幕間2:後悔と決意
アドレイア王国の王都『アドレイア』、そこに存在する王城の最奥にある王の執務室は、ひどく重く、沈痛な空気に包まれていた。
「……手がかりは、未だ何1つ掴めぬというのか」
「はい。近衛騎士団の精鋭を総動員し、王都周辺を捜索させておりますが、足取りは完全に途絶えております。……セレスティーネの専属メイドであったアンナの手引きと見て間違いありませんが、彼女の隠蔽工作なのか手がかりとなるものが何も残っておりません……」
金色の長髪を後ろに束ねた第一王子エスリオスの苦渋に満ちた報告に、執務机に座る金髪碧眼の国王アレクシオスは深く息を吐き、頭を抱えた。
その傍らのソファでは、正妃アルティーナがハンカチで顔を覆い、声を殺して泣き崩れていた。
「ああ、セレスティーネ……私の可愛いセレスティーネ……っ。私があの子を……あんな冷たい言葉で突き放してしまったから……っ! 守るためだなんて嘘よ、あの子を独りぼっちにしてしまったのは、私たちなのに……っ!」
「母上、お気を確かに……。くそっ、セレスティーネを傷つける奴は俺が全員叩き斬ってやるのに……っ!」
第二王子リアオスが、壁を殴りつけながらギリッと悔しげに唇を噛み締める。
「……すまない。全ては、王である私の力不足だ」
アレクシオスが血の滲むような声で懺悔した、その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音が響き、返事を待つことなく執務室の重厚な扉が開かれた。
「あらあら、皆様お揃いで。……まだ、あの『可哀想な娘』は見つかりませんの?」
扉の向こうから姿を現したのは、紫髪赤眼の豪奢な格好をした側妃、ヴェロニカだった。
悲痛に沈む国王の家族たちとは対照的に、どこかキツイ印象を与える彼女の口調に、エスリオスが鋭い視線を向ける。
「ヴェロニカ殿……! 貴女の息のかかった連中の仕業ではないのか!?」
エスリオスが声を荒げるのも無理はなかった。
他国の貴族である彼女の父は、大陸の裏で暗躍する『不穏な勢力』と繋がりがあるという黒い噂があり、エスリオスは彼女自身もセレスティーネを狙う組織の一員ではないかと疑っていたのだ。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないで。私もあの子の母親の端くれ。心配で夜も眠れませんのよ」
ヴェロニカはエスリオスの剣幕を軽く受け流し、わざとらしく胸に手を当てた。
「近衛騎士団だけでは手が足りないのでしょう? よろしければ、私が抱える『私兵』も捜索に出して差し上げますわ。荒事には慣れた者たちですから、きっと役に立ちますわよ?」
「……お気遣い感謝する。だが、これは王家が直接関わる問題だ。捜索は近衛騎士団に任せているゆえ、その気持ちだけ丁重に受け取っておこう」
アレクシオスは感情を殺した冷徹な声で、その提案をピシャリと撥ね退けた。
「……そうですか。それは残念ですこと」
あっさりと断られたヴェロニカは、扇の奥でつまらなそうに舌打ちをすると、一礼して執務室を後にした。
重い扉が閉まった瞬間、堪えきれなくなったリアオスが机を強く叩く。
「あの毒婦め……っ! どの口が心配などとほざくか! 自身の息のかかった組織の連中を使って、セレスティーネを狩り立てる気満々ではないですか!」
「やめよ。今は身内で争っている場合ではない」
激昂する息子たちを低く窘め、アレクシオスはゆっくりと立ち上がった。
窓の外、広大な王都の空を見つめる国王の背中には、確かな覚悟が宿っていた。
「……セレスティーネは生きている。あの娘は、決して運命に屈するような弱い子ではない」
アレクシオスの言葉に、アルティーナも、二人の王子も、静かに顔を上げた。
「もし……もし再びあの子がこの城へ帰ってきた時は。二度と、あのような悲しい芝居はすまい。王家の体面も、貴族の目も関係ない。私たちは、あの子を愛する『本当の家族』として接するのだ」
「……はい、父上。次こそは、兄として必ずあいつを守り抜いてみせます」
「ええ、ええ……っ。もう二度と、あの子の手を離したりいたしません……!」
権謀術数が渦巻くこの場所で、不器用にすれ違っていた家族は1人の少女の無事を祈りながら、確かな絆と決意を新たにしていた。




