3 急募:話の通じる人
一瞬わざとわからないふりをしているのかと邪推したが違う。本気だ。
アルト様は本気で、ノワール様に毒殺されたことに気付いていない――!!
私は震えた。恐怖より驚愕が先立って震えた。勇者殺人の犯人が勇者の相棒だった驚愕ではない。そこまでわかっているのに何故気付かない、の驚愕だ。
(いや、現場のことさっぱりだから、他にも何かあったかもしれないけど……)
私はノワール様を凝視し続けた。
私の熱視線に気付いたノワール様が顔を上げて、ばちっと目が合った。
(犯人でいらっしゃる?)
声に出せず目で訴えた結果。
彼は世の苦悩を一箇所にまとめたような顔になり……深く頷いた。
(ひんぎょえ――――――!?)
心の中で大絶叫した私、悪くない。
(え、嘘ですよね。アルト様の相棒であるあなた様が何故そんなってのもですが、アルト様がご自身で状況証拠を証言しておきながら気付いていないどころかまったく疑っていないだなんて!)
(嘘じゃないです……普通なら察することが察せないのがアルトなので)
(善良すぎでは!? 疑うことを知らずよく23年生き抜きましたね!?)
(幼馴染みの俺が被害前に阻止してきた弊害、ですかね。いいえ、その場で注意しても相手の事情ばかり気にして悪意を見ないアルトがおかしいだけでしょうか……?)
(せ、性善説を信じておられる……マジでイカレテやがる、そこに慄く不安になる……!)
(アルトがイカレテると認識済みの熱狂的ファンでもその反応なのですね……って、なんで俺達は目で通じ合っているのです……?)
(確かに!?)
思わず目で会話していた。びっくりだ。
殺人未遂の犯人相手に何してるんだ私。そして何故できたんだ私。ノワール様も我に返って目尻揉んでいらっしゃる。不思議そうに首を傾げるアルト様だけが何も知らない。というか気付いていない。
え、どうしたらいいのこれ。
この場に被害者、加害者、救助者が揃っちゃっているんですが。
帰っちゃダメかな!?
さすがにノワール様も私にバレた状態で再びアルト様を毒殺しようとしないはず……あっ口封じ! 私ここで口封じされる!?
サッと青くなった私が逃げ出すより速く、アルト様がガシッと私の手を握った。
ちょっとお待ちくださいいつの間に隣においでで? さっきまで対面にいらっしゃったのに!
「それはそうと、ポム! 俺の運命の乙女! 君が望むなら俺は今まで通り勇者として魔王討伐に励む!」
「それは大歓迎ですが他に気にすることありますよ気付いて!?」
「え、結婚式とか拠点のことかな。俺達は全国を回っているから拠点が複数あるんだ。ポムが過ごしやすいところを選んでくれたらそこを本拠地にするよ」
「結婚することが大前提になっておられる!?」
「え、しないのか? 俺は内縁の妻とか、不確かだから不安なんだけど……」
「そこは不安になるんですね!? そこではなく! 私の場合、ファン心理と恋愛心理は別でして!」
私はガチ恋勢ではない。
そう、ガチ恋勢じゃないからこそここまで抵抗しているのだ。
推しには元気に生きていて欲しいが私を認知して欲しくない。私が推しに与える影響なんて微々たるもの。その微々が悪い方だったら切腹しても死にきれない。そして今まさに死にきれない事態で魂が体を飛び出していきそう。
「え、そうなのか……? 死んだ俺を真実のキスで蘇らせたのに?」
「何度でも言いますがキスしてないんですよぉ!!」
聞いてくれ。マジで。話を聞いてくれ。
「そんな……どうしようノワール。ポムが俺を好きだって言ってくれたのに結婚はしてくれないみたいなんだ」
これ微妙に通じていない気がするのは私だけですかね!?
そして迷わずノワール様に救援を出すアルト様にぎょっとする。
頭を抱えて俯くノワール様の状態が見えていないのか。
「俺は結婚するなら死の淵から助けてくれたポムがいい。どうしたら結婚してくれると思う?」
「それ私の前で相談しちゃう?」
私の太陽やっぱりズレてるな。
そして確かに私の何かがアルト様を蘇らせたのだとしても、それを結婚の決め手にするのは良くない。
選ぶにしても献身的な看病を無償でしてくれたとか、先頭で肩を並べ続けたとか、そういう実績を積んで為人を見て欲しい。何度も言うが、私がしたの、頭突きだぞ。
「ノワールはいつも、俺が思い付かない解決策で支えてくれたから、今回もいい案があるかもしれない」
「だからそれを、私の前で聞く?」
「だってここでポムを帰したら二度と会えない気がする……」
解放されたら猫から逃げるネズミのように村へ逃げようと思っていたので間違っていない。村娘なんてどこにでもいるので、逃げ切れば私がどこの村にいるかなんてわからないだろうし。
「ノワールはすごい。俺が気付かないことをいつも気付いてくれるんだ。たとえば戦闘後返り血だらけの俺が村人に怖がられないよう、洗浄魔法をかけてくれて」
「ノワール様も戦闘後でお疲れなのに……!?」
いつ見ても綺麗なのはアルト様の功績ではなく相棒の功績だったようだ。
「仲間達が喧嘩してもすぐ仲裁してくれるから、ギスギスした空気が続いたこともないし」
「仲間達の精神状況を把握して……!?」
リーダーが把握していない仲間内の不和を敏感に察知して仲裁しておられる。
「ランキング上位で居続ける為にはイメージダウンはしちゃいけないって、毎日俺達の栄養を考えた献立で料理してくれるし」
「まさかの手料理……!」
お母さんかな?
