表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東国戦記女化伝  作者: 富野夷
PR
9/10

水海道 

 水海道(みつかいどう)

 傍らを絹川が流れる。

 多賀谷軍は本拠地下妻は出て、そこから数里の此の川原に陣を敷いた。義長の率いる連合軍を此処に迎え入れようという陣である。

 絹川を渡る必要のある軍もあって、連合軍はやや遅れて此処に到着した。

 その地勢を見て、義長は顔を曇らせた。未だ冬枯れの残る季節であった。一面の枯野原、その乾いた草々の葉が枯れ落ちはせずに風に靡く。それが彼方まで延々と続いているのである。

 連合軍となったので、今は多賀谷の兵力の方が劣る。多賀谷政常が捨て身の作戦を執る為の布陣ではなかろうか。つまり、多賀谷軍は闘っては逃げ、敵軍を深く迎え入れて枯草に火を掛ける。

 相手を全滅させたとしても、自軍も火に巻かれることは必定である。

 自軍に犠牲があっても、勝って生き残れればそれで良しとする策であろう。

 義長は幾ら戦国の世とはいえ、そのような策が罷り通ってはならないと思う。今度は、此の自らの命を懸ける場合である。熟考の後に決意する。

 氏堯と諸将に集まって貰った。

 秘策を語る。

 しかし、一同は顔を見合わせてしまった。

「それで、良いのか」

 ようやくに氏堯が口を開く。

「はい」

 いつもの義長の態度である。

 それでも不安な顔の一同に向けて、

「なあに」

 義長は言葉を続ける。

 それから氏堯の方に目をやった。

「たとえ私が居なくなったとしてもです。我が軍には、真の大将の氏堯殿がいらっしゃるではありませんか」

 義長は朗らかであった。

 自らの手で書を認め、多賀谷政常に使者を立てた。総大将一対一の剣術で、両軍の勝敗を決するのは如何でしょうか。御返答を頂くまでは、我が軍を動かすことは決して御座いません。どうぞ宜しくお考え下さい。

 内容は斯くいうものであった。

 程もなく江戸崎城主の土岐伊予守より話を聞いた、家臣で逸羽流の諸岡逸羽が駆け付けてきた。

「剣術での勝負という事であれば、是非とも此の私めにお申し付けください。多賀谷政常、あれでなかなかに使うかと存じます……」

 日頃にもなく、顔色を露わにして義長を気遣うのであった。

 義長は微笑む。

「有難う御座います。ただ、剣術の試合のようで、実はそうではないのですよ」

 その眼が静かな輝きを帯びていた。

「作戦なのですよ」 

 更に一言。

「事に臨んで心を動ずること莫かれ、ではありませんか」

 諸岡逸羽も心ある者、もう決して言葉を重ねる様なことはしなかった。

 多賀谷政常には、天流開祖の斎藤伝奇坊直伝の息子重常が居る。

「こやつにやらせるべきか」

 今となっては息子も腕を上げ若さもあり動ける。

 しかし調べ尽くしてみると義長に剣術の腕は特に無しとの事。ならば我が腕の腕の見せ所と意気込む。

 それが実は翌々日の事。

 多賀谷政常ようやくに応じると、義長に返答したのであった。

 唯、義長にとっては、それもこれも全ては想定の付くものではあったのである。

 いよいよ当日。

 両軍相対する枯野の中に、二人が進み出る。

 政常は動き易く鎧具足では無く胴丸のみ、義長はきちんと大鎧を身に纏う。

「自分から申し出ておいて、それほどに討たれるのが怖いか」

 と吠える。

 正眼に構えた。

 動かない義長。

「抜け」

 鎧の上帯に太刀を佩いたままで居る義長である。

「臆したか」

 そうと見た政常が刀を大上段にする。

 義長は、その刹那を待っていたのであった。

 鞘から刀を抜き放つ。  

 居合である。

 此の剣技は、近頃になってようやく用いられ始めたものである。腕の動きだけでなく、腰の動きを用い一瞬に鞘を払う。つまり構えて振り被って斬る、では追いつかない速さになるのである。

 世の常で、剣術としては亜流と見做す者もなくはない。

 更に大鎧の体ごと刀は相手の胴丸へ。斬る狙いではないのである。大鎧の重みの儘に圧し掛かっていく。

 流石の多賀谷政常も仰向け。

 義長は馬乗りとなった。

「卑怯」

 と政常は言った。

「ちゃんとした剣術で、もう一度、勝負だ」

 政常は叫ぶ。

 義長は相手にしなかった。

 馬乗りとなれば首を獲ったも同然。誰の目にも明らかだった。ただ義長が、そうしなかっただけである。

 連合する義長の軍が一斉に勝鬨を上げた。

 更に翌日には、様子見を決め込んでいたのだろう下総にも領地のある千葉国胤。慌てたように手勢を引き連れて、戦勝の祝いを述べて参陣出来なかったことを詫びた。

 義長は決して嫌な顔をすることなく、心よく言葉を受け取った。国胤が安堵の表情を浮かべるのが分かる。

 これで小田原の北条本家、上総から下総や常陸との国境、上野の北条氏堯は連結したのである。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