第42話:少年の覚悟、呼応する剣
ショウトの身体から発せられていた光の奔流が収束し、土煙の立ち込めていた広場は、静謐な空気に包み込まれていた。
先ほどまで空間を支配していた焦げた肉と血の臭いは、雨上がりの森のような清浄な気配へと完全に塗り替えられている。
「……嘘、でしょう……?」
数メートル先で身構えるアンナが、信じられないものを見るように震える声を漏らした。
光の中心に立つショウトの身体には、一切の傷がなかった。
あれほど無残にへし折られていた右腕は元通りに繋がり、アンナの至近距離での自爆によって抉られたはずの胸の傷も、完全に塞がっている。
服は焼け焦げ、破れ、大量の血痕がこびりついたままだというのに、その下から覗く肌は傷跡1つ残さず、滑らかで健やかな状態へと『再生』していたのだ。
『治癒魔術』などという生易しいものではない。
まるで肉体の時間を巻き戻したかのような、あるいは肉体を完全に作り直したかのような、絶対的な奇跡の具現。
「ショウト、様……本当に……?」
背後で座り込むセレスが、夢でも見ているかのように呆然と呟く。
ショウトはゆっくりと振り返り、まだ恐怖に震えている彼女に向けて、静かに、だが力強く頷き返した。
「もう大丈夫だ、セレス。……これ以上は、絶対に指一本触れさせないよ」
その声は、以前までの彼が無理をして作っていた虚勢ではなく、深い海の底のように静かで、揺るぎない確信に満ちていた。
ショウトは再び前を向き、十メートルほど離れた地面に転がっている『漆黒の剣』へと右手を伸ばした。
主を失い、ただの鉄の棒と化していたその剣が、ビクンと大きく震える。
直後、目に見えない強い力に引かれるように、剣は自ら宙を舞い、ショウトの開かれた右手の中にピタリと収まった。
「来い、カグツチ」
ショウトが静かにその名を呼んだ瞬間。
彼の内側から溢れ出した白と金が入り混じった清らかな力が、剣の柄から刃の先へと一気に伝播していった。
――――キィィィィンッ……!
澄み切った、それでいて空気を震わせるほどの甲高い共鳴音が広場に響き渡る。
これまでどんなに魔力を込めても漆黒のままだった刀身が、まるで分厚い殻を破るかのように内側から凄まじい光を放ち始めたのだ。
闇を飲み込むような『漆黒の刃』は、一瞬にして眩い『純白の刃』へと変貌を遂げた。
刀身の周囲には、真紅の炎ではなく、一切の不純物を含まない白金の炎が揺らめいている。
さらに、ショウトの変化はそれだけにとどまらなかった。
「な、なんですかあれは……っ。ジェード様の『力』が、焼かれて……っ!」
アンナが思わず顔をしかめ、自身の右腕を庇うように後ずさった。
『純白の剣』を構えるショウトの背後に、光の粒子が集束し巨大な紋章を描き出していたのだ。
それは、燃え盛る『太陽』を象った、威厳に満ちた光の曼荼羅。
神々しい太陽の紋章から放たれる後光がショウトを照らし出し、彼の周囲に漂うだけで、アンナの身体から滲み出るドス黒い魔力を『ジリジリ』と音を立てて浄化し、消し去っていく。
ジェードに与えられた『力』による絶対的な回復力と、底知れぬ魔力。
それらを根底から否定し、消滅させる次元の違う異質な力。
アンナの顔に、初めて明確な『焦燥』と『死への恐怖』が浮かび上がっていた。
(……ああ、そうか。これが、命の重さってやつか)
純白に輝く剣をその手に握りしめ、ショウトは静かに己の心と向き合っていた。
剣から伝わってくるのは、彼自身の魂そのもの。
誰も傷つけたくない。誰も殺したくない。そんな平和な世界で育った少年の甘い倫理観は、この異世界の残酷な現実の前では、ただの傲慢な自己満足でしかなかった。
自らの手を汚さなければ、本当に大切なものは守れない。
誰かを守るということは、その誰かを脅かす別の命を、自らの責任と罪において『奪う』ということだ。
(セレスを傷つける奴は、俺が殺す)
心の中で、重く、暗い扉の閉まる音がした。
人を殺めることの恐怖。一生消えない罪悪感。それら全てを両肩に背負い、地獄へ落ちる覚悟が、今の彼には完全に備わっていた。
「……ッ、ふざけないでください! たかが人間風情が、ジェード様の『力』に及ぶなどと、あり得るわけがないのですッ!!」
アンナが恐怖を振り払うかのように絶叫し、全身から黒い泥のような魔力を溢れ出させる。
失った右腕を再生させた時よりもさらに濃密で、おぞましい魔力の奔流。
彼女はそれを両手足に纏わせ、正気を失った獣のように、地を這うような低い姿勢でショウトへと突進してきた。
「死になさいッッッ!!」
音の壁を突き破るほどの凄まじい速度。
だが、『純白の剣』を青眼に構えたショウトの瞳には、一切の動揺も、迷いもなかった。
「お前たちの理不尽は、俺がここで全て焼き尽くす」
絶対零度のように冷たく、それでいて太陽のように熱を帯びた宣告。
ショウトは白金に輝く刃を静かに振りかぶり、己の罪を断ち切るように、迫り来る理不尽へと向かって真っ直ぐに踏み込んだ。