「皆を助けたい俺がスムーズに魔王をたくさん倒せるように、どのルートで攻略すべきか教えてくれる。ノワールは本当にすごい奴なんだ」
「ノワール様の苦労が半端ない!! もっと労って差し上げて!?」
もはやプロデューサーかマネージャー。いや、本人も戦うのでもうお前が勇者でいい。
本心としてはお母さんじゃん! と叫びたかったがなんとか耐えた。相手は殺人(未遂?)犯だが思わず叫んだ。
そんな私の肩に、褐色の手が乗る。
「わかってくれますか……!」
あっれ。
対面で頭を抱えていたはずのノワール様が、いつの間にか私の隣に座っていた。
え、私なんでナンバーワン勇者とその相棒に挟まれているの? 意味がわからない。被害者と加害者に挟まれているの意味がわからない。わかってくれますかと聞かれたが、わからない。何が起きた?
「この男、実力はあるし見栄えも良いのにまったく頓着せず目先の事ばかりでまったく計画性がない……! 志は立派ですがそれだけでやっていけるならここまで勇者は増えていないんですよ! 俺がプロデュースしなければこいつもランキングに乗ることなくひっそり死んでいた事でしょう!」
「プロデューサーの自覚がおありだった」
「ええありますよ! 仕方がないから俺がこいつをナンバーワンにしてやると思ってしまいましたよ! 俺も若かったので!」
というが二人とも23歳で今も若い。この年で若気の至りを理解するのは早すぎる。
「わかってはいましたが、それがこんなに、こんなに、傲慢に育つなんて……!」
(あ、殺人の動機)
察してしまった。
(わかりますか)
(わかっちゃいましたね)
育児疲れだ。
なんでもノワール様を頼るようになってしまったアルト様に、彼は育児疲れを覚えてしまったのだ。
実の母親だって育児に疲れて我が子に殺意を抱く。私知っている。近所の奥様が夜泣きを繰り返す赤子に怒鳴り散らしていたこと。泣き崩れる母親と赤子を引き離すお手伝いをしたので知っている。もっといえば近所のクソガキがクソすぎてぶち切れた母親に麺棒で滅多打ちにされた事件も知っている。お前をパイ生地にしてやるって叫んだ母親の声は殺意に満ちていた。
他人の、しかも同世代の男の育児疲れ。殺意が溢れる事もあるだろう。
アルト様は推しだが、私は推しなら全肯定できるタイプのファンではないので、こりゃ推しに問題があるなと察してしまった。だからって毒を盛っていいわけがないので、ノワール様の味方はできない。
できないのだが。
(大変でしたね……)
思わず目で労ってしまった。
いや、マジで、被害者であるはずのアルト様が語る日常が、いかにノワール様が多忙だったのか訴えてきたので。気分としては子供のように頭を撫でて寝かし付けたいくらいだった。
私は忘れていた。
何故だか知らないがノワール様の察し能力……というかアイコンタクトで容易に会話できるほど私達が通じ合っていたことを。
その結果。
「結婚してください」
「ノワール!?」
ノワール様にぎゅっと抱きしめられた。
すごい。ときめかない。心臓がドキッとするより胃がヒュッとする。
「いきなりどうしたんだ!? ポムは俺の運命の乙女だぞ!」
「違います」
本当に違う。
「煩い全方位勘違い男。彼女は俺の苦労をわかってくれる逸材です。傲慢勇者の運命なんて憐れ過ぎる。俺が幸せにします」
全方位勘違い男って凄まじいパワーワードだな。
「確かに労ったけれども飛躍しすぎでは」
「このままずっとよしよしされたいです」
「した覚えがないですね?」
「目でされました」
「目でされました!?」
確かにそんな気分になっていたけれど、アイコンタクトでそこまで伝わったというのか。
ぎょっとしていると、どすっと力強い衝撃が走った。
「ずるい! ノワールばかりずるい! 俺も魔王全員殺してくるからよしよししてくれ!」
「善性の塊がなんか物騒なこと言っているー!?」
悪意がまったくなさそうなところが衝撃。本当に純粋に、それを良いことだと思って言っている。悪くはないけれど言い方が悪い。
私に突撃したアルト様は、私の手を取りとても真摯な顔で告げた。
「ポム! 俺の運命の乙女! 君は否定するけど、俺の信念を理解してくれた君こそが運命の乙女だ。真実の愛で俺を救ってくれた君に報いたいんだ。わかってくれないか?」
