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亜空間の楽園〜宇宙を潜る独立国家〜  作者: 篠乃丸@綾香
第一章 亡国の潜航艦
12/13

第十二話 作戦


西暦2507年10月7日

首都惑星アルヴィオン軌道上

大辰帝国第7艦隊 整備集結宙域


 戦争が終わった後の宇宙は、戦っていた時よりも忙しかった。


 降伏した王国軍艦艇の収容や、味方の救難活動、補給作業など、第7艦隊の周囲では大小無数の艦艇が絶えず動き続けている。

 その一角、通常艦艇から少し離れた整備宙域に、〈赤月〉〈雲龍〉〈雷鯨〉の三隻の黒い潜航艦が浮かんでいた。

 三隻とも亜空間から浮上し、第7艦隊所属の工作艦から伸びた作業艇や無人整備機に取り囲まれている。

 原因は同じだった。

 数時間前、正体不明の潜航艦が放った一本の魚雷。爆発もしなければ、装甲を傷つけることもなかった。

 にもかかわらず、その一発によって第2潜航艦隊でも特に精鋭とされる三隻は揃って戦線から外されていた。


「もう一度言え」


 〈赤月〉の発令所で、岳 飛燕中佐は整備士から届いた診断結果を見ながら顔をしかめた。


『ですから、艦そのものは正常です』

「じゃあ潜れるだろ」

『潜れます』

「なら問題ない」

『戦闘ができません』

「問題あるじゃねぇか」


 岳が言うと、通信画面の向こうで工作艦の技術士官が露骨に嫌そうな顔をした。


「具体的には?」

『主因果探知器の基準座標が破損しています』

「壊れてるってことか?」

『物理的には壊れていません』

「じゃあ何なんだよ」

『だから厄介なんです』


 技術士官が表示を送ってくる。

 〈赤月〉の因果探知器が現在認識している周辺宙域。

 そこには、本来何も存在しないはずの空間に、十数本もの位相航跡が表示され続けていた。


「……あの時の航跡、まだ残ってるのか?」

『はい』

「妨害はとっくに終わっただろ?」

『外部の位相乱流自体は収束しています』

「だったらなんで消えない?」

『そうならないから困ってるんです』


 あの魚雷が発生させた強烈な位相パルスは、単純にセンサーへ偽情報を送り込んだわけではなかった。

 周囲の亜空間そのものへ、潜航艦が通過した時と酷似した痕跡を大量に作り出した。

 それだけなら時間とともに消える。

 問題は、三隻の因果探知器が、その状態を「正しい亜空間」として記録してしまったことだった。


『現在、航跡履歴と自艦位相基準の再較正を行っています。終わるまで高精度探知は保証できません』

「どれくらいだ?」

『早くても十時間』

「長い」

『嫌なら、そのセンサーで潜ってください』

「……やめとく」


 岳中佐は素直に諦めた。

 確かにこの状態でも船を動かすだけならできるし、魚雷だって撃てる。

 だが結局のところ、敵と自分の位置関係すら信用できない状態で潜航艦戦を行うのは、自殺となんら変わらない。


「曹さんと九条の船は?」

『〈雲龍〉が最も重症です』

「まあ、真正面だったからな」


 岳中佐は苦笑する。


『〈雷鯨〉は未来位置予測系の誤差が基準値を超過。〈赤月〉は自艦航跡と外部航跡の識別異常』

「三隻全部、違う壊れ方しやがったのか」

『はい。原因は同じですが不調箇所は微妙に違います』


 岳中佐は椅子に深く座り直した。

 あの不明艦を追えないのは致し方ない。今は修理に専念して、他の人員に任せるほかないだろう。

 しかしそれ以上に、第2潜航艦隊で最も精鋭と言われる自分たちに奇妙なバグを残していったあの艦のことを、岳中佐は面白い相手だと思っていた。


「……面白ぇ魚雷だな」


 できることなら再戦の機会があれば、久しぶりに楽しめる筈だと、彼は不敵に笑った。











同時刻

〈雲龍〉艦内


 そして数キロ離れた〈雲龍〉でも、同じような検査が進められていた。

 こちらはさらに深刻だった。あの時焼きついた擬似航跡は、こちらでも残っていたのだ。


「……まだ表示されているのか」

「はい」


 曹 景岳大佐の問いに、因果士が答える。


「現在も二十七あります」

「実際の艦は?」

「整備艇を除けば、この範囲には存在しません」

「そうか」


 曹大佐は静かに表示を見る。

 ここはほとんど何もない宇宙だ。それなのに、センサーの中だけでは二十隻以上の潜航艦の反応が動いていることになる。

 潜航艦としては致命的なバグであった。


「再起動では?」

「改善なし」

「記録消去」

「それも試しました」

「だとすると、基準器そのものか」

「はい」


