第六話 空母vs空母
西暦2507年10月7日
アルヴィオン星系 第三惑星ミレシア軌道上
王国宇宙軍 航空母艦〈アストライア〉
眼下に広がる氷塊の惑星。
アルヴィオン星系第三惑星は、首都惑星アルヴィオンより外側を公転する大気のほとんどない岩石惑星である。
ここにはレアメタルを採掘する民間の拠点と小規模な観測基地しか建っていない。しかしそれ故、王国宇宙軍の艦隊を配置するには諜報面の観点から適切とされた。
王国全体に非常事態宣言が発令されてから約十二時間。王国宇宙軍の艦隊はすでに行動を開始し、連合艦隊を編成。
ミレシアの軌道上には、帝国艦とは違う印象を与える白い流線型の優美な船が多数展開している。
主力となる駆逐艦、巡洋艦、そしてフリゲート艦。この中には見えないが、王国の誇る高性能潜航艦はすでに亜空間に潜伏していた。
その中で一際目立つ巨大な船が、王国宇宙軍唯一の航空母艦〈アストライア〉である。
帝国の〈山城〉程ではないが、この手の小規模国家が保有する空母としては申し分ない性能を有している。
それと同時に、この船は帝国軍が探し求める最優先軍事目標でもあった。
「星系外縁部、セクターαのセンサー群に異常を検知!」
航空母艦〈アストライア〉の戦闘指揮所にて、広域データリンクを監視していた観測員が刻一刻と変化していく状況を報告する。
「以後トラック1と呼称。通常艦艇のワープアウト反応と90%酷似」
「巡洋艦を含む有力な打撃群かと思われます」
「セクターβでも同様の反応を探知! 敵艦隊戦力、なおも増大中!」
オペレーターの報告が相次いだ。
幸いにも、あらかじめ配置されていた大規模センサー群により、帝国艦隊の動向はこちらが有利な状態で察知することができている。
あとはこちらが被害を受ける前に、適切な打撃を与えるだけだ。
「ついに来たか。この時が……!」
王国連合艦隊の司令官に任命されたルゲイ中将は、司令官の座席に腰掛けたまま、各員に適切な指示を出す。
「見えている敵戦力から打撃を与える。航空参謀、航空機を発進させ、各戦域に投射しろ」
「アイサー」
その号令の途端、航空母艦〈アストライア〉が動き始めた。
六基の電磁カタパルトがエネルギーをチャージし、格納庫からラックにセットされた無人艦載機を次々と射出する。
射出された艦載機群は〈アストライア〉の上方で楔形の編隊を組み、その時を待った。
「レッド中隊、行き先の座標を指定」
「投射装置異常なし。座標指定クリア」
「全艦オールグリーン!」
各部が準備を終えるその時を待ち、ルゲイは命令を下した。
「投射せよ」
「投射!」
航空参謀がスティックのトリガーを押すと、その途端、艦上方で編隊を組んで待機していた無人艦載機群が光に包まれて消えた。
まるで何かに吸い込まれるようにして、無人艦載機は亜空間へ突入。指定された座標まで一気にワープした。
同時刻
アルヴィオン星系外縁部
帝国第7艦隊 第3打撃群
巡洋艦〈愛宕〉を旗艦とする帝国艦隊第3打撃群は、星系外縁部のセンサー群を片っ端から潰して回っていた。
巡洋艦1、駆逐艦3、フリゲート艦3隻を有する有力な打撃群は、六十光秒の距離まで探知できる高性能レーダーと、〈山城〉から投射された偵察型無人機を用いて戦域のセンサー群を識別。
そこに各艦から光子魚雷を投射し、すでに数十ものセンサー群を機能不全に追い込んでいた。
「トラックナンバー1-1から1-9、センサー群の破壊を確認!」
巡洋艦〈愛宕〉の戦闘指揮所にて、レーダー観測員が状況を伝えた。
艦長が傍に立つ群司令に報告する。
「司令。これで19個目です」
「さらに探せ。休んでいる暇はないぞ」
「はっ!」
外縁部でのセンサー破壊活動は、一定の成功を収めていた。
〈山城〉の艦載機群の上空援護もあり、今のところ敵の拠点から反撃されることもなく、順調に敵の目を潰していっている。
このまま帝国軍の思惑通りに作戦が運ぶと思われた。
しかし──
「亜空間探知機に異常を探知!」
その時、センサー類を確認していた観測員が切迫した声を上げた。
「方位262、艦上方33度、距離18万4000に小型機のワープアウト反応! 複数!」
「なにっ」
群司令は思わず部屋の上を見た。
天井に遮られたその空間から18万4000キロの距離。現代戦ではあまりにも近すぎる目と鼻の先に、敵艦載機がワープしてきた。
