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亜空間の楽園〜宇宙を潜る独立国家〜  作者: 篠乃丸@綾香
第一章 亡国の潜航艦
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第十三話 王女エレノア

西暦2507年10月7日

セレスティア 北半球海域

王室離宮沖


 セレスティアの夜間。

 惑星表面の八割以上を占める海洋は、遠くの海上都市から漏れる光を受けながらも、沖合へ出ればすぐに黒一色になる。

 その海の下、水深百数十メートルに、一隻の黒い船が音もなく潜航していた。〈エデン〉である。

 本来は宇宙空間と亜空間を航行するために建造された船だったが、その船体は海水の圧力程度では問題にならない。


「……本当に海に潜ってる」


 発令所でルカが呟いた。


「設計上は問題ないからな」


 それに対してレイが答え、グレンの声が機関部から入る。


『外殻応力、設計値の誤差範囲だ。むしろ亜空間よりよっぽど優しい』

「比較対象がおかしいんですよ」


 ルカが返す。

 アリシアはそんな会話を聞きながら、外部カメラの映像を見ていた。

 暗い海の中からは照明が見えない。しかし遠くに、いくつかの光。

 王室近衛隊が使用する小型の高速艇だった。


「予定航路上に小型艇です」


 イリスが報告する。


「識別信号一致」

「近衛隊ね」


 アリシアが息を吐く。


「人数は?」

「十二」

「王女殿下は?」

「誰が誰かはわからない」


 ルカが通信を開く。


「先方から暗号通信」

「繋げ」


 通信が繋がれ、相手側の指揮官が出てきた。


『こちら王室近衛隊』


 先ほど通信した男と同じ声だった。


『指定地点へ到達した』

「こちらも確認しました」


 アリシアが答える。

 通信の向こうで、一瞬だけ間があった。


『……副長か?』

「アリシア・セレス少尉です」

『若いな』

「よく言われます」

『よし。殿下は同乗している』


 その一言で、アリシアの表情が変わった。


「ご本人の意思は?」

『確認した』

「何と?」

『貴艦に乗る、と仰っている』


 レイは短く頷いた。


「了解した。では──」

『ただし』


 近衛隊員の声が少し低くなる。


『我々は王女殿下を引き渡すつもりはない』

「……どういう意味です?」


 アリシアが訊く。


『我々も同行する』


 会議室で話していた時には想定していなかった答えだった。

 レイは少し考える。


「人数は?」

『王女殿下を除いて十一名』

「武装は?」

『個人火器のみ』

「では持ち込んで構わない」


 アリシアがレイを見る。


「いいんですか?」

「艦内に余裕はある」

「そうですけど」

「王女を守るための武装だろう?」

『その通りだ』


 通信越しに近衛隊員が答えた。

 やがて、高速艇が〈エデン〉の真上で停止した。


「接触準備」

「上部エアロック解放」


 グレン。


『海水遮断正常』

「ドッキングアーム展開」


 船体上部から小型の接続機構が伸びる。

 高速艇が姿勢を合わせる。


「接続確認」

「気密は?」

『正常です』

「よし。排水開始」


 数十秒かけて、上部乗降区画から海水が排出される。アリシアとレイは発令者から移動し、ハッチの前で待っていた。

 しばらくして、ハッチが開かれる。

 近衛兵が二名。その後ろに、一人の少女がいた。

 最初に入ってきた近衛兵は、王国軍の制服ではなく、濃紺を基調とした王室警護隊の戦闘服を着ていた。

 手には小銃を持っているが、銃口は下げている。

 その後ろから、金色に近い淡い髪の少女が現れた。

 十五歳の第一王女、エレノア・アルヴィオンである。アリシアとレイは姿勢を正した。


「王女殿下。王立宇宙軍少尉、アリシア・セレスです」

「本艦の艦長のレイ・アルスターです」


 それに対し、近衛兵も敬礼で返してくる。

