ね上がります! 代替地の確保など、誰が責任を持つというのですか」
「それを決めるための比較表です」
クララは深く頭を下げた。娘は鍵を拾い、また首へ掛けた。
「ずいぶんと小作人に肩入れしているようだな、リディア嬢」
立っていたのは、身なりの良い中年男だった。その後ろには数人の地主が控えている。
南岸三村で最も広い土地を所有する、地主たちの代表だった。
「地主の皆様。今、各世帯の聞き取りを行っているところです」
私が返答すると、地主代表はクララたちへ目を向けた。
「墓地と井戸まで補償されるなら、我々にも異論はない。ただし、土地を処分する権利は所有者にある。借地人にはない」




