水海道
水海道。
傍らを絹川が流れる。
多賀谷軍は本拠地下妻は出て、そこから数里の此の川原に陣を敷いた。義長の率いる連合軍を此処に迎え入れようという陣である。
絹川を渡る必要のある軍もあって、連合軍はやや遅れて此処に到着した。
その地勢を見て、義長は顔を曇らせた。未だ冬枯れの残る季節であった。一面の枯野原、その乾いた草々の葉が枯れ落ちはせずに風に靡く。それが彼方まで延々と続いているのである。
連合軍となったので、今は多賀谷の兵力の方が劣る。多賀谷政常が捨て身の作戦を執る為の布陣ではなかろうか。つまり、多賀谷軍は闘っては逃げ、敵軍を深く迎え入れて枯草に火を掛ける。
相手を全滅させたとしても、自軍も火に巻かれることは必定である。
自軍に犠牲があっても、勝って生き残れればそれで良しとする策であろう。
義長は幾ら戦国の世とはいえ、そのような策が罷り通ってはならないと思う。今度は、此の自らの命を懸ける場合である。熟考の後に決意する。
氏堯と諸将に集まって貰った。
秘策を語る。
しかし、一同は顔を見合わせてしまった。
「それで、良いのか」
ようやくに氏堯が口を開く。
「はい」
いつもの義長の態度である。
それでも不安な顔の一同に向けて、
「なあに」
義長は言葉を続ける。
それから氏堯の方に目をやった。
「たとえ私が居なくなったとしてもです。我が軍には、真の大将の氏堯殿がいらっしゃるではありませんか」
義長は朗らかであった。
自らの手で書を認め、多賀谷政常に使者を立てた。総大将一対一の剣術で、両軍の勝敗を決するのは如何でしょうか。御返答を頂くまでは、我が軍を動かすことは決して御座いません。どうぞ宜しくお考え下さい。
内容は斯くいうものであった。
程もなく江戸崎城主の土岐伊予守より話を聞いた、家臣で逸羽流の諸岡逸羽が駆け付けてきた。
「剣術での勝負という事であれば、是非とも此の私めにお申し付けください。多賀谷政常、あれでなかなかに使うかと存じます……」
日頃にもなく、顔色を露わにして義長を気遣うのであった。
義長は微笑む。
「有難う御座います。ただ、剣術の試合のようで、実はそうではないのですよ」
その眼が静かな輝きを帯びていた。
「作戦なのですよ」
更に一言。
「事に臨んで心を動ずること莫かれ、ではありませんか」
諸岡逸羽も心ある者、もう決して言葉を重ねる様なことはしなかった。
多賀谷政常には、天流開祖の斎藤伝奇坊直伝の息子重常が居る。
「こやつにやらせるべきか」
今となっては息子も腕を上げ若さもあり動ける。
しかし調べ尽くしてみると義長に剣術の腕は特に無しとの事。ならば我が腕の腕の見せ所と意気込む。
それが実は翌々日の事。
多賀谷政常ようやくに応じると、義長に返答したのであった。
唯、義長にとっては、それもこれも全ては想定の付くものではあったのである。
いよいよ当日。
両軍相対する枯野の中に、二人が進み出る。
政常は動き易く鎧具足では無く胴丸のみ、義長はきちんと大鎧を身に纏う。
「自分から申し出ておいて、それほどに討たれるのが怖いか」
と吠える。
正眼に構えた。
動かない義長。
「抜け」
鎧の上帯に太刀を佩いたままで居る義長である。
「臆したか」
そうと見た政常が刀を大上段にする。
義長は、その刹那を待っていたのであった。
鞘から刀を抜き放つ。
居合である。
此の剣技は、近頃になってようやく用いられ始めたものである。腕の動きだけでなく、腰の動きを用い一瞬に鞘を払う。つまり構えて振り被って斬る、では追いつかない速さになるのである。
世の常で、剣術としては亜流と見做す者もなくはない。
更に大鎧の体ごと刀は相手の胴丸へ。斬る狙いではないのである。大鎧の重みの儘に圧し掛かっていく。
流石の多賀谷政常も仰向け。
義長は馬乗りとなった。
「卑怯」
と政常は言った。
「ちゃんとした剣術で、もう一度、勝負だ」
政常は叫ぶ。
義長は相手にしなかった。
馬乗りとなれば首を獲ったも同然。誰の目にも明らかだった。ただ義長が、そうしなかっただけである。
連合する義長の軍が一斉に勝鬨を上げた。
更に翌日には、様子見を決め込んでいたのだろう下総にも領地のある千葉国胤。慌てたように手勢を引き連れて、戦勝の祝いを述べて参陣出来なかったことを詫びた。
義長は決して嫌な顔をすることなく、心よく言葉を受け取った。国胤が安堵の表情を浮かべるのが分かる。
これで小田原の北条本家、上総から下総や常陸との国境、上野の北条氏堯は連結したのである。