艦載機は攻撃機を含む三十三機の編隊であった。
打撃群の上方に出現した編隊は、搭載された機載センサーで敵艦隊を見つけると、自動的にロックオン。
その途端、パイロンに搭載された数発の対艦光子魚雷をその方向へ解き放つ。この間わずか五秒。
光子魚雷はその名の通り、光子を後方から吐き出して推進する誘導兵器である。
十分な加速があれば、その最大速度は光の速さにまで迫る。自律誘導兵器なので加速度やウラシマ効果を気にする必要もない。ただまっすぐ加速し、敵艦を破壊することだけ考えればいい。
帝国側も黙ってやられる訳ではない。
空間異常を探知したその瞬間、各艦に搭載されたレーザーCIWSが上方へ稼働し、人間の判断を待つまでもなく、出現した敵機へレーザー攻撃を開始する。
だが、レーザーが艦載機を捉える前に光子魚雷は発射されていた。
CIWSは魚雷へ目標を切り替え、個艦防御を開始。1000kw級のレーザー光線が、魚雷の外郭を一瞬で切断。弾頭が誘爆し、次々と無力化される。
打撃群全体で投射された魚雷のうち八割は撃墜出来たが、残りの魚雷はそのまま進んで命中した。
最初に命中したのは、駆逐艦〈太刀風〉であった。〈太刀風〉は全周囲バリアを展開し、自艦の防御力を底上げしていた。
一発目の魚雷はバリアに吸収され、その卓越した防御力によって防がれた。しかし、二発目が連続で被弾すると、バリアの出力は次第に弱まっていく。
元々現代艦船のバリアは連続稼働時間には厳しい制限がある。そこへ被弾による負荷が重なり、発生装置にかかる負担は苛烈な状態であった。
そして三発目でバリアが展開不可能となり、自動的に解除された。艦長が予備回路に切り替える前に、四発目が〈太刀風〉に到達した。
光の速さのおよそ30%まで加速した光子魚雷は、人間の目では追いつけない速度で〈太刀風〉に突き刺さる。
いや、突き刺さる直前に弾頭が炸裂し、爆圧だけが光の30%の速度で〈太刀風〉を貫通した。
船体中央に大きな穴が穿たれた〈太刀風〉は、内部の弾薬や電気回路に引火し、そのまま大爆発。艦内の乗組員が反応する間もない轟沈だった。
「〈太刀風〉被弾! 爆沈!」
張り詰めた報告が、戦闘指揮所に響き渡る。
幸いにも旗艦〈愛宕〉は攻撃をバリアで防ぎ切り、目立った損害はなかった。だが太刀風は船体が真っ二つに折れ曲がり、無惨なまでに轟沈していた。
群司令は初の損失を出したことに、冷や汗を隠せない。
「……〈山城〉に救助機を要請しろ。我々は一時戦域を離脱する」
司令官が取った行動は、現代戦では完璧なまでに教本に則った冷静な判断だった。
その間、敵艦載機は帰還ルートに入り、自機のワープ装置で母艦へと帰投していった。
同時刻
大辰帝国第7艦隊旗艦 航空母艦〈山城〉 戦闘指揮所
空母〈山城〉の中枢に位置する艦隊戦闘指揮所では、各戦域から様々な報告が入り混じっていた。
戦闘開始前にはほとんど赤一色だった敵軍情報も、今では偵察型無人機や各打撃群から送られてくるデータによって、徐々にその輪郭を現し始めている。
「第3打撃群より緊急報!」
その中で、各打撃群の通信を確認していた士官が青ざめて立ち上がる。
「駆逐艦〈太刀風〉、敵艦載機の攻撃を受け爆沈! 第3打撃群は現在、戦域より一時離脱中!」
重大な報告が響いた。
周囲の幕僚達の間に、僅かな緊張が走る。作戦開始以来、初めての喪失艦だった。
「乗員の生存反応は?」
陸中将が詳しくその状況を聞く。
「艦体前部より複数の救難ビーコンを確認。ただし後部は完全に反応消失の模様」
「航空参謀、救難機を出せ」
「はっ」
「第3打撃群には離脱を許可する。損傷艦の確認を優先。センサー攻撃任務は第5打撃群へ引き継がせろ」
「了解しました」
陸は声を荒げることもなく、次々と命令を下していった。
味方艦が一隻沈んだのは確かだったが、そこに感情を挟む時間はない。
司令官が一隻の喪失に気を取られれば、次には十隻が沈む。陸中将はそれを知っていた。
「敵艦載機の投射地点は?」
「現在解析中!」
航空幕僚が答える。
「ワープアウト時の位相情報は逆算可能。投射源そのものの特定は困難ですが、航法補正値より一定範囲まで絞り込めます」
「急げ」
「はっ!」
鄭中将は、その横で腕を組みながら戦域表示を眺めていた。