 曹大佐は小さく息を吐いた。

 あの正体不明艦。今思えば、攻撃の仕方そのものがおかしかった。

 撃沈するつもりなら、もっと良い射点があったはずだ。

 しかも正面から魚雷を一発だけ。あまりにも分かりやすく撃ってきた。

 あれは最初から当てる必要がなかったのだ。


「見事にやられたな」


 副長が意外そうに振り向いた。


「艦長がそう言うの、珍しいですね」

「事実だ」


 曹大佐は否定しなかった。


「こちらはあれを普通の魚雷だと思った」

「はい」

「だが、実際は違った」


 あれは兵器そのものではない。

 こちらの認識を攻撃してきた非常に厄介な兵器であった。


「次はどうします?」


 副長が訊く。


「同じ手は食わない」

「対策がありますか?」

「もちろんだ」


 曹大佐はそれだけ答えた。













同時刻

〈雷鯨〉艦内


 一方、〈雷鯨〉の方では九条 紫苑が、工作艦から送られてきた検査結果を睨んでいた。


「位置予測誤差が0.8秒残っています。最大時は1.6秒でした」


 因果士の報告を受け、九条は頭を押さえていた。


「……実戦では使えないわね」

「はい」


 通常艦艇なら、一秒程度の誤差など問題にならないこともある。

 だが潜航艦戦では違う。

 敵が見えないから、航跡から未来位置を読む必要がある。

 しかしその予測が一秒ずれれば、相手は数光年は移動しており、待ち伏せ位置そのものが外れる。

 先ほど自分が出口を読み違えたのも、完全に自身の判断だけではなかったのかもしれない。

 九条は端末を閉じた。


「修理完了までは?」

「八時間程度とのことです」

「分かった」


 九条がそんな会話をしていた時、通信が入ってきた。通信士がメインモニターに情報を表示する。


『……第2潜航艦隊司令部より〈赤月〉、〈雲龍〉、〈雷鯨〉の三隻へ』


 それは、鄭 伯龍中将の声だった。

 残る二隻の艦長達も同時に通話に参加しているようであった。


『三艦とも、完全な修理完了まで潜航禁止だ』


 岳中佐からすぐ返事が来る。


『司令、こちらは十二時間あれば戦闘も──』

『ダメだ。許可しない』


 その言葉は、司令の一言で切られた。


『お前ら三人とも、しばらく頭を冷やせ』

『俺たちは冷静ですよ』

『岳中佐。お前がそれを言うと説得力がない』

『ひどい』


 別回線から曹大佐の声。


『了解しました。完全な修理完了まで待機します』


 その言葉に、九条も続く。


「こちらも了解です」


 そして鄭司令は、最後に言葉を付け足した。


『それとお前達。あの艦の全センサーログを保存しておけ』


 その言葉に、三人とも黙った。


『次に会った時までに対策を立てろ。二度も同じ目にあったら──』


 彼は一拍置き、こう言った。


『今度は俺が笑えん』


 彼がそう言うと、司令部との通信が切れた。

 こうして第2潜航艦隊でも特に優秀な三隻は、初めて遭遇した未知の兵器によって、一時的に戦場から姿を消すことになった。















同日

セレスティア星系

潜航艦〈エデン〉


「艦長。間もなくセレスティアへの軌道に入ります」


 ノエルの声が発令所に響いた。

 同時に、正面表示に青い惑星が映る。表面の八割以上を海に覆われた、王国第二の居住惑星。

 アリシアにとっては、ほんの数日前に離れたばかりの星だった。


「……帰ってきた」


 思わず声が漏れた。

 数日前、ここを出発した時には、自分はただ〈エデン〉の副長へ任命されたばかりだった。

 明日も、明後日も、同じ国が続いていくと思っていた。

 だが帰ってきた今、王国政府は降伏して消滅の危機にあった。


「帝国艦艇の反応は?」


 レイが訊く。


「セレスティア星系内部には現在、大規模艦隊の反応はありません」


 イリスが答える。


「星系を結ぶ航路に幾つか反応はありますが、我々が先達です」

「時間はあるな」


 レイはそう言うと、通信席を見る。


「通信」

「はい」

「指定回線を開け」

「どこに?」


 レイが座標情報を送る。

 ルカはそれを確認し、眉を寄せた。


「……王室警護隊?」

「そうだ」


 アリシアが振り向く。


「近衛隊に連絡するんですか?」

「ああ」

「なぜ?」

「……今から説明しよう」


 レイはそう言うと、乗組員の士官達を会議室に集めるように言った。


 そして約十五分後、主要士官達が狭い会議室へ集められた。

 中央のテーブルにはセレスティアの立体地図が表示されている。

