北条氏堯
多賀谷の侵攻を阻んだことで盛名を増した。
しかし変わることはなく、義長は書物を講じる。
近頃では、読解を請われることも多くなった。
江戸崎の土岐治綱配下の猛将である諸岡逸羽。
此の人物は鹿島の塚原卜伝に剣を学び、今や逸羽流として名高い。今日は、太公望呂尚著す六韜の虎韜、その読解を義長に願って来ている。
「大は方処を絶ち、細は微塵に入る」
と、有る。
義長は躊躇いなく解いて聞かす。
「これはつまり、大きく動くことと細かく動くことと相反する作用があってこそ、相手に対して隅々まで作用することが出来るというようなものでしょうか。視野を広く持ちながら、技術は細かく追求するという様に解釈してしまっても、寧ろ面白いかもしれません」
虎韜は、
「活殺機にあり変化時に応ず」
と、続く。
「こちらは、死ぬか生きるかの間合いは、時の世の変化に如何に調和するかにある」
更に、
「事に臨んで心を動ずること莫かれ」
と。
「そして決断した後には、もう決して不安な心などは抱いてはならない」
義長は解いた。
「まあ、この様に読み解いて良いのではなかろうかと思います。少しく私の考えも混じって御座いますが」
諸岡逸羽は真剣な表情で、頷きつつ聞いている。
「それは尚のことで、御座います」
義長としては、この文意は智識として特に斬新なものではないのである。
「まことに有難う御座います」
諸岡逸羽の言葉が清々しい。
厳しい命の遣り取りをする猛将たちは、この様な言葉に鼓舞され、且つ心の平静を保つのだと知ることが貴重であった。
ところで、逸羽には、三人の弟子がある。岩間子熊、土子泥之介、根岸兎角。いずれも名高い剣士である。その中に根岸兎角は、師の逸羽からは離れ、小田原にて剣法天下一の微塵流の創始を称した。兎角の離反は、他の怒りとなって、江戸城常盤橋に岩間子熊との決闘。それは徳川家康も見分したとされている。
さて、微塵流というやや奇妙な命名は、逸羽の六韜の義長読解からと考えられる。
海老原治郎も三国志を見る。
そう、読むのではない見るのである。つまり、三国志の挿絵を見ているのだった。
そしてたまには、関羽と張飛では、どちらが力が強いでありましょうか等と質問する。
「そうですね。張飛の勇猛さは関羽に次ぐとありますから、やはり関羽が強いと思われます」
義長は思うところを思う様に、丁寧に説明するだけであった。
それより数日後、再び安高城の広間に見慣れぬ顔があった。
義長が気が付いて、つと視線を走らせると、向こうも気が付いて微かに微笑みさえするのであった。
周りの者達も何かしら感じるらしく、その人物とは袖振り合うようなことのない配慮をするのであった。
しかし義長は一度目を向けてからの後は、もう二度とは注視することはなく只当たり前に講読を行ったのである。
終われば、いつものように散会する。その人物も、また普通に帰って行ったのであった。
翌日、栗林左京之亮から慌ただしく使者が来た。
「北条氏堯殿が本当に参られたのか」
という意味の事を使者は告げた。
それで義長は嗚呼、あの方は小机城の北条の殿であったのだと知った。
ならば声を掛けてくれれば良かろうに、とは思わない。衆に混じって講読を聞き、そして納得して帰ってくれたのは寧ろ爽快であった。
栗林からの使者は、牛久城に参るようにとも義長に告げたのであった。なにぶん此の東国では、北条氏の存在は大きい。
義長は馬に乗る。無論、付き従う者があるが特に隊列は整えない。普通に村々を通過する。その方が寧ろ警護に良く、村をいつも通りにする。
人々の普段の暮らしぶりを見て行くのも義長に重要。鼓腹撃壌という 食べ物に満腹で腹を、ぽんぽん叩くという古代中国の理想政治ではないが、人々の暮らしに落ち着きがあることが何よりの防禦となる。
牛久城近くの寺まで来て、其処を借りて衣服を改め、此処に至っては従う者達と隊列を組む。ユキは足を洗って義長の馬の背に、ちょんと乗るのであった。
