6.依頼Ⅱ
メイビーンも立ち上がる。
「失礼しました。殺人の依頼は取り消します。その代わり、別の依頼をお願いします。その刺客を生け捕りにして、この屋敷まで連れてきてもらうという依頼に変更します。それなら、どうですか」
カモミールが、その場でメイビーンを睨む。
メイビーンも目を逸らさなかった。
カモミールは、アールグレイとダージリンの方を見た。
アールグレイは、カモミールに頷きかける。
「承知しました。お引き受けしましょう」
アールグレイが笑みを浮かべる。
「でも」
何かを言いかけたカモミールを、アールグレイは手で制す。
「ありがとうございます。本当に感謝します」
アールグレイは深く頭を下げたメイビーンに笑いかける。
「しかし、私たちは高額ですよ」
「構いません。ラッセル様をお守りできるのならば」
「では、交渉成立ですね」
アールグレイが、片手を差し出す。メイビーンは、その手を一瞥しただけで、握手に応えることはしなかった。アールグレイは、微笑みを絶やさずに手を引っ込める。
「それで、期限と報酬は」
「報酬は最高で六千ユーロ。一日遅れるごとに千ユーロ減ります。つまり、期限は今日から六日間です。それ以後に報酬が出ることはありません。しかし、報酬がなくなっても、途中で仕事から降りることはできません」
「鬼畜ですね」
アールグレイの発言は、メイビーンに無視された。
カモミールは、アールグレイが少しだけ可哀想に思えた。
「また、皆さんのお仕事が完了する前に、万が一、ラッセル様が刺客の攻撃に倒れた場合には、報酬はありません。また、皆さんの命もそれまでだとお考えください」
「今度はあなたが私たちを殺しに来るんですか」
「ご想像にお任せします」
アールグレイは、下を向いて小さく笑った。
「血気盛んなお嬢さんだ」
アールグレイは、すでに六千ユーロを用途別に分類し始めている。
他の依頼人と比べても、かなり金払いがいい。三人で山分けしなければならないところが痛いが、仕方ないだろう。分配が嫌なら、他二人の分もさっさと一人で使ってしまってもいい。
カモミールは、別のことを考えていた。
目の前に座っている若い女性が、そんな大金をどこから用意できるというのだろうか。六日以内に解決できないと高を括っているから、大口をたたけるのかもしれない。
確かにこの仕事はあまり正当な仕事ではない。刺客とはいえ、人間を拉致して、この邸宅まで連れてくるという内容なのだ。仕事が成功して、刺客を引き渡した後、メイビーンが何をするのかくらい、簡単に予想がつく。まさか、刺客と仲良くお喋りなんかしないはずだ。
引き受けるべき仕事ではないのは明らかだった。だが、アールグレイとダージリンに引く気はなさそうだ。
報酬としては魅力的だ。仕事を選ぶ基準は、それだけで十分だった。
カモミールは、思ったことを口に出しはしない。代わりに疑問点を投げかける。
「でも、このままでは、刺客の情報が少なすぎないか。俺たちが何をしたらいいのか分からない」
「著名な用心棒の皆さんなら、何の情報もなくとも、刺客を捕らえられると私は考えています」
「ええ」
アールグレイが微笑む。
「できるでしょうね」
「ですが、今回、私はあなた方を試すわけではありません。より効率的に刺客を連れてきてほしいのです。そのために、私が得た刺客に関する情報をお伝えしておきましょう」
「ありがたいですね」
アールグレイは、身を乗り出すが、カモミールは顔をしかめた。メイビーンの言い方が気に入らなかったのだ。情報を握っている人間のやり方だ。こちらが圧倒的に不利なことを知っている。
ダージリンは無表情で話を聞いている。空気になったかのように静かだ。
メイビーンは、人差し指を立てる。
「今までのところ、刺客は一人。直接攻撃を下すほどの度胸はありませんが、気配を消すのが上手いです。ただ、攻撃を仕掛けてくる前に、殺気を放ってしまうので、それを合図に攻撃をかわすことができます。重い物を落としたり、障害物を置いたりするような間接的な攻撃をしてきます。しかし今後は、飛び道具などの武器を使った直接的な攻撃が増えてくるだろうと考えています。これまで、間接攻撃ばかりしてきましたが、すべてかわせてしまったので。あるいは、現式を使った攻撃を仕掛けてくる可能性ですね」
「刺客に現式があるかどうかもまったく分からないというわけですね」
「お役に立てず、申し訳ありません」
メイビーンは軽く頭を下げる。
「ちなみに、ラッセルさんが狙われる心当たりはありますか」
「いえ……」
メイビーンは、首を左右に振りかけて途中で止める。
「でも、ラッセル様は恐れられています。ラッセル様の家柄に因縁を持つ人間は数多くいますから。私もできる限り排除したいと考えていますが、まずは尻尾を現してくれなければ、対処のしようがありません。今回もその手合いです」
メイビーンは、物騒なことを真面目な顔で言う。
「ラッセル様を抹殺しようと企む人間がいてもまったくおかしくはありません」
「ラッセルさんの能力が高いが故に刺客が送り込まれていると」
アールグレイは頷いた。
「合理的ですね。一般人を殺すのなら、これほどの手間は掛けません。そんな危険な状態なのに、ラッセルさんはお一人で出かけた。
……ラッセルさんもあなたと同じように現式をもつのですね」
メイビーンは、澄んだ瞳でアールグレイを見つめて沈黙する。精巧な人形のような表情だ。
アールグレイは微笑む。
「こんなに簡単な質問にも答えられないのですね。秘密が多くて苦労する依頼になりそうです」
「先ほども言いましたが、私はあなた方を困らせるつもりはないのです」
「そうでしょうね。あなたに何のメリットもないのですから。正直に言ってくださった方が、それだけ早く解決するのは明白なのに」
アールグレイは言葉を切り、メイビーンを見つめる。メイビーンは、アールグレイを無言で見返すだけだった。
ラッセルを守ろうとする意志だけが伝わってくる目だった。
黙秘か。
アールグレイは短く息をついて、ソファから立ち上がる。続いて、ダージリン、カモミールも席を立つ。
「それでは、刺客を可能な限り早く捕獲する依頼、承りました。数日後にはお届けできるでしょう。一部が欠損しているかもしれませんが、それでもよろしいですか」
「ええ。万一死んでしまっても、咎めません。ただ、その場合は、刺客だと分かる証拠も一緒に持ってきてください」
メイビーンが立ち上がって、礼をする。
ダージリンがドアを開き、カモミールを先に廊下に出す。アールグレイも部屋を出ようとして、振り返る。
アールグレイが振り返ると思っていなかったメイビーンは、軽く動揺する。先ほどまではなりを潜めていた年相応の純粋さが、大きな瞳に無防備に表れていた。
「どうかされましたか」
「あなたは利用されている」
「誰に、ですか」
「あなたのご主人にですよ」
次の瞬間、
メイビーンの瞳に、アールグレイに対する憎悪が燃え上がる。
それは静かに、だが、はっきりと目の中にあった。
アールグレイは、それに気づいていながら、気づかなかったかのように、廊下に向き直った。
「と、私には思えます」
廊下に消えたアールグレイを呆然と見送るメイビーンに、ダージリンは丁寧に一礼する。
「失礼します」
殺風景な部屋にはメイビーンだけが残された。一人、メイビーンは呟く。
「ラッセル様が私を利用?」
拳を握りしめる。
「勝手なことを……。何も知らないくせに」