信念って見知らぬ誰かの為、世界中の人達の為にとか平然と言えちゃうちょっとイカレタ善性のことですか。自分でも異常だとわかっているということですか。ちょっとそこは解釈に悩みます。
キラキラしたアルト様のご尊顔に目を灼かれそうになり、苦し紛れに目を細める。そんな私の顔を、横から伸びた手がぐいっと無理矢理調整した。
「ポム。私のよき理解者。今まで俺の苦労を聞いても「勇者の為ならそれくらい当然」としか言われませんでしたが、こいつのファンでありながら俺の苦労を理解し労るあなたこそ俺に必要な伴侶です。こんな出会いは二度とない。どうか俺の手を取ってくれませんか」
マジか周囲はこの搾取構図に肯定的だったのか。そりゃないよ。
それだけアルト様の影響力が強すぎたのかもしれないが、プロデュースするなら一人に任せず皆でやってあげて。他七人の仲間達、もっとよく考えてあげて。
というかその前に。
「まずは罪を償ってもろて!」
なあなあでなかったことになりかけているがアルト様殺害……未遂? は重罪だ。アルト様も悪いところがあるが毒殺はダメだ。しっかり罪を償ってから求婚してください。ちなみに応じるとは言っていない。
くわっと叫んだ私に、ノワール様は真顔で頷いた。
「そうですね。アルト、お前に毒を盛ったのは俺です。ムカムカしてやりました。反省していますが後悔はしていません。もう二度としませんので許してください」
「そうだったのか!? 全然気付かなかった……俺がお前をそこまで追い詰めたという事か? 謝ってくれたからもう良いぞ!」
「ありがとうございます」
「よく聞いて。一言も謝ってないです」
え? これで終わり?
私世界が終わったレベルの衝撃を受けたのだけれど? それがこれで終わり? 大規模な告別式したのに軽すぎる。
というかもっと掘り下げなくていいの? これ絶対わかってないよ? 自分がどうして毒殺されたのかわかってないよ?
何より謝ってない。謝ってないよノワール様。許してくださいって言っているけどごめんなさいしてないよ。よく話を聞いて。
「これで憂いはありませんね」
ないどころかモヤモヤしか残っていませんが?
キラキラした二人に挟まれた私は思わすスンッと表情をなくす。
豪奢な窓辺。豪奢なカーテン。豪奢な椅子にすっぽり腰掛けた私は、左手をアルト様に、右手をノワール様に握られて、キラキラした二人に挟まれていた。
「ポム、結婚してください」
二人の男が同じ言葉を、一人の女に向けて囁く。
それはとても倒錯的で、思わず目が眩んでしまう程に耽美な空間……。
「ではなぁあああああああいっっ!!」
私は二人の手を振り払い、びょんっとソファに飛び乗って、背もたれを超えて窓枠に張り付いた。そしてそのまま両開きの窓を突き破る勢いで開き、教会の外へと躍り出る。
教会の外はすっかりどんちゃん騒ぎが始まっていた。広がっていた悲壮感などどこにもない。誰もが泣きながら祝っていた。勇者の復活を、運命の乙女の誕生を祝っていた。
お祝いムードの中を走り抜けながら、私は人目も気にせず叫んだ。
「推しに認知されるのも求婚されるのも相棒に気に入られるのもサンドイッチ展開も解釈違い!! 勇者はそんなことしない! そんな★推しとその相棒が私を取り合う夢展開★なんて妄想でしかあり得ないからぁああああ!! こんな現実認めないからぁあああ!! ファンに手を出す推しとか絶対認めないからなぁアアアアア!!!!!!」
私の全身全霊、魂の叫びは。
とっても残念なことに突如湧き上がった周囲の歓声にかき消され、同じく窓から現れた追っ手二人に秒で捕まり誰にも届かなかった。
「誰か、誰か偉い人呼んでー!!」
残念ながらこの場で一番偉いのが彼らだった。
無念っ!!!!!!
Q どうしてアルトは目覚めたの?
A ポムが頭突きして棺ぶちまけた時、ぐしゃっと潰した林檎の欠片があってですね……。
Q どうしてノワールとアイコンタクトで会話できるの?
A なにそれ知らん。怖。
>>宣伝<<
2026/09/24
コミカライズ「事故チューだったのに!」2巻発売しております!
興味のある方、是非お手にとって!お楽しみください!!




