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亜空間の楽園〜宇宙を潜る独立国家〜  作者: 篠乃丸@綾香
第一章 亡国の潜航艦
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第十一話 ノイズ

アルヴィオン近傍 亜空間

大辰帝国910型潜航艦〈雲龍〉


 発令所に警報が響き渡る。

 曹大佐は正面の戦術表示を見据えた。

 正体不明艦から放たれた魚雷との距離は、急速に縮まっている。しかし必中の距離にも関わらず、魚雷は誘導することなく直進したままだった


「艦長、魚雷は──」


 因果士が異変に気づいたその瞬間。

 その魚雷が作動した。


「……!」


 爆発ではなかった。

 何かのパルス波のような波がきて、亜空間そのものが一瞬だけ震えた。

 それに音も光も宿っていないはずだが、〈雲龍〉の因果探知装置が一斉に反応を始めた。


「なっ……!」


 因果士が息を呑む。


「艦長! 反応増大しています!」

「何だ!?」

「前方に潜航艦の反応!」


 数値が跳ね上がる。


「12、15……まだ増えます!」


 戦術表示が、一瞬で反応に埋め尽くされた。


「何だこれは……」


 副長が絶句する。

 表示されている位相航跡と現実保持場、そして遷移反応は、どれも潜航艦そのものにしか見えない。

 異なる深度、異なる方位、いや、あらゆる方向へ無数の航跡が走っている。


「対象艦、識別不能!」

「同一航跡が分岐しています!」


 曹大佐は突然の出来事に表示を睨む。

 まさか、潜航艦が突然三十隻も現れたわけではない。冷静に考えてこれはブラフだ。


「妨害だ」

「艦長?」

「魚雷が偽の航跡を出して惑わしてるんだ」

「魚雷が……?」


 曹大佐はすぐに理解した。


「そうだ。存在しない偽の航路をこちらに読み取らせているだけだ」


 因果士が振り向く。


「ですが、そんな兵器は──」

「俺も知らん」


 曹大佐は短く答えた。

 そのまま因果士へ指示を飛ばす。


「魚雷作動前の航跡を出せ」

「ログですか?」

「直前三分まで遡れ」

「りょ、了解!」


 この状況では現在の探知情報は使えない。ならば汚染される前の情報を使うしかなかった。

 画面が切り替わる。正体不明艦の航跡のログだ。


「最終進路から予測線を引け」

「はい!」

「相手の現在速度、深度変化、惑星重力アンカーの影響を加味しろ」

「現在計算中!」


 曹大佐は結果が出るまで待った。

 たった数秒だが、潜航艦戦ではその数秒が長く感じられた。


「予測位置算出!」


 表示に一つの領域が出る。


「ここです!」

「センサーを集中させろ」

「了解!」


 因果士がセンサーを集中させる。

 無数の偽航跡の中から本物の航跡を探そうとする。

 しかし……


「……反応なし」

「再計算だ」

「しています!」

「ダメです! 予測範囲が拡大しています!」


 曹大佐の目が細くなる。

 彼らの行動と計算は少しばかり遅かった。


「……抜けられたか」













それと同時刻

908型潜航艦〈赤月〉


 一方の〈赤月〉の方でも、同じノイズがイナゴのように大量に発生していた。


「何だこれは!」


 岳中佐率いる〈赤月〉の発令所も、戦術表示が完全に埋まっていた。


「接触数が30を超えています!」

「艦長、全部敵ですか!?」

「そんなわけあるか! ほとんどは偽物だ!」


 岳中佐は即答した。


「ですが、これでは識別できません! センサーが飽和しています!」


 岳中佐は表示を睨む。

 この状況下であるため、味方艦との連絡は取りにくかった。曹大佐の艦でも同じ障害が発生しているならば、彼は考えてから動く。

 だが岳中佐はそんなまどろっこしいことはしなかった。


「因果士、ログを全部消せ」

「艦長?」

「いいから!」


 そうして戦術表示から全ての反応が消された。

 その行動に副長は唖然とする。


「どうやって探すんです?」

「俺の勘に頼るしかない」

「またですか!?」

「センサーが信用できないからな」

「艦長の感覚はもっと信用できません!」


 副長がそう言うが、岳中佐は構わなかった。

 あの艦がセレスティア方面へ逃げているとしたら、通るルートは限られている。なら自分ならここを通ると思う場所を、感覚だけで引っ張り出してしまえばいい。


「航法、右舷30度、深度レイヤー2.8に30秒で付け!」

「艦長、根拠は?」

「俺ならそこ行く!」