現代の空母同士の戦いというものは、潜航艦乗りである彼から見ると、何度見ても奇妙な戦場であった。
まず互いの空母は、互いを自艦のセンサー類で直接確認することすらできない距離で戦うのが基本だ。
それどころか、場合によっては互いが数億キロ以上離れている可能性すらある。
それでも艦載機だけが亜空間を介して突然戦場へ現れ、魚雷を撃ち、敵を破壊していく。昔の航空戦と違い、空母そのものが艦載機の活動範囲まで接近する必要がないのだ。
現代ではワープ投射装置の射程とセンサー類の精度と密度が重要であり、見つかった瞬間、艦載機だけがいきなり相手の頭上へ現れる。
その点だけ見れば、潜航艦の奇襲攻撃と少し似ている。
だが、根本的には全く違う。
潜航艦は姿を隠して接近するのに対し、空母は姿を隠す必要すらないほど遠くにいると考えれば、そのスケールの大きさがよくわかる。
「敵もやるな」
鄭中将が呟いた。
「当然だ」
陸中将が答える。
「防衛側だ。こちらが来ることくらい分かっていた」
「一隻やられたぞ」
「……まだ損失を抑えられる」
陸中将は小声で淡々と返した。
その間にも、戦況は変化していく。
「第3打撃群より追加報告。敵艦載機はワープして離脱した模様」
陸は立体図へ視線を戻す。
「離脱した機体は無視しろ。それよりも、奴らがどこから来たのかを調べる必要がある」
「了解です。解析を急ぎます」
戦場とは、互いに情報を与え合う場所でもある。攻撃を行えば、必ず何かを晒す必要があった。
光子魚雷を撃てば発射位置が残り、センサーを照射すれば電磁波が残る。そしてワープ投射を行えば、微弱ながら位相の歪みが残る。
今、王国軍は〈太刀風〉一隻と引き換えに自らの空母航空隊が活動していることを帝国軍へ伝えてしまった。
「逆算完了!」
航空幕僚が声を上げる。
「敵艦載機の投射補正情報から、母艦存在予想区域を算出! 第三惑星ミレシア公転軌道から半径約五千万キロ!」
星系図の一角に、黄色い円が表示された。
第三惑星ミレシアの周辺、の半径五千万キロのとてつもなく広い範囲であった。
「十分だ」
ようやく掴んだ手がかりに対し、陸中将はほくそ笑んだ。
「偵察機を送れ」
「どの程度を?」
「まず二十機」
「二十……」
「足りなければ増やす」
陸中将は表示を指差した。
「偵察型十四。電子戦型四。長距離観測型二。投射後、各機を分散させろ。艦隊そのものを探すな。ワープ投射の痕跡を探せ」
航空幕僚がすぐに理解した。
「投射装置の位相残響を?」
「そうだ」
大型のワープ投射装置を使えば、いかに隠そうとも空間に微弱な痕跡が残る。
艦影を探す必要はない。艦載機がどこから投げ込まれたのか、その痕跡を追えばよい。
「〈山城〉第一投射装置、使用準備!」
「第二投射装置も並行して準備しろ!」
指揮所からの命令を受け、巨大な空母全体が再び動き始める。
格納庫では無人機がカタパルトへ次々と接続され、宇宙空間へ射出された。射出された艦載機は空母上方で編隊を組み、投射位置で待機する。
その間にも、外縁部の戦闘は続いていた。
「セクターγ、センサー群の機能停止を確認!」
「セクターδ、第2打撃群が攻撃を開始しました」
「セクターαにて予備探知施設の起動を確認。発信源が複数あります」
「正確な位置を特定しろ。見つけ次第、第5打撃群へ転送だ!」
陸は戦域図を見る。
また、一つセンサーが消えた。
王国軍が星系外縁部へ配置していたセンサー群が、少しずつ沈黙していくが、完全には止まらない。
王国側も予備網を起動し、移動型探知機を展開し、破壊された箇所を補完しようとしている。
「粘るな」
鄭中将が感心したように言った。
「小国にしては、よく準備している」
「侮るなと言ったのはこういう事だ。まだ打撃が足りない」
陸中将は冷静だった。
そして通信席へ向き直り、航空参謀へ向けて新たな指示を出す。
「全打撃群へ。予定を十五分前倒しする」
その言葉に、戦闘指揮所のオペレーター達が一斉に陸中将に振り向いた。
「司令?」
「敵は我々の狙いに気づいた」
陸中将が言った。
「予備センサーを展開しきる前に第二段階へ移行する。本艦は直ちに艦載機投射を開始する。準備せよ」
「了解です。攻撃目標は?」
「現時点で特定済みの軌道軍事施設。通信中継施設。それから、敵空母の予測区域だ」
