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亜空間の楽園〜宇宙を潜る独立国家〜  作者: 篠乃丸@綾香
第一章 亡国の潜航艦
3/13

第三話 実証実験艦〈エデン〉

西暦2507年10月5日

王国首都惑星アルヴィオン 第一惑星内軍港


「あの船、設計したんだってな?」

「ああ。いい船だ」


 午後の出港を待つ第三桟橋。

 二人の男は、海上に浮かぶ一隻の黒い艦を眺めていた。

 王立宇宙軍、深層実験型潜航艦〈エデン〉。

 全長二百メートルを超える細長い船体は、一般的な宇宙艦艇とは似ても似つかない。

 外部構造物は極端に少なく、砲塔らしい砲塔もない。黒い船体の周囲を、三つの巨大なアルクビエレ・リングが取り囲んでいる。

 その姿は宇宙軍の艦艇というより、遥か昔の地球で深海へ潜った潜水艦を、そのまま巨大化させて宇宙へ持ち出したかのようだった。

 そんな船を、これからこの船の艦長となるレイ・アルスター大佐はどこか誇らしげに見ている。


「相変わらず、お前は船まで変なものを作る」


 傍に立つレイの友人、ノイマン・カーター中佐が呆れたように言った。


「変ではない。合理的だ」

「普通の潜航艦ならレイヤー3までで十分だろう」

「今はな。だが将来は違う」


 ノイマンの言葉にレイは答えつつ、視線は〈エデン〉から動かさなかった。


「私は軍人であると同時に、技術の進歩と、その先にある可能性も見なければならない」

「それは、お前の本業ゆえか?」

「それもある」

「それも、か」


 ノイマンが横目でレイを見る。


「ということは、それだけじゃなさそうだな」

「察してくれ」

「相変わらず人に説明する気がない」

「説明して理解できるならする」

「そういうところだぞ」


 ノイマンは苦笑した。

 二人は若い頃から何度となく同じ議論をしてきた。

 同じ潜航艦乗りでありながら、考えていることは昔から正反対だった。

 ノイマンは、与えられた技術と戦術を徹底的に磨き上げる。

 レイは、その前提となる技術そのものを疑っている。


「……お前は昔から、海図の外へ行きたがるな」

「海図の外に何もないと、誰が確認した?」

「そうやって確認したがるところも含めてだよ。お前は学者のくせに、どちらかというと冒険家に見える時がある」

「学者と冒険家は、本質的には似たようなものだ」

「未知のものを見つけて、わざわざ首を突っ込む?」

「そうだ」

「それもそうか」


 ノイマンは肩をすくめた。

 海面では整備艇が〈エデン〉の船腹から離れ始めている。

 出港準備が最終段階に入ったらしい。

 レイが腕時計を見た。


「そろそろ集合時刻だ。行ってくる」

「ああ」


 レイが歩き出す。

 そして、数歩進んだところで──


「……レイ」


 ノイマンの声が背中に届いた。

 その声に、レイが振り返る。


「なんだ?」

「戻ったら、飲みにでも行こう」

「酒は嫌いだ」

「知ってる。だから誘ってる」


 レイは少しだけ考えた。


「……いいだろう。付き合ってやる」

「そうか」


 ノイマンは笑った。

 けれど、その笑顔はほんのわずかに陰っていた。


「……戻ったらな」

「?」

「いや。何でもない」


 レイは特に追及せず、そのまま桟橋を歩いていった。

 ノイマンはその背中をしばらく見送っていた。

 この時、二人ともまだ知らなかった。

 次に相対するとき、互いが同じ国の軍服を着ている保証など、どこにもないことを。












同日午後

第一惑星内軍港 第三桟橋


「これ……本当に軍艦?」


 〈エデン〉を初めて真正面から見上げたルカ・ベルナールの第一声が、それだった。

 無理もない、とアリシアは思う。

 貨客船の中で資料として見た時とは、まるで印象が違う。

 海面から露出した黒い船体は巨大だった。

 艦首は丸く滑らかで、宇宙艦艇特有の複雑な武装やアンテナ類がほとんど見当たらない。

 代わりに目を引くのは、船体を囲む複数の巨大なリング。

 桟橋から見上げると、それらはまるで巨大な骨格のようにも見える。


「潜航艦っていうより、巨大な実験装置ね」


