幕間3:宣戦布告
大陸の覇権を握る強大な軍事国家、ベスクラウド皇国。
その中枢に位置する巨大な塔、その一室でリリストーラは、ふかふかのソファに深々と腰を下ろしていた。
彼女の視線の先には、テーブルの上に置かれた小さな『琥珀の御守り』がある。
ショウトへ押し付けるようにして渡した物と対になる、魔道具の御守り。
今、その琥珀色の石が、まるで心臓の鼓動のように温かく、そして力強い光を放って明滅していた。
「……ふふっ。やったね、ショウト」
リリストーラは愛おしそうに琥珀の御守りを指先で撫でた。
「ショウトの『神器』が完全に目覚めた。あの子、とうとう自分の殻を破って、『神器』の力を自分のものにしたんだ」
「おめでとうございます、リリィ様。ショウト様の成長ぶり、目を見張るものがありますね」
傍らに控えていた長身の従者、クレスが、穏やかな微笑みを浮かべて祝福の言葉を述べる。
リリストーラは『うんっ!』と嬉しそうに頷き、自分のことのように満面の笑みを浮かべた。
初めて会った時はあれほど迷い、人を傷つけることを恐れていた優しい少年が、ついに1つの壁を越えたのだ。
だが、リリストーラはふと少しだけ目を伏せ、痛ましそうに琥珀を撫でる指の動きを止めた。
「……でも、それは同時に、あの子が初めて『人の命を奪う覚悟』を決めたっていうことでもある」
「リリィ様……」
「本当は、私が修行の一環として、そういう覚悟の持ち方も教えてあげられればよかったんだけどね。……ごめんね、ショウト。安全に守られた環境で誰かに教えられて決めた覚悟なんて、いざという本番の時には一番脆く崩れ去ってしまうものだから」
痛みを伴う成長でしか、真の強さは得られない。
それを誰よりも理解しているからこそ、リリストーラは彼を一人で旅立たせたのだ。
「ええ。彼が真に己の足で立つためには、決して避けては通れぬ道でした」
クレスが静かに頷くと、リリストーラは再び顔を上げた。
だが、先ほどまでの可憐で優しげな少女の面影は消え失せ、そこには絶対的な権力と暴力の頂点に君臨する、冷酷な支配者の顔があった。
「……でもさ、クレス」
室内の空気が、急激に冷たく、重く沈み込む。
「ショウトをそこまで追い詰めて、強引に『神器』を使わせた連中。……御守り越しでもはっきりと分かる、あの吐き気のする『瘴気』の匂い」
「ええ。間違いありません。……かつての『邪神大戦』から長きにわたり、我々と暗闘を繰り広げてきた『邪神の勢力』の残党の仕業かと」
クレスの声もまた、静かな怒りを帯びて低くなっていた。
リリストーラは琥珀の御守りから手を離し、ギリッと奥歯を噛み締める。
ショウトが覚悟を決めたということは、即ち、彼が『命のやり取り』という凄惨な状況に追い込まれ、心に消えない深い傷を負わされたということなのだ。
「……あいつら、ずっと大人しく隠れてたから、こっちも後回しにしてあげてたのに」
リリィの足元から、尋常ではない密度の魔力が黒いオーラとなって立ち昇り、豪奢な絨毯や家具がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「私のショウトに手を出して、あの子を痛めつけた。……万死に値するよね」
「如何様になさいますか」
「クレス。……ウチの人と、あの子達も呼んどいて。全員ね」
リリィはソファから立ち上がり、窓の外――はるか遠く、ショウトのいる方角を氷のように冷めた瞳で見据えた。
「御意。ただちに、全員を招集いたします」
「本格的にやり合いたいみたいだね。そんなにやりたいなら、やってあげる」
リリストーラの唇が、美しく、そしてひどく残酷な弧を描く。
「――戦争だよ。邪神のゴミ共を、この世界から根こそぎ焼き尽くしてあげる」
ブチ切れた『世界最強』の呟きは、これから始まる血で血を洗う苛烈な闘争の、静かなる開幕の合図だった。




