第43話:決着
「死になさいッッッ!!」
裂帛の気迫と共に、アンナが地を蹴る。
右腕を再生したきとは比較にならないほど濃密で、おぞましい漆黒の魔力が彼女の全身を覆い尽くしていた。
それはジェードから与えられた力の完全な暴走。自らの肉体が崩壊することすら厭わず、ただ目の前の敵を道連れにするためだけに全てを捧げた、暗殺者としての最期の特攻だった。
大地を抉り、空気を引き裂きながら迫り来る黒い死の塊。
対するショウトは、神々しい太陽の紋章を背負い、純白に輝く剣を青眼に構えたまま、微動だにしなかった。
(速い。……でも、今度は、はっきりと見える)
以前のショウトであれば、目で追うことすらできなかったであろう神速の踏み込み。
だが、白金に輝く力をその身に宿した今の彼にとって、アンナの動きはひどく単調で、恐ろしいほどに遅く見えた。
焦燥と絶望に駆られた彼女の攻撃には、かつての洗練された技術は微塵も残っていない。
「はあぁぁぁぁぁぁッ!!」
アンナが間合いに踏み込み、魔力を纏って強化された短剣を、ショウトの首を刈り取るように交差させて振り下ろした。
交わる2つの覚悟。
狂信に身を捧げた少女の執念と、罪を背負ってでも一人の少女を守り抜くという少年の決意。
ショウトが静かに地を蹴って迎撃に出た、まさにその刹那だった。
「……ッ!?」
アンナの視界に、純白の光を放つショウトの背後に、あり得ない『幻影』が重なって見えたのだ。
黒と赤、そして白を基調とした異国の装いを身に纏い、燃えるような真紅の瞳を持った少女の姿。
その少女は、ショウトの背中から彼に寄り添うようにして立ち、アンナのことを虫けらでも見るかのような眼差しで見下ろしていた。
アンナの脳裏に、かつてジェードから教え込まれた絶対的な存在の名前がよぎる。
(『神族』……? いや、そんなまさか……!?)
アンナが全身に纏っていた漆黒の魔力が、少女の幻影から放たれる白金の魔力に当てられただけで、『ジジジッ!』と悲鳴を上げて霧散していく。
「あ、ああ……っ!」
アンナの心に、絶対的な敗北の予感が突き刺さった。
だが、もう止まることはできない。止まれば、自分が今まで犠牲にしてきた全てを否定することになる。
「私は、私はあぁぁぁぁっ!!」
アンナは迫りくる死の恐怖をねじ伏せ、魔力が剥がれ落ちていく短剣をそのままショウトへと振り下ろす。
それに対し、ショウトは一切の容赦を持たなかった。
かつてアンナの急所を外そうとしていた『甘さ』は、もう彼の剣には宿っていない。
「――シッ!」
ショウトは短く息を吐き出し、純白の刃を真っ向から振り抜いた。
キィィィィンッ!!
白金の軌跡が空間に閃いた瞬間、アンナの放った決死の一撃は、抵抗らしい抵抗もできずに真っ二つに両断された。
そして、止まることなく振り抜かれた純白の刃は、アンナの左肩から右の脇腹にかけて、深く斬り裂いた。
「グッ、アァァァァァァァァァァァッ!!」
アンナの口から、絶叫と共に大量の鮮血が噴き出す。
そしてショウトの手に、骨を断ち、肉を切り裂く、生々しくも重い感触がはっきりと伝わる。
これまで魔物を斬った時とは全く違う、『人間』の命を自らの手で刈り取ったという、明確な感触。
「……っ」
ショウトの顔が微かに歪む。だが、彼は剣を握る手を決して緩めはしなかった。
アンナの身体に刻まれた深い裂傷からは、先程のような黒い魔力は一切溢れ出してこなかった。
純白の刃から注ぎ込まれた白炎が、彼女の体内にある『ジェードの力』を、ことごとく完全に焼き尽くしてしまったのだ。
「あ、ぁ……」
致命傷を負い、その場に力なく崩れ落ちるアンナ。
もはや彼女の身体に、傷を癒す力は残されていない。大量の血が広場の土を赤く染め上げ、彼女の命の灯火が急速に消え去っていくのが誰の目にも明らかだった。
ショウトは剣を振り抜いた姿勢のまま、ゆっくりと残心し息を吐き出した。
純白の刀身に付着していた血が、白金の炎によってシュウゥと音を立てて蒸発し、再び穢れのない刃へと戻っていく。
ついに静寂が、広場に舞い降りた。
背後に立つ太陽の紋章がゆっくりと光の粒子となって空へ溶けていく中、ショウトは自らの手で殺めた少女の姿を、ただ静かに、重い瞳で見下ろしていた。




