↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メインストーリーの、そのあとで  作者: 山楽かかし
第1章:月華の誓い
62/74

第41話:妖女の誘いと光の奔流

 鏡のような水面と朱色の鳥居が連なる、静寂の精神世界。


 俺はゆっくりと畳の上に立ち上がり、目の前に立つ傲岸不遜な神剣の少女――カグツチの真紅の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。


「……貸してくれ、お前の力を」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、そして澄み切っていた。


「綺麗事だけで誰かを守れるなんて、もう思わない。俺のくだらない甘さのせいでセレスが死ぬくらいなら……俺が進んで泥を被る。人殺しの罪でも、業火の罰でも、なんだって背負ってやる」


 俺の決意を聞いたカグツチは、酷薄な、けれどどこか嬉しそうな、ひどく満足げな笑みを浮かべた。


「よく言った。それでこそ、この偉大なる神剣カグツチが力を貸すに相応しい主(あるじ)じゃ」


 カグツチはカツン、と下駄を鳴らして一歩前に踏み出した。


 小柄な彼女が、俺の胸元に触れるほどの至近距離にまで接近してくる。甘い伽羅の香りと、焦げるような熱気が俺の鼻腔をくすぐった。


 彼女はそっと、その小さな白い両手を俺の胸の中央――心臓の位置へと添える。


 そして、つま先立ちになって俺の顔に自身の顔を近づけると、吐息がかかるほどの距離で、甘く、そして力強く囁いたのだ。


「ならば……儂を受け入れろ、主(あるじ)よ」


 その言葉と共に、彼女の小さな掌から、途方もない『熱』が俺の体内へと流れ込んでくる。


(あ……)


 かつて、深い水の底で彼女に触れようとした時は、全身の細胞が焼き切れるような灼熱の拒絶を味わった。


 だけど、今は違う。


 俺の身体に流れ込んでくるその『熱』は、決して俺を傷つけるものではなかった。


 冷え切った絶望を溶かし、砕けた心を繋ぎ止め、内側から無限の力を湧き上がらせるような、圧倒的で絶対的な『安心感』。


「……あたたかい」


 俺がポツリとこぼすと、カグツチは照れ隠しのようにフンと鼻を鳴らし、俺の胸に添えた手にさらにグッと力を込めた。


『さあ、目覚めの時じゃ。我らを遮る全ての理不尽を、神の炎をもって灰燼に帰そうぞ!』


 カグツチの凛とした叫びが響き渡ると同時に、精神世界の水面が眩い光を放ち、俺の意識は急速に現実世界へと引き戻されていった。


 ――――現実世界。崩落したダンジョンの広場。


「やめて! お願い、やめてぇぇぇぇぇっ!!」


 ショウトの身に起きる悲惨な末路に、セレスの悲痛な絶叫が広場に響き渡る。


 アンナの冷酷な瞳は一切の感情を交えることなく、血溜まりに倒れ伏すショウトの心臓へと、殺意に満ちた短剣を真っ直ぐに振り下ろした。


 肉を裂き、命を断ち切る、致命の一撃。


 その鋭い刃が、ショウトのボロボロの衣服を突き破り、肌に触れるか触れないかの、まさにその刹那だった。


 ――――カァァァァァァァァァァァッ!!!!


 突如として、ショウトの身体を中心に、広場全体を真昼のように照らし出すほどの、凄まじい『純白の光』が爆発的に吹き上がった。


「な……ッ!?」


 アンナの目が突然の出来事によって驚愕に見開かれる。


 振り下ろした短剣は、ショウトの皮膚に到達する数ミリ手前で、まるで目に見えない分厚い鋼鉄の壁に激突したかのように、ガキンッ!と甲高い音を立てて弾き返されたのだ。


「ぐっ……!? この光は、一体……!」


 アンナは弾かれた勢いのまま、光の波に押されるように後方へと数メートル跳び退く。


 彼女の本能が、目前で吹き荒れるそのエネルギーに対し、かつてないほどの『死の危険』を警鐘として鳴らしていた。


 それは、ありふれた魔力などでは断じてない。


 ジェードから与えられた『力』のような、おぞましく淀んだ力とも全く違う。


 気高く、清浄で、触れる者すべてを塵1つ残さず浄化してしまいそうな、圧倒的な密度のエネルギー。


「ショウト、様……?」


 すぐそばで地面に這いつくばっていたセレスが、眩しさに腕で顔を庇いながら、信じられないものを見るように目を見開いた。


 光の柱の中で、先ほどまでピクリとも動かなかったはずのショウトが、ゆっくりと上体を起こしていたのだ。


 彼の身体から立ち昇っているのは、これまで彼が使っていたような真紅の炎ではない。


 白と金が入り混じったような、あまりにも神々しい『未知の力の奔流』だった。


 凄まじい熱量と風圧が周囲の岩を吹き飛ばし、ガラス質に変異した地面すらも蒸発させていく。


 だが、その光の嵐のすぐ傍にいるセレスは、不思議なことに一切の熱さを感じていなかった。


 それどころか、その光に触れているだけで、恐怖で凍りついていた心がじんわりと温められ、絶対的な安心感に包まれていくのを感じていた。


「……ふう」


 ショウトは光の奔流の中でゆっくりと立ち上がり、天を貫くように吹き上がっていた凄まじい力を、大きく息を吸い込むと同時に、一瞬にして自らの体内へと収束させた。


 光が収まり土煙が晴れた広場に、再び静寂が戻る。


 そこに立っていたのは、もう死に体の無力な少年ではなかった。


 自らの甘さを捨て去り、守るべき者のために『罪』を背負う覚悟を決めた、一人の揺るぎない戦士の姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。