第五話 帝国の作戦
西暦2507年10月7日
アルヴィオン星系から50光年〜40光年の空間
大辰帝国第7艦隊 航空母艦〈山城〉
アルヴィオン星系へ向かう航路上の亜空間に、大辰帝国第7艦隊の旗艦〈山城〉はあった。
その周囲には護衛の駆逐艦、巡洋艦、そして亜空間内に潜む敵潜航艦を警戒するフリゲート艦などが配置され、〈山城〉を中心として幾重もの陣形を組んでいる。
〈山城〉は、大辰帝国が保有する八隻の正規航空母艦の一角である。
全長六百メートルを超える巨体。
船体中央部には二つの巨大な格納庫ブロックを持ち、内部には大小三百機を超える無人艦載機を収容する。
通常空間用の電磁カタパルト、艦載機整備工場とその補給区画。
そしてこの艦最大の特徴と言える、艦載機そのものを遠距離へワープさせる大型投射装置。その最大投射距離は、八億キロメートルを超える。
敵艦隊へ接近することなく、艦載機だけを戦場へ送り込む。それが現代の宇宙空母だった。
大辰帝国の建国から三百年。
その長い歳月の中で蓄積されてきた軍事技術を一隻に詰め込んだものが、この〈山城〉と言ってよかった。
そんな巨大艦であるがゆえに、艦内に設置された移動用エレベーターもまた、普通の建物のそれとは比較にならないほど大きい。
「全く落ち着かねぇ。むず痒い」
〈山城〉の上下区画を直通する大型エレベーターの中。
第7艦隊と行動を共にする第2潜航艦隊司令官、鄭 伯龍中将は、隣に立つ男へ率直な愚痴を漏らした。
「……何がだ?」
「反撃できない船で亜空間を通るのが、だよ」
鄭中将の隣で腕を組んでいるのは、第7艦隊司令官、陸 承岳中将である。
陸はその言葉を聞き、隣の男が何を不快に思っているのか、すぐに察した。
「生粋の潜航艦畑のお前からしたら、そうだろうな」
陸中将は軽く笑う。
「亜空間でろくな隠蔽もせず、目立つ航跡を出し続けているように見えるか」
「見える、じゃない。実際そうだ」
鄭中将は即答した。
「俺の部下なら、この航跡を見つけるのに十秒も掛からない」
「見つかることと、攻撃されることは別だ。まだ戦争は始まってすらいない。王国側がこの距離で攻撃を仕掛けてくる可能性も低い」
「それでも落ち着かないんだ」
「お前は見かけによらず神経質だな」
「職業病だ」
鄭中将も自覚しているのか、苦笑いする。
エレベーターが途中区画を通過した。壁面の一部が透明表示へ切り替わり、その向こうに〈山城〉の巨大格納庫が見える。
数十機の無人艦載機が整然と並んでいた。
細身の偵察型。
翼面積の広い電子戦型。
対艦ミサイルを大量に積んだ攻撃型。
そのさらに奥では、大型の整備機械が次々と機体をラックへ取り付けている。
鄭中将はその光景を見て、少し口笛を吹いた。
「何度見ても気味が悪いな」
「何がだ」
「300機以上あるだろ、あれ」
「327機だ」
陸中将が即座に答える。
「現在、即応可能なのは290機」
「それ全部使う気か?」
「必要ならな」
「空母乗りは相変わらずやる事が派手だな」
「潜航艦乗りが地味すぎるだけだろう」
陸中将はそう返し、格納庫へ目を向ける。
「もっとも、あれを全部一度に出す必要はない」
「分かっている。投射装置で順番に送り込むんだろ」
「そうだ」
「8億キロ先まで艦載機を放り投げるのが空母か」
鄭中将は呆れたように言った。
「昔の人間が見たら、空母の意味が分からなくなるだろうな」
「もはや艦載機が到達するのを待つ必要すらない」
「それは重要か?」
「そこが最も重要だ」
陸中将は淡々と答えた。
「敵を見つけるために艦載機が危険な飛行をする必要がない。艦載機自体も無人。敵を見つけさえすれば好きな座標に艦載機をワープさせ、奇襲できる」
「敵空母の位置は、まだ分かってないんだろ」
「だから探させる」
「なるほど単純明快だな」
「複雑な作戦ほど、目的は単純であるべきだ」
エレベーターはさらに上昇を続ける。
鄭中将は腕を組み直した。
「潜航艦隊を先に星系へ入れるのは構わん」
「何か問題があるか?」
「敵も同じことを考えているだろう」
「王国の潜航艦隊か」
「ああ」
鄭中将の表情が少し真面目になる。
「小国だからといって侮るつもりはない。潜航艦は数より場所だ。たった一隻でも、待っている場所が正しければ大型艦を沈められる」
「もちろん理解している。だから初撃では目と耳を奪う」
