13.屋敷の秘密
メイビーンは、邸宅の中に戻る。先ほどまで旅人たちを応接していた部屋に戻り、切断された手首をビニール袋に包み直した。IDカードはポケットの中に入れる。
そういえば、三人にお茶も出さなかった、と遅すぎる後悔をする。しかし、片付けをしている途中でラッセルが帰ってきたら大変だ。客人の素性を詳しく問いただされるだろう。メイビーンはラッセルに嘘をつき通す自信がなかった。
早く手首を処理してしまわなくては。
メイビーンは裏口から外に出て、手首を地面に埋める。
ラッセルが何にも煩わされることがないように、ラッセルの周りのことは、すべてメイビーンがしていた。庭仕事も、料理も洗濯も掃除も。ラッセルに関係のない物事には、メイビーンは一切手を出さなかった。そのため、庭は寂しいほど何も植えられていないし、部屋は必要最低限のものしか置いていない。
ラッセルも、家事などに自ら手を出すことはしなかった。だが、メイビーンが来る前はラッセルは一人で暮らせていたのだから、メイビーンがいなければ生きていけないなどということはない。
ただ、現状、ラッセルが邸宅の裏に回って手首を掘り出すようなことは、ほとんど考えるに値しない状況だ。
「よし」
メイビーンは、手首が埋まっているなど想像もつかないほどきれいに土を被せた後、満足して立ち上がる。
手首を埋めるために使ったシャベルなどを倉庫にしまって部屋に戻ってきたときに、表から車の駆動音が聞こえてきた。
ラッセルが帰ってきたのだ。
旅人が来た形跡は、綺麗に消した。大丈夫。問題ない。
メイビーンは、普段通りに玄関に向かう。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
ラッセルは、左目を隠すようにしたボブを揺らして、あるかなきかの笑みを浮かべる。女性にしては長身。茶色のカジュアルなジャケットは、腕に掛けられている。
ラッセルは、落ち着いた目でメイビーンをちらりと見る。
「何もなかった?」
「はい。何も」
メイビーンは、微笑んで答える。
ラッセルは頷いた。
「そう、よかった」
「ラッセル様も、ご無事でしたか」
「こちらも何もなかった」
ラッセルは、自然に答える。
車に乗っていたときにいつもの現執者に追いかけられたことなど、おくびにも出さない。モンドに会ったことも。
「そういえば、この近くにある屋台が建ち並んだ観光地で爆発騒ぎがあったみたい」
メイビーンの顔色が変わる。
「巻き込まれたのですかっ⁈」
「いや」
ラッセルはかぶりを振る。
「屋台が燃えていた。私はそれを少し離れた場所から見ていただけだ。一人の少年が、助けに走って行ったが、私は何もせずに帰ってきた」
「それでいいのですよ」
メイビーンは、ラッセルの外見に視線を走らせる。怪我はない。煤もついていない。服が焦げた様子も、破れた箇所もない。ラッセルは無事だったと確認して、身を乗り出していたメイビーンは胸をなで下ろす。
「ラッセル様は、もう十分苦しみました。誰かを助ける必要なんて少しもありません。ラッセル様は、ご自分の人生を生きてください」
ラッセルは、メイビーンに薄い微笑みを向ける。
「紅茶を淹れようと思う。あなたは飲む?」
そこで、メイビーンは、自分が、キッチン奥にある裏口のドアを開けたままにしていたことに気づいた。
キッチンに行けば、ドアが開いていることは、一目で分かってしまう。何かと鋭いラッセルのことだ。ドアが開いていただけで、自分が留守の間に何が起きたのかを知ってしまうかもしれない。それだけは避けたい。
「お待ちください」
メイビーンは、ラッセルを引き留める。
「何」
「私が淹れます」
「それなら」
自分の書斎に消えていくラッセルの後ろ姿を、メイビーンは微笑みを浮かべて見守る。
ラッセルも、自分の留守中に旅人の三人が訪ねてきたことなど、少しも知らない。自分を追いかけていた現執者が、その旅人たちによって殺されたことも、その現執者の手首が裏庭に埋まっているなどということも、もちろん知らない。
メイビーンは、優しげに微笑む。
それでいい。万事上手くいっている。
さて。
ラッセル様の好きな紅茶を用意しよう。
書斎に入ったラッセルは、血の染み込んだジャケットをハンガーに掛ける。メイビーンの目を盗んで洗濯するか、捨ててしまおう。メイビーンに見つかることだけは、避けなければならない。
それにしても。
ラッセルは笑う。
ラッセルだけでなく、メイビーンも同じように隠し事をしているのだ。なぜかキッチンに行かせたくないようだった。それだけではない。玄関と門の間に、四筋の足跡がついていたのだ。行きと帰り、二往復分だ。可能性としては、二つ考えられる。
一つは、メイビーンが一人で出かけて帰ってきたというもの。だが、これはないだろう。靴跡は、メイビーンが履いているブーツのものではなかった。ということは、メイビーンは邸宅から一歩も出ていないのだ。
残る可能性は、誰かが一人訪ねてきて、帰っていったというものだ。しかも、二回。
訪ねてきた人は、この邸宅を見て、どう思っただろうか。
人気のない邸宅。出迎えたのは、一人の若い女性。
資金の調達先と邸宅の歴史に疑問を抱くに違いない。廊下の壁には、下の方にひっかき傷が数多く残っている。床にもたくさんの細かい傷がある。不穏さに気づかないはずがない。
そうだ。
その直感は、すべて正しい。
この邸宅は、元は私のものではないのだ。
元は、私の親族の邸宅だった。
この邸宅で、かつて私は自分の現式により、親族を消してしまったのだ。
一人残らず。
彼らは、逃げるために玄関に向かおうとして、廊下に倒れ、立ち上がろうとしても立ち上がれず、床や壁を引っ掻いて、そのまま消された。
後には骨も何も残らなかった。ただ、床と壁についた細かな傷だけが、その名残だ。
その罪は、私をいつまでも蝕み続ける。
最後の親族の悲鳴が、今でも耳の裏側から聞こえ続ける。
メイビーンは、親族が全員消え去るところをすべて見ていた。
絶望していた私を抱きしめて、あなたは悪くないと言った。
悪いのは、この人たちであって、あなたではないと言ってくれた。
それでも。
それでも、私が悪いのだ。
私の現式は何でも消してしまう。消してはいけないものも、大事にしているものも、何もかもだ。私は自分の現式をコントロールし、これ以上罪を背負わないようにしなければならない。
私は、すべてを破壊してしまうことができる。永遠に続くものなどない。私はすべてを消してしまえるからだ。
彼女が私を許したとしても、私は私を許さない。だから、現式をこれからも研究し続ける。私や現式が、世界に存在してもいいかどうかを見定めるために。
ドアがノックされた。
「ラッセル様、今大丈夫ですか」
「ああ」
珍しく物思いに沈んでいたラッセルは顔を上げる。
メイビーンが室内に入ってきた。
「紅茶が入りました」
「ありがとう」
メイビーンがラッセルのデスクに湯気の立つカップを置く。ふっと香りがした。
「ああ、これは……」
「はい」
ラッセルの呟きに、メイビーンが微笑んだ。
「アールグレイです」