 ノエルが白い長髪を風になびかせながら呟いた。


「その認識で大きく外れてないと思う」


 眼鏡を押し上げながら、イリスが答える。


「リング数が通常艦より多い。現実保持場をかなり細かく制御する設計」

「八門……」


 カイだけは艦首を見ていた。


「やっぱり八門ある」

「そこなの?」


 アリシアが思わず突っ込む。

 カイは真顔で頷いた。


「重要」

「そう……」


 同期たちの反応を横目に、アリシアはもう一度〈エデン〉を見上げた。

 自分でも意外なほど胸がざわついた。

 恐怖。

 緊張。

 期待。

 どれなのか、自分でも判別できない。

 ただ一つだけはっきりしている。


「(私、この船の副長なんだ……)」


 数日前までは、文字として見ただけだった。

 今は違う。

 目の前にある。

 自分がこれから乗り込み、命令し、責任を負う船が。


「アリシア・セレス少尉か?」


 突然後ろから呼ばれ、アリシアは反射的に姿勢を正した。

 振り返る。

 そこにいたのは、軍服姿の一人の男だった。

 思っていたより若く見える。

 整った顔立ちではあるが、身なりに対する執着は薄いらしく、制服も規定違反ではない程度に雑だった。

 黒い髪。

 そして何より、こちらを観察するというより、何か別の計算をしながら見ているような目。

 アリシアはすぐに察した。


「はい!」

「副長だな」

「本日付で着任いたしました。アリシア・セレス少尉です。よろしくお願いいたします」

「ああ。よろしく」

「…………」


 終わった。

 最初の挨拶はあまりにもあっさりと。


「あ、あの……」

「どうした?」

「いえ、その……」


 何を言えばいいのか分からない。

 初めて会う艦長と副長の挨拶というものは、もう少し何かあるものだと思っていた。


「悪いな、副長」


 横から笑い声がした。


「こいつはこういう奴だ」


 がっしりした体格の男が歩いて来る。彼は機関室の乗組員を表す階級章を付けていた。


「グレン機関長。余計な一言です」

「事実だろ。副長が完全に困ってるぞ」

「それは失礼しました。しかし着任者への挨拶としては、今ので必要十分でしょう」

「相変わらずだなぁ……」

「あ、あの!」


 二人の会話へ割り込むように、アリシアが声を上げる。


「おっと。こちらも失礼」


 男は笑いながら向き直った。


「グレン・ハーコート大尉。本艦の機関長だ。建造中からこいつに付き合わされてる」

「こ、こちらこそ。本日付で副長に任ぜられました、アリシア・セレス少尉です!」

「そんな硬くならなくていい。どうせこの艦じゃ、これから嫌でも顔を合わせる」


 グレンは気さくに笑った。


「同じく本日付で配属されました! ルカ・ベルナールです!」


 勢いよくルカが続く。


「航法長に任ぜられました、ノエル・ファーレンです。よろしくお願いいたします」

「水雷長、カイ・レヴィンです」

「……因果士のイリス・エイランです」


 レイは四人を順番に見る。


「よろしく。改めて、私が本艦艦長、レイ・アルスターだ」


 短い沈黙。


「諸君らの働きに期待する」


 これで本当に終わった。

 ルカがアリシアの横で小声を漏らした。


「噂、本当だったな」

「聞こえるぞ」

「すみません」


 レイは特に怒った様子もなく、そのまま踵を返した。


「艦内へ。出港前に訓練内容を確認する」










 作戦室に行くと、 新造艦独特の匂いがした。

 金属と樹脂、それからまだ人の生活が染み込んでいない空調の匂い。

 作戦室中央に、〈エデン〉の立体模型と航海予定が投影される。

 レイが全員を見渡した。


「本艦は本日一五〇〇、この基地を出港する」


 立体図に航路が表示される。


「目的は新造艦の性能確認、および深層潜航試験。ここまでは確認済みだな?」

「はい。予定は把握しております」


 アリシアが代表して答えた。


「よろしい」


 レイは表示を切り替える。


「では試験内容を確認する」


 レイヤーを示す数字が順番に現れた。


「通常空間出港後、レイヤー1への潜航」


 レイヤー1。ここはまだ浅瀬で因果率の影響が少ない。

 