陸中将の言葉に、鄭中将が横目を向ける。
「星系内のセンサー網を潰すつもりだな」
「そうだ」
短い電子音と共に、エレベーターが目的階へ到着する。
「敵がこちらを正確に見られなければ、潜航艦の価値はさらに上がる」
「向こうも同じだ」
「そのためにお前たちを連れてきた」
「まったく。通常艦乗りは潜航艦を便利屋だと思ってやがる」
「違うのか?」
「否定はしない」
扉が開いた。
二人は並んでブリーフィングルームへ向かって歩き出す。
大辰帝国という星間国家が、地球を中心とする合州連邦から独立しておよそ三百年。
その歴史の中で、潜航艦乗りは特別な地位を築いてきた。
独立戦争当時、通常艦隊戦力で圧倒的に劣っていた大辰側は、亜空間内に停止して待ち伏せできる新兵器として潜航艦を大量投入した。
合州連邦艦隊のワープ航路を読み、亜空間内で待ち伏せ。そして敵が通過した瞬間に光子魚雷を撃ち込む。
その戦術によって連邦軍の主力艦隊は帝国本土へ到達する前に消耗を重ね、ついには前進不能となった。
さらに戦略兵器を搭載した大型潜航艦が、地球を含む連邦中枢星系の近辺へ秘密裏に展開。
その存在が最後の交渉材料となり、合州連邦は大辰の独立を認めた。
それが、この国の建国史である。
だからこそ潜航艦乗りは、かつて地球の海で潜水艦へ乗っていた者たちのような「日陰者」ではない。
──建国者の末裔。
帝国軍の中では、そう見られている。
数分後
航空母艦〈山城〉 作戦ブリーフィングルーム
二人が室内へ入ると、すでに大半の参加者が揃っていた。
中央には巨大な立体投影装置。
その周囲を取り囲むように席が配置されている。
第7艦隊の幕僚部に、各空母打撃群司令官。巡洋艦、駆逐艦の各戦隊の司令。補給部隊の司令と幕僚。そして航空運用幕僚。
最後に、第2潜航艦隊所属の艦長たち。
その中に一際鋭い目をした三人の艦長が居た。
「司令官、入室!」
一斉に全員が立ち上がる。
陸中将は軽く右手を上げた。
「座れ。時間がない」
全員が着席する。
陸中将と鄭中将も中央席へ座った。
「始めろ」
「はい」
作戦参謀が立ち上がった。
室内中央に、アルヴィオン星系の立体図が投影される。
主恒星とその周りを公転する五つの主要惑星。その図の中に、確認されている軌道上施設と民間のハイパーレーンがある。
そして外縁部を取り囲むように、多数の小さな光点が表示された。
「作戦を説明いたします」
参謀が説明を始める。
「まず敵は星系外縁部に長距離探知センサー群を多数展開していることが確認済みです。主要ワープ航路、ハイパーレーン出口、および軍港周辺を重点監視しています」
参謀が画面を操作すると、その中で別の光点が表示される。
「王国軍主力艦隊の正確な所在は不明。空母については二日前から所在が隠蔽されています」
「潜航艦は?」
鄭中将が、徐にそう訊いた。
当然、参謀はこう答える。
「所在不明です」
「当然だな」
鄭中将は腕を組んで笑った。
潜航艦隊の艦長達も、彼に釣られて笑っていた。
「いいか。敵の弱点はこうだ」
陸中将は立ち上がり、ホログラムの星系図を指さした。その言葉に、室内が少し静まる。
「国土が狭い。つまり防衛すべき場所が読めることだ」
星系内の複数地点が赤く染まる。
「軍港。空母運用可能区域。補給拠点。ハイパーレーン出口。長距離センサー。王国軍は全てを守ることはできない。つまり、これを同時に叩く必要がある」
作戦参謀が表示を切り替える。
「では、作戦の第一段階です」
外縁センサー網に大量の攻撃マーカーが表示された。
「作戦開始時刻は0400。星系外縁部の長距離探知施設を同時攻撃、以後段階的に外縁部のセンサーを発見し次第、破壊します」
ある巡洋艦戦隊司令が手を挙げる。
「破壊目標は完全破壊でしょうか。それとも鹵獲などを含めますか?」
それには陸が答えた。
「どちらも不要だ。機能を止めればいい」
「敵が予備系統へ切り替えた場合は?」
今度は別の艦長。
情報参謀がすぐ答える。
「予備センサーも標的に含まれています」
情報参謀の言葉を、陸中将がさらに補足する。
「これが大事だ。最初の攻撃でなるべく多く止めろ。敵に切り替える時間を与えるな」
「了解」
作戦参謀の端末操作により、表示が変わる。
今度は〈山城〉を含む複数の空母が表示された。