 惑星のほとんどは青で、その中に点在するわずかな陸地。海上には巨大な浮体式都市が存在し、その中に一点だけ赤い表示があった。


「情報によると、王女殿下は現在ここにいる」


 レイが言った。

 アリシアの目が大きくなる。


「海上離宮?」

「そうだ」


 表示されたのは、セレスティア北半球の海上都市群から少し離れた場所。

 王室が所有する海上離宮だった。


「どうしてここに?」

「開戦前、首都への攻撃を想定して避難させられた」


 レイの言葉に、ルカが補足する。


「記録があります。政府高官の一部と王族は、非常事態宣言の直前から分散避難を開始しているそうです」

「じゃあ……」


 アリシアがレイを見る。


「殿下はまだ帝国軍に拘束されていない?」

「今のところは」

「警護は?」

「王室近衛隊が行なっている」


 レイは表示を切り替える。

 海上離宮周辺には、暗殺者やテロリストを監視する無人の警備艇や対空設備、そして地上部隊の隊員らがいる。


「現在、近衛隊は王国政府から武装解除命令を受けている」

「なら、もう降伏してるんじゃ……」

「いや、まだだ」


 ルカが通信記録を開く。


「先ほど接触しました」


 アリシアが驚く。


「もう?」

「艦長が到着前から通信文作ってたんですよ」

「……早くない?」


 レイは答えない。

 まるでセレスティアへ来る前から、この展開を想定していたかのようだった。


「近衛隊は降伏命令を受信している」


 レイが説明する。


「だが王女殿下の扱いについて、政府から具体的な指示がない」

「帝国へ引き渡せ、とは?」

「まだ届いていない」

「だから迷ってる?」

「そうだ」


 近衛兵達にとっても、状況は単純ではなかった。

 政府が降伏し、軍人である以上、その命令には従わなければならない。

 しかし、彼らの第一の任務は王族を守ることだ。法律上彼らの優先任務は通常の軍人からは少し外れている。

 政府から「王女を帝国軍へ引き渡せ」という明確な命令が届いていない以上、自分達から勝手に王女を差し出してよいのか、判断できずにいた。


「こちらから何と?」


 アリシアが訊いた。


「〈エデン〉は機密保持命令下にある。現在の中央政府は占領下に移行しつつあるため、命令系統の真正性を確認する必要がある、と伝えた」

「それで?」

「返答待ちだ」


 その言葉に、カイが腕を組む。


「もし近衛が断ったら?」

「別案を考える」

「力ずくでは?」

「やらない」


 レイは即答した。


「近衛兵は敵ではないからな」


 そこは迷わなかった。

 その言葉に、アリシアは僅かに安心した。

 しかし、問題はまだある。


「……仮に近衛隊が協力してくれたとして」


 アリシアは惑星図を見る。


「どうやって殿下を〈エデン〉まで連れてくるんです?」

「こちらから迎えに行く」

「え?」


 表示が変わる。

 王室離宮から南西方向、約四百キロ離れた洋上に、一点が示された。


「ここ、何もないですけど」

「海上で合流する」


 レイはきっぱりとそう言った。

 その言葉に、グレンが納得したように頷く。


「なるほどな」

「何がです?」

「〈エデン〉を港に入れたくないんだろ」


 アリシアも理解する。

 人がいる軍港へ入れば、〈エデン〉の存在が記録され、降伏後の王国軍組織に位置を知られる可能性がある。

 そこから帝国側へ情報が流れる可能性も、無きにしも非ずだ。


「海上離宮から近衛隊の航空艇か高速艇で王女殿下を移送」


 ノエルが航路を確認する。


「〈エデン〉は沖合で待つ?」

「そうだ。万全を期すため直前まで水中待機だ」

「……水中?」


 レイの言葉に、ルカが首を傾げる。


「この船、宇宙船ですよね?」

「潜航艦だ」

「いや、そういう意味じゃなくて」


 グレンが笑う。


「重力制御がある。耐圧も十分だ」

「潜れるんですか?」

「潜れる」

「何のために?」


 レイが答える。


「こういう時のためだ」

「いや、絶対違うと思います……」


 ノエルが少し笑った。


「でも、それなら目立ちませんね」


 セレスティアは海洋惑星だ。

 都市部を外れれば、海はあまりにも広い。

 宇宙から一隻の艦を隠すより、海中へ沈めてしまった方が見つけにくい。


「海中まで亜空間で入るんですか?」

「いや」


 アリシアの問いに対し、レイが惑星周辺の重力分布を示す。


「この距離では重力アンカーが強すぎる。深層潜航はできない」

「通常空間へ浮上して、大気圏突入?」

「そうだ。それも目立ちにくい夜間に行う」

