第39話:魂の邂逅と少女
――痛い、苦しい、息ができない
至近距離で受けたアンナの自爆による凄まじい衝撃によって、全身の骨が砕け、内臓が破裂してしまったかのような錯覚に陥る。
暗闇へと沈みゆく意識の中で、ただ一つ鮮明に聞こえてくるのは、セレスの悲痛な叫び声だった。
『やめて! お願い、やめてぇぇぇぇぇっ!!』
その声が、肉体の痛み以上に俺の心をズタズタに引き裂いていく。
(動け……っ。頼む、動いてくれ……!)
指先一本でいい。動いて、セレスをアンナたちの手から助けなければ。
だが、肉体は完全に俺の意思を拒絶していた。
右腕はあり得ない方向に折れ曲がり、肺は血で満たされ、身体をピクリとも動かすことができない。
(俺が……弱いから……っ)
俺の中途半端な甘さが、アンナに反撃の隙を与え、取り返しのつかない事態を招いたのだ。
『絶対に守る』と大見得を切っておきながら、結局俺は女の子一人、傷つけずに守り抜くことすらできなかった。
(ごめん……セレス……。ごめん……っ!)
絶望と自己嫌悪が、真っ黒なタールのように心を塗り潰していく。
アンナの振り下ろす刃が、今まさに俺の心臓を貫く――――
――ピシャン
不意に、静かな水面に一滴の雫が落ちたような、澄んだ音が脳内に響いた。
同時に、全身を苛んでいたあの狂わんばかりの激痛が、嘘のようにフッと消え去ったのだ。
血の匂いも、舞い散る土煙の臭いも、セレスの叫び声も。世界のあらゆる感覚が遠ざかり、完全な静寂が訪れる。
(……え?)
俺は恐る恐る重い瞼を開ける。
そこは、土煙が立ち込める崩落した洞窟前の広場ではなかった。
視界に広がっていたのは、どこまでも続く鏡のような水面と、その上に浮かぶようにして建ち並ぶ無数の朱色の鳥居の群れだった。
足元には敷き詰められた真新しい畳があり、空気は澄み切っている。微かに伽羅の香りと、温かい火の粉の匂いが鼻をくすぐった。
空を見上げれば、太陽のようにも見える、燃えるような真紅の月がぽっかりと浮かんでいる。
俺はゆっくりと身体を起こした。あんなにボロボロだったはずの身体には傷1つない。
ふと目線を下げ自分の身体を見ると、アンナとの戦闘で襤褸切れ同然になった旅装束ではなく、見慣れた黒い生地――俺がこの世界に来た時に着ていた、元の世界の『学生服』姿に変わっていた。
(なんだ、ここは……? 死後の世界、か?)
「ククッ……あーっはっはっは! 見苦しいことこの上ないのう、主よ!」
唐突に静寂を破ったのは、ひどく甲高く、それでいて傲岸不遜な少女の声だった。
「な、誰だ……っ!?」
俺は弾かれたように声のした方へ振り返る。
そこにいたのは、燃え盛るような真紅の月を背にして立つ、一人の小柄な少女だった。
黒と赤、白を基調とした和服を模したドレスを着ており、黒曜石のような長髪の間から疎らに真紅の煌きが覗いていた。
幼さと艶やかさが混ざった人形のような美少女は、傲慢さがにじみ出る吊り上がった真紅の瞳で俺の無様な姿を面白がるように、そしてどこか挑発的に細められていた。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に強烈な既視感が走った。
(あの時の……!)
間違いない。以前、『漆黒の剣』を初めて呼び出せた日の夜、夢の中で静かな水底に一人の少女が丸くなるようにして眠っていたのを見た。
あの時、俺が指先で触れようとした瞬間に紅蓮の炎となって俺を拒絶した、あの少女だ。
「お前は……あの夢の中で眠っていた……」
「ふん。あの時はまだ自我が寝惚けておったゆえ、上手く干渉できなんだが……今は違う」
少女は俺を煽るように、生意気で傍若無人な態度を隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「全く、見ておれんわ。少し前に主が怒りで我を忘れた時、仕方なく儂が少しばかり力を貸してやったというのに。たかが人間の一匹に手こずり、最後は隙を突かれて無様に這いつくばるとはな!」
彼女の言葉に、俺はハッと心当たりのある状況を思い出した。
アンナとの戦闘で一度目の不覚を取ったあの時、人の命を弄ぶジェードという人物への湧き上がる怒りと共に、胸の奥底から溢れ出した真紅の魔力。
あれは俺自身の力ではなく、彼女が意図的に貸し与えてくれたものだったのか。
「ここは主の精神の奥底。そして儂は……主の魂に宿る、偉大なる力『神剣カグツチ』様じゃ」
少女はカツン、カツンと下駄の音を響かせながら俺の目の前まで歩み寄ると、その小さな足で呆然と座り込んでいる俺の肩をグイッと無遠慮に踏みつけてきた。
「さあ、這いつくばったまま儂を見上げよ、愚かで甘い主よ。そのみすぼらしい心を、この儂が直々に叩き直してやるわい」