陸中将はミレシア周辺に表示された黄色い円を見る。鄭中将は、その一連の命令を横で聞いていた。
相変わらず判断が速い。陸 承岳という男は、戦況が自分の想定通りに動かなかった時ほど判断が速かった。
計画に固執しないが、目的は変えない。センサー群を完全に破壊できないなら、破壊途中で次の段階へ進めばいいと考える柔軟な発想ができる男だ。
だからこそ、第7艦隊の司令官を任されている。
だが鄭中将には潜航艦乗りとして、一つだけ気になることがあった。
「陸」
「何だ」
「潜航艦が静かすぎる」
その言葉に、陸が僅かに視線を向ける。
「敵のか?」
「ああ」
鄭中将は立体図を操作した。
通常空間の表示が消え、代わりに亜空間レイヤー図が重なる。
そこには第2潜航艦隊の所属艦が、すでに星系内部へ向けて侵入している様子が表示されていた。
だが敵側。
王国潜航艦の確定反応は、ほとんどない。
「戦闘開始からこれだけ時間が経って、一隻もまともに姿を見せていない」
「隠れているからだ」
「それはそうだ」
鄭中将は鼻を鳴らす。
「胸騒ぎがする」
潜航艦とは、本来そういう兵器だ。
見えない、探知できないからこそ脅威となり、安全でないことを敵に意識させることでその効力を発揮する。
むしろ何もしてこない時こそ、一番危険だった。彼自身が潜航艦乗りだからこそ、それがよく分かる。
「確かに、王国軍が三流なら、もう何隻かこちらの打撃群へ魚雷を撃っているはずだが……」
「なら、敵は何かを待っているな」
「何を」
「価値のある目標を狙い撃つタイミングを」
その言葉を聞き、鄭中将は星系図を改めて眺めた。
王国潜航艦が狙うとしたら、どこかを考察する。頭の中でいくつもの可能性が浮かぶ。
だが鄭中将は、迷うことなく、星系図上の第三惑星ミレシア周辺を指で指した。
「どうやら敵は、高価値目標に重点を置いていると見た」
「つまり、空母の護衛に付いている、と?」
「それだけじゃない」
鄭中将は目が鋭くなり、こう答えた。
「敵はこちらの空母も狙ってくる」
陸中将は数秒黙った。
確かに王国軍の狙いがこちらの〈山城〉であるならば、戦争を終わらせたい王国軍としては理にかなっている戦術だ。
相手は潜航艦。空母打撃群の艦載機や護衛のフリゲートでは探知しきれないレイヤーから静かに迫ってくる可能性はある。
もしかしたら、敵潜航艦が積極的に動かないのは単に空母を守っているだけでなく、こちらの位置を探そうと広範囲に展開しているからでは?
陸中将が考えをまとめる前に、鄭中将は立ち上がった。
「通信。第2潜航艦隊の各艦へ任務の変更を伝えろ。以後、我が潜航艦隊は敵空母の積極的捜索を行うと」
その指示には、航空参謀以下多数の人員が目をこちらに剥いた。
陸中将は呆れたように頭を抱える。
「……潜航艦隊を、敵空母の捜索に回すつもりか」
「ああ」
「本来の任務から外れるぞ」
「その任務を変更した方がいい。相手と俺たち、どちらが先に空母を仕留めるかの競争だ」
鄭中将は、まるで獲物を見つけた狩人のようにニヤリと笑ってそう言った。しかし、彼の鋭い目は保たれたままであった。
確かに理にはかなっている。
王国宇宙軍唯一の正規空母である〈アストライア〉が失われれば、王国軍は艦載機による長距離偵察能力と、遠距離打撃能力の大部分を一度に失う。
空母の撃沈は、巡洋艦や駆逐艦を十隻沈める以上に戦局へ大きな影響を与える。
場合によってはそれだけで王国の継戦能力を失わせることが可能だった。
「誰かが喜びそうな命令だな」
「本当は嫌なんだがな」
鄭中将は獲物を見つけると真っ先に飛び掛かる艦長のことを思い、困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「通信。最優先目標は敵空母だ。それ以外はなるべく無視しろ。優先度が低い」
「はっ。敵空母を発見した場合はどうしますか?」
「可能なら撃沈しろ」
その言葉に、通信士は一瞬固まった。
鄭中将は言葉を続ける。
「ただし無理に追うな。正面だけでなく側面、退路からも回り込ませる。三方向から空母を追い込め」
「了解致しました!」
鄭中将の的確な指示を受け、通信参謀は亜空間に潜航しているこちらの潜航艦隊に対し、その指示を伝える。
一方の鄭中将は、まるでここからが勝負だと言わんばかりに、随分と楽しそうな表情をしていた。