「第二段階。外縁センサーへの攻撃開始と同時に、空母打撃群は艦載無人機のワープ投射を開始します」
大量の線が星系内部へ伸びる。
「第一波は偵察型、電子戦型を主体。敵空母、軌道上軍事施設、艦隊集結地点を捜索。発見した目標に応じ、対艦攻撃型および軌道攻撃型へ切り替えます」
「それと再確認しますが、ワープの最大投射距離は〈山城〉で八億キロ以上です」
作戦参謀の言葉を、航空参謀が補足。
今度はそこで航空管制の士官が手を挙げた。
「敵空母がそれ以上の距離へ退避した場合は?」
その問いに対し、一瞬の間が入る。
すかさず見かねた陸中将が代わりに答えた。
「逃がしてしまって構わない」
何人かが少し反応する。
「いいか、我々の作戦は敵空母を沈めることが目的ではない。首都防衛圏から追い払えるなら、それで同じだ」
「戦場から排除できればいい、と」
「その通り」
次に鄭中将が立ち上がる。
「ここからは潜航艦隊だ。俺が解説する」
ホログラム表示が切り替わった。
レイヤー1から3の、複数のレイヤーを重ねた亜空間戦域図が表示される。その亜空間は、惑星や恒星などの質量物のちょうど周辺で浅くなっていた。
「第2潜航艦隊は第一波攻撃開始と同時に星系内部へ侵入する。主任務は三つ」
鄭は指を一本ずつ立てながら説明する。
「ひとつは王国潜航艦の捜索と排除。ふたつ、王国艦隊の集結阻止。みっつ目は補給および退避航路への圧力だ」
その時、潜航艦の艦長席から一人の大柄な男が手を挙げた。
岳 飛燕中佐である。彼は規律を緩めない程度のだらけた動作で手を挙げた。
「見つけた敵潜航艦は沈めていいんですよね?」
「任務の邪魔にならないならな」
「了解」
「ただし追いすぎるな、岳」
「善処します」
「善処じゃない。命令だ」
「……了解」
室内に小さな笑いが起きた。
次に、曹 景岳という老年の艦長が手を挙げた。
「敵潜航艦がL3で完全停止して待機していた場合、全域を掃討するには相当な時間が掛かりますが、いかがしますか?」
「全域を探す必要はない」
鄭中将は即答した。
「予測位置だけを探せ」
「補給点、ハイパーレーン出口、艦隊集結予定地点などですね」
鄭中将の言葉に、曹は高得点の回答を出した。
「その通りだ」
鄭中将は頷いた。
「潜航艦は好きな場所へ隠れられるように見えて、実際には目的のある場所にしか隠れない。何もない場所で待つ意味はないからな」
「了解しました」
次に質問をしたのは、この中でも数少ない女性艦長の九条 紫苑であった。
「民間航路との重複区域はどうしますか?」
「攻撃禁止区域を設定する」
「軍艦と民間船の識別が取れない場合は?」
陸が答える。
「不用意に撃つな。また、無いとは思うが民間船を盾にされた場合も同じだ」
九条が少しだけ目を細めつつも、了承した。
「了解です」
別の潜航艦長が手を挙げる。
「敵主力艦隊が別星系へワープに入った場合は?」
その問いかけには鄭中将ではなく、陸中将が答えた。
「お前たちが追え。ただし現段階ではアルヴィオン星系を越えてまで追尾する必要はない」
ブリーフィングが終了すると、陸は全員を見渡し、最後にこう伝えた。
「いいか? 我々の目的は、アルヴィオンを無差別攻撃する事ではない」
室内が静まり返る。
「王国軍に、戦うための選択肢を失わせる。それだけだ」
その言葉にたいし、誰も口を挟まなかった。
「作戦開始は0400だ。各員の健闘を祈る」
同時刻
アルヴィオン星系外縁 深層亜空間
深層試験潜航艦〈エデン〉
「現在深度、レイヤー3.9」
イリスの声が発令所に響く。
「現実保持率、99.1%」
数字が徐々に落ちていく。
これまでの試験とは明らかに違った。
レイヤー3の最深部。
その向こうには、有人艦がまだ踏み込んだことのない領域が存在している。
「リング負荷、72%」
グレンの声が通信越しに入る。
『まだ余裕です』
「位相同期は?」
『問題なし』
「航路も正常です」
航法のノエルが答える。
アリシアはその間、副長席から表示を見つめていた。
「レイヤー4境界まで、あと0.03」
胸の鼓動が速くなっているのを感じた。
今まさに自分たちは、人類が一度も有人艦で到達したことのない場所へ入ろうとしている。
「艦長」
「何だ」
「……怖くないんですか?」
「怖いさ」
レイは即答した。
以前と同じ答えだった。
「それでも向かう必要がある」
「やっぱり、そう言うんですね……」
