表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界ワンダラー  作者: 藤川白紙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

10.正常と異常

 カモミールの顔が驚愕に染まる。

 ダージリンが持っていた自動式拳銃が、煙を空にたなびかせた。

 刺客は、一拍遅れて、冷えた土の上に倒れた。そのこめかみには、穴が開いていた。一定の間隔で、血がこめかみから噴き出している。色のない世界の中を、深紅が染めていく。

「お怪我はありませんか」

 ダージリンは、青ざめた顔をしているカモミールに駆け寄る。銃声は、ダージリンが引いた引き金の分で一発だけだ。カモミールは無傷だった。

「俺は大丈夫だけど……」

 カモミールは、動かない刺客を凝視する。

「あいつは」

「亡くなりました」

 カモミールが、ダージリンに青白い顔を向ける。

「どうして……」

「カモミールに銃口を向けたからです。それに、いつかは殺される運命だったのです。僕たちは、メイビーン様から依頼を受けて、刺客を捕らえる任務を受けていました」

 刺客をメイビーンに引き渡した後、メイビーンがどうするかなど、分かりきっている。だからこそ、カモミールは止めようとしたのだ。この依頼は受けるべきではないと。

 時期が速まっただけ。ただ、すべてはすでに整えられた筋書きを、その通りになぞっただけ、なのだろうか。

「カモミールが気に病む必要はありません」

 カモミールは俯いて拳を握りしめる。

「確かに、そうだ……けど」

 言いかけたカモミールが、ダージリンの肩越しに地面を見る。

「そ、そうだ、アールグレイ!」

 カモミールは、我に返ったように、倒れたままのアールグレイに駆け寄る。

「アールグレイ、大丈夫か」

 カモミールは、アールグレイを助け起こす。アールグレイは、少し笑いながら、立ち上がろうとした。脇腹を押さえて、痛みに呻く。

 それを見たカモミールが焦りを見せる。

「撃たれたのか?」

「大したことはない。銃弾が掠っただけだ」

 カモミールは、震える手で、アールグレイの傷口に触れる。どう見ても、掠っただけではなかった。ダージリンが肩を撃たれた傷に比べれば、十分深い。

 アールグレイが顔をしかめた。

「触るな」

 カモミールは、手を引く。自分の指についた鮮やかな赤を、瞳孔の開いた目で呆然と見つめる。その顔が、ゆっくりとダージリンに向けられた。

「近くで見ていたのなら、なんで助けなかった?」

 カモミールの責めにも、ダージリンは表情を崩さなかった。

「作戦の通りに動きました」

「作戦……」

 カモミールの眉がひそめられる。

「刺客の位置が分かった場合、アールグレイが囮となり、接近してきた敵をナイフで仕留めると。その際、僕は手出しをしない。アールグレイの安全よりも、カモミールを保護すること。そう、伺っています」

「でも、アールグレイは撃たれているんだぞ。助けるのは当然だろ」

 ダージリンの表情は少しも変わらない。

「ご指示がなければ、そう動くところでした。しかし、アールグレイからは、手出しをするなと言われていました」

「指示がどうした。アールグレイはお前の上司でもなんでもない。俺なんかより、アールグレイを助けに行くべきだっただろ」

「アールグレイのご指示では、カモミールを優先するようにとのことでした。カモミールからは、何も伺っておりません。ご命令に従う、何もご指示がない場合、アールグレイとカモミールの保護をいたします」

「だからか」

 カモミールは、ダージリンを睨み付ける。

「だから、俺が狙われたときは、すぐに銃を抜いたのか」

「はい」

 ダージリンは、丁寧に礼をする。

 ダージリンにとって、二人を守ることは当然のことだった。ただし、二人の意志に背くことはしない。

 カモミールは絶句する。

「そんなの、おかしい」

「いや、これでいいんだ」

「どこが」

 アールグレイは笑う。

 動かなくなった、冷えていくばかりの刺客に視線を投げる。

「生死は、それほど重いものなのか。深刻になる必要がどこにある。……もう、いいじゃないか」

「よくないっ」

 カモミールは、声を荒らげる。アールグレイの脇腹からは、緩やかに血が流れている。ダージリンは、その様子を見て、丁寧に止血を始める。

 アールグレイは、ダージリンの手を軽く払う。

「いいよ、時間が経てば治る」

「いけません」

 ダージリンは手を止めない。

 カモミールは、アールグレイから離れて、唇を噛み、ダージリンを見据えた。

「それじゃ、ダージリンは機械か何かなのか? 何がいいんだ? 自分ではない他人のために生きてるのがか?」

「……」

「ダージリンはどうしたかったんだ? 目の前でアールグレイが撃ち殺されていてもよかったっていうのか?」

「……」

「自分の意志というものはないのか? 誰にでもあるはずだ。ダージリンにも、あるはずなんだ。それをどうして表に出さない? どうして言葉にしない? ダージリンにとっては、何が大事なんだよ?」

 ダージリンは、一瞬手を止め、静かにカモミールを見つめ返した。

「僕には決めかねます」

「お前は異常だ」

 カモミールはダージリンを指さした。その指を、アールグレイにも向ける。

「お前も」

「まるで、自分だけが正常だと言っているみたいだ」

 アールグレイの笑いに、カモミールが反発する。

「俺はまともだ」

「そんな基準はない。正常と異常の境界なんかない。狂気と理性の境界が簡単に乗り越えられるのと同じで」

「俺はどんな状況になっても、お前らみたいにならない。お前らみたいに自分を見失わない」

 カモミールが瞳の中に意志を込める。

「絶対に」

そのまま、背を向けて一人、先に車に戻っていく。

 青いな。

 アールグレイはかすかに笑う。

灰色の空を見上げた。

「少し痛むかもしれません」

 ダージリンがアールグレイの肩を支えて、立ち上がる。アールグレイは、痛みに顔をしかめた。先にカモミールが去っていった方へと、ダージリンはアールグレイを連れて歩き出す。

 結局は、同じ場所に帰っていく。

 アールグレイは、微笑んだ。

 命の消えた者が一人残された森は、相変わらず静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