「艦長なら、でしょう!」

「いいから行け! まぐれでもいい!」


 その途端、〈赤月〉が加速する。

 偽航跡の中を突っ切り、予想地点へ一直線に。


「前方に反応あり!」


 岳中佐が笑う。


「ほらな!」

「待ってください、確認します!」


 本物かどうかを、因果士が最終的に解析する。

 しかし、岳中佐の期待していた答えではなかった。


「……艦長、違います!」

「何?」

「確度の高い反応でしたが、これも疑似航跡です!」

「……」


 その一瞬、岳中佐は黙った。

 その後も周辺の航路を辿ろうとする。


「左舷側に新反応!」

「そっちは?」

「……これは偽物です!」

「後方は?」

「……ダメです、偽物だらけです!」


 副長が呆れた顔をする。


「艦長……」

「何だ」

「完全に外してますが……」

「分かってる……」


 岳は静かに舌打ちをした。

 それは自分の予想が外れた事に対する自分への苛立ち。しかし、彼はどこか楽しそうだった。


「やるじゃねぇか……」













それと同時刻

912型潜航艦〈雷鯨〉


 その一方、九条中佐も戦術表示を見つめていた。

 彼女はノイズを確認した当初は冷や汗をかいていたが、すぐに冷静になり、他の二隻とは違い真正面から動こうとしなかった。


「艦長、これは……」

「ほとんどが偽物でしょう」

「ですが、確度が高い情報も混ざっています」

「無駄だ。これをいちいち解析している間に逃げられる」


 九条は進路図を開く。


「しかし、奴の予想される目的地は分かっている」


 相手がもし本当にセレスティアを目指しているなら、どれほど航跡を撒こうと、最後には出口へ向かわなければならない。


「脱出経路を封鎖する。艦をここへ」

「了解です。進路170、前進強速!」


 九条中佐が指した後方の一点へ向かい、〈雷鯨〉がそれなりに速い速力で進む。

 敵の現在位置ではなく、状況と相手の思考からルートを割り出す。先ほど〈アストライア〉を追い詰めた時と同じ、九条中佐の得意な先回りの戦いであった。


「予定地点に到達」

「機関停止!」


 予想地点に到達すると、ノイズはたちまちクリアになっていた。

 推進機を停止させ、〈雷鯨〉は完全にその空間に止まる。そして艦内のリソースを全てセンサーに集中させた。

 それから数十秒待った。

 それは一分になり、三分になり、五分となった。


「……艦長」

「もう少し待って」


 状況が収まる五分間まで待っても、結局相手の反応は現れなかった。


「反応、なし……」


 九条中佐の眉が僅かに動いた。


「……別経路を再計算」

「了解。再計算します」


 しばらく待ったのち、戦域図が更新される。

 そして、その情報に因果士が息を呑んだ。


「……艦長」

「何?」

「セレスティア星系方面に……極微弱な航跡を確認しました


 九条が表示を見る。

 彼女が予想していた出口ではない。

 そのさらに外側で、重力アンカーの影響下。通常なら潜航艦が避ける不安定な経路であった。


「ここを抜けられたの……?」

「はい」


 九条は黙った。

 自分なら選ばないルートだった。他の二人もそうだし、ましてや普通の潜航艦乗りならまずまず選ばない。

 だからこそ、このルートは包囲網の認識の外にあった。


「……」


 距離からして今から追いつくのは不可能だった。九条中佐はその間、もうほとんど消えかけている航跡を見つめた。


「奴は……何者なんだ……?」


 そして誰に言うでもなく、小さく呟いた。










同時刻

深層実証実験潜航艦〈エデン〉


「帝国潜航艦反応、遠ざかります」


 〈エデン〉の艦内発令所にて、因果士のイリスがそう報告する。


「……三隻とも、追跡位置から離脱しました」

「本当に追ってこないの?」


 アリシアが改めてイリスに訊く。


「……少なくとも今は」


 イリスは半信半疑ながらも、そう報告した。

 その間、ノエルが航法表示を確認する。


「セレスティア方面、航路クリア。このまま直進します」


 その言葉の途端、発令所にようやく僅かな安堵が流れた。

 緊張していたルカが大きく息を吐く。


「……死ぬかと思った」


 カイが言うが、アリシアが嗜める。


「縁起でもないこと言わないで」


 アリシアはそう返しながら、側で全ての指揮をとっていたレイを見た。


「艦長」

「何だ」

「さっきの魚雷、何だったんですか?」


 その問いかけに、レイは簡単に答えた。


「パルス波魚雷、正式には試作位相攪乱魚雷だ」

