幕間1:悪魔の興味
王都から離れた廃教会、その地下に存在している薄暗い空間。
そこには奇妙な形状の祭具や魔道具が立ち並ぶ私室で、ジェードは手元の資料に目を通していた。
が、不意に何かを感じ取ったのか彼の手が止まる。
「……ほう」
ジェードは資料を机に放り投げると、興味深そうに目を細め空中を見つめた。
彼が自身の『力』を分け与え、セレスティーネ王女捕獲のために『使徒』として仕立て上げた少女、アンナ。
彼女との間に繋がっていた『力』のパスが、たった今、完全に消滅したのだ。
それは即ち、彼女の敗北と『死』を意味していた。
「まさか、やられるとは思いませんでしたねぇ。それも、あんなに一瞬で完全に私の『瘴気』を焼き尽くされるとは……」
ジェードの口から怒りの言葉が出ることはなく、隠しきれない純粋な感嘆の笑みが漏れる。
アンナの両親こそ、ジェードの組織に従う人間ではあったが、彼女自身がセレスティーネ王女を逃がすために二重スパイのような真似をしていたことなど、ジェードはとうの昔に看破していた。
だが、セレスティーネ王女からの絶対的な信頼を得ている彼女の存在は、罠として利用するにはこの上ない最高の駒だったのだ。
だからこそ、彼はアンナの思惑を泳がせたまま強大な『力』を与え、最後にはセレスティーネ王女を守る『何か』を巻き込んで自爆するよう、心臓に細工まで施していたのだ。
「『使徒化』した彼女を正面から打ち破り、あの起爆の罠からもセレスティーネ王女を無傷で守り抜いた者がいる……」
ジェードは顎に手を当て、暗闇の中で思考を巡らせた。
アドレイア王国の近衛騎士団の中にも手練れはいるが、『使徒化』したアンナを単独で完全に打ち倒せる者などそう多くはないはずだ。
ましてや、あの規模の爆発からセレスティーネ王女を無傷で庇いきることなど不可能に近い。
となれば、考えられる可能性は限られてくる。
「……あの忌々しい『6人の英雄』どもが直接動いたとは考えにくいですが、奴らの息のかかった関係者か。それとも、まさかとは思いますが『神族』の介入でもあったのですかねぇ?」
ジェードの目に、暗く、底知れぬ狂気が宿る。
長きにわたる計画の要であるセレスティーネ王女の捕獲は失敗に終わった。
だが、それ以上の『未知のイレギュラー』の存在が、彼の闘争心と知的好奇心を激しく刺激していた。
「誰か」
「はっ! ここに」
ジェードが短く呼ぶと、暗がりからローブ姿の男が静かに姿を現した。
「アンナを仕向けた辺境の町の方角へ、索敵部隊を放ちなさい。セレスティーネ王女は十中八九、まだ生きています。そして、彼女を連れている『未知の護衛』の正体を徹底的に洗い出すのです」
「御意」
「……場合によっては、私自身が出向く必要がありそうですねぇ」
ローブ姿の男が影へ溶けるように消え去った後、ジェードは一人、冷たい笑い声を響かせた。
まだ見ぬ強者。己の『瘴気』を真っ向から焼き尽くした、未知なる力の持ち主。
「さあ、誰が私の前に立ち塞がるというのでしょうか。……楽しみにさせてもらいましょうかねぇ」