 その一方、エレノアは少しだけ困ったような表情をした。


「貴方達は今も王立宇宙軍なのですか?」


 アリシアは答えに詰まった。


「……私は、そう思っています」

「そうですか」


 エレノアは小さく頷いた。

 そして、レイを見る。


「あなたが、レイ・アルスター艦長ですか?」

「はい」

「……噂はかねがね」


 二人のやりとりに、アリシアは不思議に思って恐る恐る聞いてみた。


「あの、殿下、艦長の方を知っておいでて?」

「ええ、知っています。母から聞いたことが」


 エレノアはレイを見る。


「エマ・アルスター博士の息子」

「はい。その通りです」

「……では艦長殿」


 その言葉の途端、少女の表情が少し硬くなった。


「私を連れて、どこへ行くつもりですか?」


 レイは答えた。


「まだ決めていない」

「……決めていない?」

「まずここを出ます」

「その後は?」

「貴方に決めていただきたい」


 あまりにも簡単な答えだった。

 エレノアはしばらくレイを見つめる。


「私に、何をさせたいのです?」


 レイは少しだけ黙った。


「命令を

「命令?」

「この艦には、機密保持命令が残っています」

「……」

「一方、降伏後の政府からは武装解除命令が出ている」

「ええ」

「両方を同時には守れない」

「だから私に?」

「はい」


 エレノアはそこで初めて、レイが自分を連れ出した理由を理解し始めた。


「私に、決めろと?」

「最終的にはな」

「……館長が決めても良いのでは?」

「それでは納得しない人がいる」


 アリシアは額を押さえた。


「艦長、もう少し言い方というものを……」


 だがエレノアは、ほんの少しだけ笑った。


「分かりました」


 そして〈エデン〉の内部へ足を踏み入れる。


「まずは、この船がどういう船なのか、教えてください」


 その言葉に、レイは踵を返した。


「副長」

「はい?」

「任せた」

「私!?」

「同年代だ」

「それだけで全部押しつけないでください!」


 エレノアは今度こそ、小さく笑った。














大辰帝国

908型《黒月型》潜航艦〈満月〉


 セレスティアに侵入し、王女を回収した〈エデン〉と同時刻。

 それを追いかけて、刺客がセレスティアに入り込もうとしていた。


「対象が速いことは分かっている」


 大辰帝国の量産型潜航艦、908型潜航艦三隻は、亜空間に潜みながらセレスティアへ向かっていた。

 内訳は〈満月〉を臨時旗艦とし、〈明月〉と〈渦月〉を含む三隻の戦隊。

 そのうち〈満月〉の艦長は戦域図を見ながら言った。


「無理に追いかける必要はない。相手がセレスティアを目指しているなら、出口で待ち伏せればいい」


 発令所にいた士官達が頷く。

 相手の目的は不明だが、いつまでも惑星にいるわけではない。

 離脱するなら、重力アンカーの影響で使用可能な亜空間航路はある程度絞られる。

 追いかける必要はない。

 出てくる場所を押さえればいい。


「〈明月〉と〈渦月〉を予定位置へ。網を張るぞ」


 戦域表示に二つの友軍反応、〈明月〉と〈渦月〉が後方にいる。一定距離を空け、並ぶように停止している。

 そして〈満月〉だけが、その前へ出ていた。


「我々が接触。対象がこちらを回避すれば、〈明月〉と〈渦月〉が捉える」

「そのまま進んできた場合は?」


 副長が訊く。


「まず我々が止める」

「交戦規定は?」

「まず浮上を要求」

「拒否された場合?」

「足を止める」


 艦長は淡々としていた。


「撃沈は最後だ」


 相手は形式上はまだ、降伏した王国軍所属艦かもしれない。

 無闇に沈める必要はない。


 そして、待ち始めてから二十七分。


「接触反応」


 因果士が声を上げた。


「前方、距離32万。深度レイヤー2.2、進路はこちらへ」


 艦長がすぐ表示を見る。


「識別」

「前回記録と照合中」


 数秒待つと、すぐに結果が出た。


「一致率は78%です」