「名前はさっき聞きました……」


 その言葉を受け、レイは戦術表示を操作した。

 先ほど魚雷が作動した地点を拡大表示する。そこにはまだ大量の疑似航跡が残っていた。


「弾頭内部に小型の位相発振器(アクティブパルス)を大量に搭載している」

「アクティブパルスを?」

「それで亜空間を掻き乱す魚雷だ。効果は今見た通り」


 説明が足りない説明に、アリシアが少し嫌な顔をした。


「……もう少し分かりやすくお願いします」


 その言葉を受け、レイは少し考え、よりわかりやすい説明を行う。


「副長」

「はい」

「潜航艦が亜空間で敵艦を捜索する際、まず何を見ている?」


 その問いかけには、コンソール前のイリスが答えた。


「位相航跡。それから、現実保持場の歪みも」

「そうだ」


 レイはその回答に頷く。


「ならば自艦の航跡や力場を大量に配置すれば、相手からはノイズになる」


 その説明を聞いて、今まで理解していなかったルカも、ようやく納得した。


「なるほど。つまり自分の偽物をばら撒いているんだ」

「正確には、そのような装置ではない」

「え?」

「航跡そのものは本物だ」


 レイが説明を続ける。


「魚雷が亜空間へ局所的な位相変動を与え、潜航艦が通過した時と似た現実場の乱れを意図的に作る。つまり──」


 そして、説明を聞いていたアリシアが表示を見る。


「つまり帝国艦からすれば、同時に何十隻も潜航艦がいるように見えると?」

「……そうだ」


 その説明を聞いて、イリスが静かに頷いた。


「合点がいった」

「なにが?」

「これはセンサーを騙してるというより、センサーが正しく読んだ結果、人間が判断に迷うことを誘発させている」


 その言葉に、アリシアは薄ら寒いのを覚えた。


「何それ」

「実際に航跡があるからこそ、指揮官が迷ってしまう。その数秒を誘発させる兵器」

「……なんか、嫌な兵器ね」

「それ故とても有効」


 イリスは淡々と言った。

 その言葉に、カイも賛同した。


「艦長、これは敵魚雷の誘導にも影響するはずですよね?」

「ああ」

「そうなの?」

「位相基準そのものを乱すなら、近距離での誘導線も不安定になる」

「かなり強力じゃない」

「だから試作されていた」


 その言葉に、アリシアはギョッとした目でレイを見た。


「……ってことは、まだ量産されていないんですか?」

「ああ」

「何本積んでるんです?」

「今ので撃ち止めだ」


 レイは即答した。


「……はい?」


 アリシアが聞き返す。


「試験用のため、本艦には一本しか搭載していない」

「一本!?」


 その言葉に、ルカまで振り返った。

 発令所の全員がレイを見る。


「ちょ、ちょっと待ってください艦長!」

「何だ」

「それ、唯一の試作弾だったんですか?」

「ああ」

「それをいきなり使ったんですか!?」

「必要だからな」

「もう一回同じ状況になったら?」

「別の方法を考える」

「軽い!」


 アリシアは額を押さえた。


「もっとこう……切り札を大事にするとかないんですか?」

「切り札は必要な時に使うものだ」

「それはそうですけど!」


 そんな応酬にも関わらず、レイは特に気にした様子はなかった。

 そして彼は、戦術表示から帝国潜航艦の反応が遠ざかっていくのを静かに確認し、ノエルの方を向いた。


「それより航法長」

「はい」

「現在位置は?」

「アルヴィオン重力圏外縁を通過しました」


 ノエルが答える。


「このまま進めば、2時間ほどでセレスティア方面への遷移経路に入ります」

「よし」


 レイは正面を見る。


「進路そのまま」

「了解」


 レイの指示を受け、〈エデン〉は針路を変えなかった。

 その後方では、まだパルス波魚雷が作り出した無数の偽航跡が亜空間を漂っていた。

 一方で、本物はすでにアルヴィオンを離れている。

 ただ、これで終わったわけではない。

 むしろ、これから何をするつもりなのか、レイ艦長が何を考えているのか、アリシアにはその方が気になった。


「……艦長」

「何だ」

「セレスティアに着いたら、命令を回収するだけ、ですよね……?」


 一度言葉を選ぶ。

 レイはその問いに対し、正面を見たまま答えた。


「ああ」


 彼はそれ以上、何も説明しなかった。

 そして〈エデン〉は、王国の降伏した首都を背に、まだ占領されていない第二の星セレスティアへ向け、静かに亜空間を進んでいった。


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