「未知を恐れることと、未知を避けることは別だ」
アリシアはそれ以上何も言わなかった。
「レイヤー3.99」
イリスの声が、いよいよ緊張を帯びたものになってきた。
発令所の照明が一瞬だけ明滅する。
時計がわずかにずれる。
ノエルの前にある表示と、アリシアの端末の時刻が一瞬だけ一致しなかった。
「因果偏差、許容範囲です」
イリスがすぐに報告した。
レイは前を見る。
「深度変更を継続。もっと潜れ」
「了解」
ノエルが操作する。
ほんの数秒ではあるが、この船の全員にとってはもっと長く感じた。
「レイヤー、4.0です」
イリスがついにその言葉を言った。
その一瞬、誰も喋らなかった。
「……到達しました」
ノエルが小さく呟く。
少しだけ笑っている。
「現在深度、レイヤー4です」
ついに辿り着いた。
安定したまま、人類未到の深度に到達。エデンは史上初めてレイヤー4に有人で到達したのだ。
詰まっていた発令所の空気が少し緩み、ルカが息を吐いた。
「これ、歴史に残るやつですよね……」
「帰ればな」
カイの声が入る。
「縁起でもないこと言うなよ」
「事実」
「イリスまで縁起でもないことを……」
アリシアは少し笑った。自分でも驚くほど自然に、である。
怖かったが、それ以上に達成感があった。
自分たちは本当にここまで来た。レイヤー4という、人類にとってまだ名前だけの領域だった場所に
「艦長」
アリシアがレイを見る。
「成功ですね」
「ああ」
「もう少し喜んでもいいのでは?」
「記録を保存しろ」
「……それだけ?」
「重要だ」
アリシアは淡白な反応に少し呆れたが、横向きの艦長の顔を見ると、少し頬が緩んでいるのが見えた。
艦長もちゃんと、喜びを噛み締めているようだった。
だがその時、イリスの表情が変わった。
「待って」
その声に、全員が反応する。
「何かいる」
レイが即座に振り向く。
「位置は?」
「上です」
「上?」
「レイヤー3か」
発令所の面々は思わず無意識に上を見た。
その間、イリスの指が高速で動く。
因果探知器の感度が上がり、表示上に細い線が次々と現れた。
全部で四つか三つの航跡。さらに奥から複数の航跡が画面に表示される。
「位相航跡、多数」
「数は?」
「まだ不明」
イリスが目を細める。
「でも……かなり多い」
アリシアは息を呑む。
L4にいる〈エデン〉のすぐ上にあるレイヤー3を、大量の潜航艦が通過している。
「帝国艦か?」
ルカが訊く。
「波形が王国軍と違う」
「じゃあ……」
「うん。大辰帝国の艦艇の可能性が高い」
発令所が静かになった。
「こちらを探知している兆候は?」
レイは動揺せず、率直に聞いた。
「ないです」
「確実か」
「少なくとも、こちらへセンサーを向けている反応はないです」
「よろしい」
レイは短く答え、席に座り直した。
その間、緊張した空気が発令室に戻ってきた。ルカが隣のイリスの航跡表示を見る。
「なあ、今なら撃てるんじゃないか?」
その言葉に、カイが静かに答えた。
「撃てる。下層からなら相手は反応できない」
「なら──」
「ダメだ」
レイの声が、彼らの浮き足だった意見を遮った。
ルカが振り向く。
「でも艦長、完全に奇襲できます」
「だから撃たない」
「……どういう意味です?」
「一隻沈めれば、我々の存在を教える事になる」
「でも、何隻かは──」
「仮に十隻沈めたとしても、この艦を失えば損失の方が大きい」
ルカが黙ってしまう。
彼を宥めるために、アリシアも説明を加えた。
「命令では戦闘が禁止されてたでしょう?」
「分かってるけど……」
「撃てるタイミングと、撃つべきタイミングは違うの。分かって頂戴」
アリシアの言葉に、ルカは申し訳なく意見を取り下げた。
「絶好の機会なのに……」
ただ、彼は悔しそうであった。
当然の反応ではある。自国が危機に晒されている中、絶好の襲撃の機会を命令を守るために逃してしまうのは、悔しい事この上ない。
だが誰も、それ以上何も言わなかった。
そして〈エデン〉の上層を、帝国潜航艦隊は全く気づかずに通過していく。
数分後、航跡は遠ざかって行った。イリスが小さくそれを報告する。
「敵潜航艦隊、離脱しました」
レイはただ一言、現在の命令を復唱した。
「各員、現在の深度を維持したまま待機」
「了解」
〈エデン〉はこの時、来るべき時まで動かなかった。