牛久城には城主の岡見宗治が主座、栗林左京之亮も列して、その娘の幸姫もわざわざ控えているのだった。
岡見宗治が早速に口を開く。
「北条殿が直々に、こちらへと目を向けてくれれば実に幸いな事である」
城主の岡見宗治は喜びの表情を浮かべている。栗林左京之亮も同じくである。
「さて」
と宗治は言葉を続ける。
「栗林という姓をどう思うな」
尋ねるのであった。
「栗という樹木の実は、米よりも以前の時代は、此の地に主食として恵みを齎したものであります。その林とは、何よりの姓に御座います」
その返答に栗林左京之亮は、きょとんとしている。意味が余り良くは分からなかったようである。
姫は眩しげな表情をして義長を見下ろしていた。
姫が狐を見たいと言っているという話も伝えられたので、この場にユキを連れてきた。ユキは義長の背に隠れるようにしている。
それなのに、姫は余り興味もなさそうで、自分のほうを見ているだけではないか。
嗚呼これは口実で、自分を姫の婿にという考えであったのだろうと気が付いた。普通の男なら大喜びだろうが、義長はそうでもない。
「私などのような狐の血を引く者からすれば、栗林とは余りにも貴い姓に思えてなりません」
敢えて言った。
「うむ。それは如何なることか」
岡見宗治が不審の表情を見せた。
迷うことなく義長は忠助と野狐八重の物語りを話すのであった。ユキが、じっと耳を傾ける。
しかし宗治はさほどに興味をもたなかった。
「北条の殿の前では、栗林義長と名乗らせるが良かろう」
と左京之亮に囁くのであった。
北条氏堯は武蔵の小机の城主。
此方は上杉謙信の勢力に対している城。北条氏綱の四男にして、氏康の弟。器量は兄を凌ぐとも言われている。
数日前の事である。
その氏堯、夜空をじっと見上げている。戦国の来し方行く末に思いを馳せるというのもありながら、ただ空を見上げるだけ。その空白のような心地が楽しいのではあった。
ところが、何かが、その果てもない漆黒の空の闇の中を動いていた。
更に見詰める。
「流れ星か」
それは闇に光の尾を引いた。その長い光の尾は、さかんに弧を描きさえする。
更には、何かが吠える様な音が轟く。その後に光は、すっと地上に降りるようにして消えた。
「常陸、下総の辺りか……」
光の尾は、まるで氏堯が空を見詰める習慣があることを知るように、其れから数日、光の尾を夜空に描き続けた。
氏堯は星の落ち行く先に不思議を感じた。早速に情勢を探らせたのである。
果たして多賀谷が佐竹を後ろ盾として、下総と常陸の国境辺りへと頻りに動き始めていた。
「このままにしておけば、下総常陸辺り、又も闘戦、果ては我が北条の脅威とも成りかねぬ」
氏堯は、自らの手で触れを認める。
側近がその書状を手にして、諸将へと走ったのである。
そうして、呼応した相馬小次郎の守谷城へと赴いた。既に諸将が入場している。北条の呼びかけに無論、応えたのである。
弓田の染谷民部。
菅生の横瀬尾張守。
牛久の岡見宗治。
江戸崎の土岐伊予守。
龍ヶ崎の土岐大膳。
布川の豊島紀伊守。
そして栗林義長も席を同じくしていた。
その面々の数に、氏堯は安堵したのである。
これだけの人数があるならば、多賀谷軍に対しては十分である。
正直なところ上杉への備えもあり、且つ遠方でもあることから小田原からの北条軍の動員は難しい。
この人数があるのならば、佐竹からの大軍が到着する前に仕掛けてしまうに限る。
氏堯は間を置くことなく、多賀谷本拠地へと諸将が一気に押し出すことを提案した。
諸将も一斉に頷いた。
「さて、総大将であるが、やはり遠方の地の我などよりも、此の地を良く知る者こそが相応しいものと思われる」
末席に居る男の方に、北条氏堯は目をやったのである。
「栗林柳水軒義長殿に御願いするが良かろう」
「若輩にありますれば……」
義長は頭を低くしたのだが、その盛名は既に轟く。諸将いずれも異を唱える者はなかった。
実を言えば、人々の見るところ、既に岡見家の、一軍師の存在ではないのである。