「低いな」

「ですが航跡特性、速度ともに対象艦と推定」


 艦長は考える。

 相手は速い、そのことは分かっている。


「〈明月〉、〈渦月〉へ。予定通り、本艦の後方にて待機」

「了解」


 後方の二隻も動き始めた。

 〈満月〉を回避した場合、左右から包む位置である。


「対象、なおも接近」

「距離26万」

「こちらを認識しているはずです」

「止まらないか」

「はい」


 艦長の表情が険しくなる。


「警告通信」

「送信します」


 そして、以下の文章が送信された。


『前方の王国軍潜航艦へ。こちら大辰帝国宇宙軍。貴艦は降伏協定に反し、指定宙域外を航行している。直ちに遷移率を0.0A/cまで低下。通常空間へ浮上せよ』


 しばらく待つ。

 相手からの応答はなかった。


「再送しろ」

「はい」


 もう一度。

 しかし、返事はない。


「……やる気ですか?」


 副長が呟く。

 艦長はまだ撃たない。


「……発射管準備。一番から四番」

「了解。魚雷、一番から四番装填」

「射撃諸元」

「入力中!」


 敵との距離は二十万にまで縮まっている。

 十分な射程であった。

 だが相手は前回、因果探知器を狂わせる未知の兵器を使っている。ならば撃つ直前まで油断できない。

 そこで艦長は、最後に曖昧さを消す選択をした。


「アクティブパルスを準備」


 因果士が一瞬振り返る。


「使いますか?」

「ああ」

「こちらの位置が露見します」

「もう相手には分かっている」


 アクティブパルスとは、潜航艦にとって最も的確な探知方法である。

 例えて言うなら、過去の潜水艦におけるアクティブソナーに近い。

 強力な位相波を周囲へ放ち、帰ってきた反応から対象の位置と状態を強制的に確認する。

 精度は高い。だが同時に、自分自身の位置も相手へ知らせる。

 静粛性を第一とする潜航艦が、自ら「ここにいるぞ」と叫ぶ行為に近い。


「発射管は?」

「一番から四番、射撃準備完了」

「よし」


 そして、艦長が命じた。


「パルスを打て」

「了解。アクティブパルス照射!」


 その瞬間、〈満月〉から強力な位相波が放たれた。

 波は亜空間を走る。前方の対象へ到達し、反射し、戻ってくる。


「反応取得! 距離18万4000!」

「目標位置を確認!」


 水雷長が叫ぶ。


「よし。射撃諸元更新──」

「待ってください!」


 その時、因果士の声が響いた。

 艦長が振り向く。


「どうした」

「反応がおかしいです! 相手艦には現実保持場がありません!」

「……何?」


 艦長は表示を見た。

 前方には確かに潜航艦らしき位相航跡がある。

 だが、艦そのものを亜空間に保持する現実場がないと言う反応が入ってきた。


「対象質量、想定値の1%以下です!」

「これは───デコイか!」


 艦長の顔色が変わる。

 発令所が凍りついた。


「本物を探せ!」

「パルス反射を解析しろ!」


 因果士が表示を広げる。

 先ほど放ったアクティブパルスは、前方だけに飛んだわけではない。

 球状に周囲全体へ広がっていた。

 その中から、反射情報を割り出して再確認する。


「……?」


 そして、因果士の指が止まった。


「か、艦長!」

「何だ」


 彼の声が変わっていた。


「右舷側、距離2000に信頼度99%の反応があります!」


 一瞬、誰もその言葉の意味を理解しなかった。

 近すぎる。

 〈満月〉が正面のデコイに意識を向けている間、何かがすでに真横まで来ていた。


「本物です!」


 彼はほとんど叫ぶように報告した。

 〈満月〉の右舷側の真横、亜空間の暗闇の中に、巨大な現実保持場がゆっくりと浮かび上がっていた。

 それは〈エデン〉だった。

 獲物として追い込まれていたのではない。最初から狩人として、〈満月〉のすぐ隣へ回り込んでいたのだ。


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