3.出会い
「空間招聘」
私が銃弾に身構えていると、突如声が響いた。
驚いて、声のする方へ振り返る。
新たな刺客か。厄介だ、刺客が二人だと。
今まで狙われていたのは、一人だった。
今回に限って二人で奇襲か。
何らかの組織化が行われているのか……。
私は背後を振り返り、銃弾の攻撃も警戒しようとする。そこで、目を見開いた。先ほどまでいた町の風景が消えている。私は、声がした方を再度振り返る。町から伸びる車道も、豊かに始まる草原も、消えていた。
代わりに辺りは、アイボリー色の空間になっていた。部屋ではない。天井も壁もない。地に足がついている感覚はあるが、床は目で見ただけでは分からなかった。天井も壁も見えない。どこまでも広がるような空間に、目眩がしそうになる。
認識系の現式か。私は辺りを睨み付けて警戒する。
どこだ、どこにいる。
「そこまで気張らなくても大丈夫ですよ」
右手から声。
私はそちらに顔を向ける。
「俺の名前はモンドで」
言い終わる前に、私は右手をその人物の首の横で止めた。
「動かないで。さもないと消す」
私の右手の先には、顔の横で両手を挙げ、驚いた顔の小柄な少年がいた。茶色の大きめなジャケットを着ている。学校の制服だろうか。
彼は肩を竦めた。
「嫌だなぁ。俺の空間内で相手に主導権握られるなんて」
「これはあなたの現式で作り出した空間? さっさと私をここから解放して」
「ゲンシキ? 俺はあなたを助けたんです。俺自慢の空間を使ってね。感謝されることはあっても、殺されることはないでしょう」
「殺すのではない。消すと言っている」
「言葉の綾でしょう。残酷な表現がお嫌いですか。それでも、やろうとしていることは同じです」
「違う。私は本当にものを消せる」
私は、目の前の男から一瞬目を離して、周囲の気配を探る。辺りに人がいる様子はない。拳銃を持った物体出現の現式を使う刺客はどこに行った。
「この空間にいるのは、俺とあなただけです」
私が、目の前の男に視線を戻すと、男はこちらに笑いかけてくる。笑顔が板についたような自然な表情だ。私の視線の動きをよく見られている。観察力に長けた人間か。気をつけなければ。
現執者ならば、私の状況を少し開示して、情報を得た方が得策だろう。
「私を追っていた現執者がいる。そいつがどこにいるか知っているか」
「ゲンシツシャ? かどうかは分からないですけど、追っ手がいたことは知っていますよ。あなたは肩から血を流していた。相手は危険そうだったので、あなただけを緊急避難として、こちらにお招きしたんです」
目の前の人間からは打算を感じない。
「……それには感謝する」
肩に手で触れる。まだ、血は少量ながら流れ続けている。
「しかし、あなたの意図が分からない。私を助けることで、何かメリットがあるか。私はあなたの知り合いでもなんでもないはず」
「そうです。俺はあなたと数分前に初めて会いました」
私は眉をひそめる。
「ならば、なぜ」
「助けを必要としていそうな人がいれば、手を差し伸べる。それほど不可解なことですか」
空間の現執者は首を傾げた。
「俺は、自分の良心に従って、あなたを助けました」
「嘘」
「信じてもらうしかないんですが」
信じるわけがない。私はそこまでお人好しではない。
空間の現執者は頬をかく。
「まあ、正直言って、純度百パーセントの親切心というわけでもありません。俺の作ったこの空間、どうです」
空間の現執者は、両手を広げた。
「空間を作るのは楽しい。でも、自分一人だけじゃ、いつかは飽きてしまう。誰かにこの空間を見てもらいたかったんですよ。だから、俺は困っていそうなあなたを選んで空間に連れてきました。空間を見てもらう代わりに助ける。どっちにも利益があるでしょう。あなたの追っ手をここに連れてくることもできましたが、あなたの方が僕の創作物をきちんと評価してくれそうな気がして。銃を人に向けるような人とまともに会話する自信が僕にはなかったんです。俺の本心ですよ」
空間の現執者は胸を張る。
私は、空間を見渡す。無限に続いていそうな空間なのに、不思議と不安は感じない。むしろ、現実に生きている方が、ずっと誰かに見られているような気配を感じる。それがないだけ、この空間は過ごしやすそうだ。
「現実と隔絶されているみたいだ。いい場所だと思う。……少なくとも、現実よりは」
「そうでしょう!」
空間の現執者は嬉しそうに笑う。
「俺の創作意図を正確に汲み取ってくださるとは」
私は目を細める。
無邪気な人間だ。
家で待っているはずの彼女のことを思い浮かべる。彼女も、今目の前にいる人間のように純粋な人間だ。
「物体出現の現執者は、あなたのことを認知していないのか」
「すみませんが」
空間の現執者は首を傾げる。
「先ほどから何度も話に出てくる、ゲンシツシャってなんですか」
私は、一瞬素に戻る。
「現執者を知らないのか」
「はい。初めて聞きました」
私は、額に手を当てる。これでは、彼女より世間知らずだ。これほどの空間を作り出せておいて、自分の属性も知らないとは。微笑ましく感じた自分が愚かに思える。
「そんなにがっかりされると傷つきます」
空間の現執者が少し悲しげに言う。
「そもそも、ゲンシツシャなんて言葉、知っている人間はほとんどいないと思いますよ」