「それから重力制御で海上へ降下?」

「海中まで降りる」


 アリシアは少し考えた。

 確かに重力アンカーの存在がある以上、降下するにはそれしか方法がない。夜間に行うのも理にかなった作戦だった。

 アリシアが考えていたその時、ルカの端末が鳴った。

 全員の視線が集まる。


「艦長。先ほどの王室近衛隊からです」


 ルカの言葉に、レイが即座に言う。


「繋げ」


 立体表示が切り替わる。

 音声のみの表示だったが、確かに相手と繋がっているようだった。


『こちらセレスティア王室近衛隊』


 相手は硬い男の声だった。

 緊張しているのが分かる。


『深層試験潜航艦〈エデン〉。貴艦の身分照合を要求する』

「通信、送れ」


 ルカが認証情報を転送する。

 数秒間の沈黙の後、相手側が反応した。


『……確認した。こちらも状況が混乱している』


 レイが答える。


「承知している」

『政府から降伏命令は届いている。だが王女殿下の身柄について、正式な指示がない』


 会議室が静かになる。


『我々は近衛だ。政府の命令には従う前に、王族を守るのが我々の任務だ』


 彼らは迷っている。

 これはまさに、レイが予想していた状態だった。


「こちらから提案がある」


 レイが言う。


『聞こう』

「王女殿下を本艦へ移送してもらいたい」


 アリシアは思わずレイを見る。

 それを他所に、レイは続ける。


「帝国軍が来る前に」

『……合流地点は?』


 中央の惑星図に、先ほどの海上の合流地点が表示される。


「ここだ」

『その先は?』

「我々が引き受ける」


 通信の向こうが、長く沈黙した。


『それは──』


 男の声が低くなる。


『王女殿下を連れて逃亡する、という意味か?』

「違う」


 レイは即答した。


『では何だ』

「命令を確認する」

『……命令?』

「現在の王国政府は帝国軍の管理下へ入りつつある」


 レイは変わらない声で説明する。


「しかし我々には、〈エデン〉の機密保持命令が残っている」

『命令と矛盾しているぞ』

「そうだ。だからこそ、どちらに従うべきか確認する」

『王女殿下に?』

「そうだ」


 再び沈黙が流れた。

 そこでアリシアはようやく気づき始めていた。

 レイが言う「命令の回収」とは、単に古い命令書を受け取りに来たという意味ではない。

 自由な意思で命令を発することのできる人間、その存在そのものを、帝国軍が来る前に確保しようとしている。


『……少し時間をくれ』


 近衛隊の男が言った。


『我々だけでは決められない』

「構わない」

『殿下にも確認する』

「当然だ」


 ここで初めてレイは少しだけ声を強めた。


「もちろん、本人が拒否した場合は、この話は終わりだ」

『……分かった』

「三十分後、再接触する」

『了解した』


 そうして、通信が切れた。

 会議室に静寂が戻る。アリシアはレイを見て、こう言った。


「艦長」

「何だ」

「最初から、これを考えてたんですか?」

「何を」

「セレスティアへ来て、王女殿下を連れて行くことです」


 その言葉に、レイは少しだけ黙ってからこう言った。


「可能性の一つとして考えていた」

「……本当に?」

「ああ」


 アリシアは完全には信じられなかった。

 彼の行動は、あまりにも全てが早すぎる。


「副長」

「はい」

「上陸要員を選定しろ」

「……上陸するんですか?」

「近衛隊が受け入れた場合に備える」


 レイは海上離宮を示した。


「我々も迎えに行く」


 アリシアの表情が変わる。


「誰が?」

「君だ」

「……私が?」

「ああ」

「どうして」

「王女と歳と性別が近い」

「……それって理由ですか?」

「それだけではない」


 レイはアリシアを見る。


「私だけでは、信用されにくい」


 グレンが吹き出した。


「そこは分かってるんだな」

「事実だからな」

「自覚あったんですね……」


 アリシアは頭を抱えた。

 だが、断るつもりはなかった。

 中央の立体図に表示された青い海。その中に浮かぶ小さな王室離宮。

 そこに、まだ十五歳の王女がいる。

 国が降伏した直後、何をするべきかも分からないまま、帝国軍が来るのを待っている。


「……分かりました」


 アリシアは頷いた。


「行きます」

「よし」


 レイは惑星図を拡大する。

 セレスティアの青い海に、一本の航路が描かれた。


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