「続いてレイヤー2での航走試験」


 レイヤー2。ここから主に軍艦が通行する深度になり、因果率の影響が現れる。


「レイヤー3での停止、静粛航行、探知、各種光子魚雷およびデコイ運用試験」


 レイヤー3は、現用潜航艦が活用している深いエリア。現行の技術で到達できる最深深度と言われている。

 そして──

 その下に、さらに数字が現れた。

 レイヤー4だ。


「最後に本艦は、レイヤー4近傍への試験潜航を行う」


 アリシアが思わず顔を上げた。


「そこまで潜るんですか?」

「そのために本艦を作った」

「安全基準は?」

「ない」

「……はい?」

「前例がないからな」


 あまりにも当然のように言われた。

 アリシアは言葉を失うが、それに対してレイは気にした様子もなく続ける。


「もちろん安全装置は搭載されている。現実保持殻、リング制御、因果隔壁、すべて従来艦より強化されている」

「それは……理論上、ですよね?」

「最初の挑戦は、誰でも理論に頼るしかない」

「…………」

「設計が正しければ、レイヤー4でも安全に潜航できる」

「設計したの、艦長ですよね」

「そうだ」

「……自信あります?」

「ある」


 即答だった。

 その迷いのなさに、逆に何も言えなくなる。


「指揮は私が取る。各員は、それぞれの職務に集中してくれ」


 レイは全員を見る。


「以上だ」


 そうして艦長は、簡潔な説明だけを終えると作戦室を出た。

 レイ艦長が作戦室を出た直後、沈黙が支配する中、ルカが真っ先に口を開いた。


「なぁ」

「何?」

「さっき、レイヤー4って言った?」

「言ってたわね」


 ノエルが苦笑する。


「軍艦で到達した前例はない領域」


 イリスが淡々と付け加える。


「観測用無人機が短時間侵入した記録はある。でも有人艦が安定潜航した記録はない」

「大辰帝国でも?」

「公表記録ではない」

「……やっぱり俺たち、すごいことに付き合わされてない?」

「付き合わされてるという言い方はどうかと思うけど」


 アリシアはそう言いながら、自分にも言い聞かせるように続けた。


「設計が正しいなら、この船はレイヤー4でも潜れるはずよ」

「艦長と同じこと言い始めたな、副長殿」

「そこ、茶化さない」


 ノエルが優しく笑う。


「少し怖いけどね」


 そう言いながら、アリシアの肩へ軽く手を置いた。


「だからこそ、私たちは自分の役割をちゃんとやりましょう。全員がやることをやれば、この船はきっと潜れるわ」


 アリシアはノエルを見る。

 こういう時の彼女は、やはり少しだけ年上に見えた。


「……そうね」

「ま、仕方ない」


 ルカが伸びをする。


「やるか」

「僕は発射管室へ行く」


 カイが早速歩き出す。


「担当員に挨拶して、装填系統を確認する」

「もう魚雷のことしか考えてない」

「仕事だから」

「……私はセンサー類を把握してくる」


 イリスも反対方向へ歩き出した。


「因果探知器の癖を知らないと困る」


 ノエルも笑って手を振る。


「私は航法室ね。また艦橋で」


 同期たちが、それぞれ自分の持ち場へ散っていく。

 アリシアは一人、その場に少しだけ残った。

 つい数日前まで同じ教室にいた。

 それが今日から、全員この艦を動かす士官になる。


『副長』


 すると、放送からレイの声がした。


「は、はい! 作戦室に居ます!」

『発令所へ』

「りょ、了解しました」


 アリシアは直接指名され、背筋を伸ばし、発令所へと向かった。











一時間後 十五〇〇

亜空潜航艦〈エデン〉 発令所


『総員、出港配置』


 艦内放送が響く。

 アリシアは副長席に座っていた。

 目の前には複数のホログラム表示。

 自分の左前方に艦長席があり、レイが座っている。

 航法席にはノエル、因果探知席にはイリス、通信席にはルカ、カイは水雷管制室、グレンは機関区画にいる。

 全員、自分の場所にいる。


『機関室より発令所。主機、異常なし』

「了解」


 グレンの声が入る。


『水雷より発令所。発射管全門閉鎖。兵装安全状態』

「了解」

『通信、基地管制との回線良好』

「こちらも問題ありません」


 ルカが報告する。


「航法?」


 レイが訊く。


「出港航路入力済み。重力制御系、正常です」


 ノエルが言った。


「因果?」

「通常空間。現実保持率一〇〇パーセント。リング待機状態」


 イリスは淡々と告げた。


「副長」


 最後にレイがこちらを見る。

 アリシアは各部署の表示を確認する。

 初めての実艦勤務、初めての出港。胸の鼓動が少し速かった。

 けれど声だけは平静を保った。


「全艦、出港準備よし」

「よろしい」


 レイが前を見る。


「係留解除」

『係留解除』


 船体を桟橋へ固定していた磁気係留器が順番に外れる。

 〈エデン〉の船体がわずかに揺れた。


「重力制御、出力十五パーセント」

「十五パーセント」


 海面に浮かんでいた巨大な黒い船体が、ゆっくりと水から離れ始める。

 艦腹から海水が滝のように流れ落ちる。

 桟橋の整備員たちが帽子を押さえながら、上昇する〈エデン〉を見送っていた。


「高度百」

「上昇継続」

「二百」

「進路、上昇回廊へ」


 巨大なリングを背負った潜航艦が、まるで重量など存在しないかのように空へ上がる。

 軍港が小さくなっていく。

 海岸線と都市。そして空の雲。

 やがて空の青が濃くなり、黒へ変わった。


「大気圏離脱」


 ノエルが報告する。

 疑似窓の向こうに、惑星アルヴィオンの青い曲線が見えた。

 アリシアは一瞬だけ、その光景に見入った。

 これが初任務。


 そして──


 この時の彼女にとっては、ただの訓練航海だった。


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