「現式を自由自在に使えているから、現執者のことにも詳しいのかと思った」
「いえ、まったく」
空間の現執者は爽やかにかぶりを振る。
無邪気なのは素晴らしい。
私は少し考えてから、口を開く。
「あなたは今、自分の空間を作り出している」
「はい」
「それが現式作用。そして、その現式を使う人間のことを現執者という」
「俺以外にも空間を作り出せる人間がいるってことですか」
「現執者の現式は多種多様。空間を作る人間ばかりじゃない。私の追っ手は物体出現の現式を持っているようだった。私も別の現式を使う」
「へぇ」
空間の現執者は空気が抜けるような感嘆を漏らす。
「俺、現執者だったんですね」
「確かに、自分のことを現執者だと認識している人間は、あまりいないかもしれない。自分の使っているものを現式だと考えている人間も少ない」
多くは、偶然や空想で片付けられる。酷い場合には病院に連れていかれる。
「ほぉ」
「一般的には知られていない。現執者がいることも、知らない人の方が多い」
「あなたはなんで知っているんですか」
私は空間の現執者から少し目を逸らした。
「少し研究をしているから詳しいだけ」
「すごいですね。どんな研究をしているんですか」
「それは言えない。……しかし、あなたの危険を回避できるような情報だけは与えておくべきかもしれない」
私は暫く黙って熟考した。現執者の研究は個人的に行っている。専門的な情報を漏らすわけにはいかないのだ。知識は外部に漏れると危険だ。特に、現執者の集団に知られると厄介だ。
「現執者を狙う組織がある」
私は人差し指を立てる。
「私が知っている限りでは、そういった集団は一つだけ。現執者だけで構成された組織。私は正式名称を知らない。私を追っていたのも、おそらくそこの構成員」
「初めて聞きました」
「無理もない。彼らは、自らの存在を社会から隠している」
「はあ」
空間の現執者は、すでに話についてこられなくなっているようだ。
私は息をつく。簡潔に伝えた方がよさそうだ。
「簡単に言うと、その組織は、世界中の現執者を殺していっている秘密結社。現執者殺しの組織だ」
空間の現執者は、分かりやすく反応した。
「え、それでは、俺も殺されてしまうんですか」
「組織の目的は定かではない。何がしたいのか、分からない」
現執者で構成されているのに、現執者を殺しているのだ。同族殺しと変わらない。一体何がしたいのか。
私は腕を組む。
「ただ、世界に悪影響を与える人間から殺されていくようだ。大人しくしていたら、暴れるよりは長生きできる。おそらく、組織も、世界中の全現執者を把握しているわけではない。派手な動きを見せなければ、ブラックリストに載ることもないはず」
空間の現執者は、安心したように大きく息をついている。その後、不安そうに、こちらを見てくる。
「でも、あなたはその殺害予定の現執者に含まれているんですね」
「そう」
現執者に執拗に追われている事実は、私がこの世に存在してはいけないと考えられていることの証明だ。おそらく、個人的に現執者の研究をしていることがばれてしまったのだろう。閉鎖的な組織のようだから、私のように周辺を嗅ぎ回る者は危険人物だと判断される。
私は、空間の現執者を見る。
「そして、私をむやみに助けてしまったあなたも、組織の標的になった可能性がある」
「え」
空間の現執者が、動きを止める。
私は首を左右に振った。
「真相は分からない。しかし、今後は大人しくしているのがいい」
私は辺りを見回して呟く。
「こんないいものを作らずに」
「それはできません」
空間の現執者が、強い調子で即座に反発する。口答えされるとは思わなかったので、私は多少驚いた。
「空間を作るのが、俺の生きがいです。よく分からない組織に個人の喜びを奪われては堪りません」
なるほど。
単に無邪気なだけではないのだ。
自分を持っている。
私は頷いて、彼から目を逸らす。ボブカットが私の顔を隠す。左目が半分ほど、髪で隠れた。
私は、髪を振り払わなかった。
「好きにするといい」
「そうします。忠告ありがとうございました」
空間の現執者は、私に礼をした。
次の瞬間、私は、町の外れに佇んでいることを確認する。
辺りには、まばらに人が歩いているが、物体出現の現執者の気配はどこにもなかった。空間の現執者の姿もない。
しまった。
彼の現式についてもう少し話を聞いておくべきだった。いいサンプルだったのに。
そこで私は苦笑する。
先ほどまで刺客に追われ、急に疑似空間に連れていかれたというのに、私も呑気なものだ。
辺りに広がるのは、いつもの平和な町の風景。ただ、歩道に傘やペットボトルが散乱しているのは、普段と違うが。誰かの落とし物や不法投棄されたゴミで済むレベルだ。現式の痕跡だとは誰も思わないだろう。
命拾いをしたのかもしれない。
私は深呼吸した。
そこで初めて、撃たれた肩の痛みを思い出す。肩に手をやる。大した傷ではないようでよかった。いずれにしても、帰り道に手当しなければ。同居人には見せられない。大騒ぎされてしまうから。
私は空を見上げる。
空間の現執者……モンドに再会したいと思う。
今日の礼をしなければならないから。




