第33話:満身創痍の防衛戦
「アァァァァァァァァッ!!」
全身からドス黒い光を発する5人の襲撃者たちが、獣のような咆哮を上げながら一斉に飛びかかってきた。
彼らの目に理性はない。ただジェードという得体の知れない存在から注ぎ込まれた力を暴走させ、自らの命ごと標的を粉砕するだけの『生きた爆弾』と化している。
「くそっ……!」
俺は焼け焦げた背中の激痛に顔を歪めながらも、セレスの前に立ち塞がった。
(斬り捨てたところで、死の間際に起爆されたら巻き込まれる。かと言って、近づかれればさっきの二の舞だ!)
至近距離での爆発は、いくら魔力で防御膜を張っても防ぎきれない。
先ほどの一撃で、俺の体力と魔力はすでに危険水域まで削り取られていた。
次に同じダメージを受ければ、間違いなく意識を持っていかれる。
「来させるかよ……ッ!」
俺は『漆黒の剣』を両手で強く握り締め、大きく息を吸い込んだ。
残り少ない魔力を『身体強化』に注ぎ込み、その効果を限界まで引き上げ迫り来る襲撃者たちに向けて横薙ぎに渾身の一閃を振り抜いた。
「吹き飛べェェェッ!!」
――ゴォォォォォォォォッ!!
刃が空気を切り裂くのではなく、空気を『叩き潰す』ような一撃。
剣先から放たれた強烈な『剣圧』が衝撃波となって扇状に広がり、先頭を走っていた三人の襲撃者たちの身体を紙屑のように空高く跳ね飛ばした。
「ガ、アァァァ!?」
空中に打ち上げられた彼らの肉体が、はるか頭上高くで限界を迎え、弾けた。
――ドドガァァァァァァンッ!!!
空中で3つの爆発が連鎖し、辺り一帯を照らし出すほどの巨大な火球が膨れ上がる。
凄まじい爆風と熱波が広場に吹き下ろし、俺は剣を地面に突き立てて背後のセレスを庇うように必死に耐えた。
「ハァッ……、ハァッ……!」
口からごぼりと血が溢れ、鉄の味が口の中に充満する。
即席で行った剣圧を飛ばすという荒技は、ただでさえボロボロの筋肉と骨にさらに致命的な負荷をかけていた。
右腕の筋肉が断裂しそうなほどに悲鳴を上げ、視界がチカチカと点滅する。
「ショウト様! もう、もうやめてください……っ! 私のせいで、貴方が……!」
背後でセレスの泣き叫ぶ声が聞こえる。
ただ背中に隠れて震えることしかできない己の無力さに、彼女は心をすり減らしていた。
「大丈夫だ……っ! 俺は、絶対に……セレスを、守る……!」
俺は血を吐きながらも、背後を決して振り返らずに叫んだ。
一度守ると決めたんだ。ここで膝をついたら彼女はアンナたちに連れ去られ、一生鳥籠の中で利用されるか、殺される。そんなふざけた結末、俺は絶対に認めない。
「……ッ、オォォォォォ!!」
先程の『剣圧』から逃れた残る二人の襲撃者が、左右から同時に俺を拘束しようと肉薄してくる。
彼らの全身に点滅する赤い光は、起爆まであと数秒の猶予もないことを示していた。
「シッ!」
俺は左に踏み込み、左側の襲撃者の胴体に強烈な前蹴りを叩き込んで後方へ蹴り飛ばす。
同時に、右から組み付こうと飛びかかってきた襲撃者に対して、下から上へカチ上げるように剣圧を放った。
――ズドォォンッ!!
――ガァァンッ!!
蹴り飛ばされた男は崩落した岩壁に激突して爆発し、カチ上げられた男は空中で爆発四散した。
降り注ぐ岩の破片が頬を切り裂き、赤い血がツツーと顎を伝って落ちる。
「……ハッ。随分と、泥臭い戦い方ですね」
岩壁の縁で、アンナが嘲笑うように見下ろしている。
「人を殺す覚悟もなく、ただ力任せに遠くへ吹き飛ばして自爆させる。それが貴方の限界ですか。……ですが、いつまでそのボロ雑巾のような体で耐えられるでしょうね」
アンナが再び水晶球を揺らす。
すると、最初に気絶させた者たちだけでなく、後方で様子を窺っていた残りの襲撃者たちまでもが、胸の奥に眠るジェードの力を暴走させ始めたのだ。
「オォォォォォォォォォォッ!!」
その数、およそ十人。
全員が全身を赤く発光させ、限界が近い標的に向けて一斉に死の突撃を開始した。
「……上等だ、来やがれッ!!」
俺は1人も見逃すまいと血走った両目を見開き、全身の魔力回路を焼き切る覚悟でありったけの魔力を両腕に集中させた。
迫り来る十人の人間爆弾。
右から二人。剣圧で吹き飛ばす。
――ドガァァンッ!
左から三人。ステップで躱し、まとめてすくい上げるように剣を振り抜く。
――ドォォォォンッ!
正面から四人。もはや剣圧を放つだけのタメを作る時間もない。
突進してくる彼らの顔面や鳩尾に、直接、拳と蹴りの乱打を叩き込み、物理的な衝撃で無理やり後方へと弾き飛ばした。
――ドドガァァァァァンッ!!
爆音。熱波。土煙。
鼓膜はとうに破れかけ、周囲の音がくぐもって聞こえる。
肉の焼ける匂いと、己の血の匂いだけが鮮明だった。
そして、最後の一人。
爆煙の中から飛び出してきた襲撃者が、ショウトの死角である頭上から押し潰すように降ってきた。
「チィッ……!」
迎撃するには体勢が崩れてしまっており、とうてい剣は間に合わない。
(背中には、セレスがいる……避けるわけにはいかないッ!)
俺は逃げることを放棄し、自ら上空の襲撃者に向かって跳躍した。
空中で男の胸ぐらを掴み、そのまま自分の身体を軸にして、大外刈りの要領で男を地面へと強引に叩きつける。
「そこで、爆ぜろォォォォッ!!」
――――ッッッッ!!!!
光が弾け、ワンテンポ遅れて耳を劈く轟音が世界を揺らした。
超至近距離での爆発に、ショウトの身体はボールのように弾き飛ばされ、地面を何度もバウンドして、ついにセレスの足元へと力なく転がり落ちた。
「……ッ、ぁ……」
「ショウト様ッ!! いやっ、ショウト様ぁぁぁぁっ!!」
セレスが悲鳴を上げ、血だらけでピクリとも動かなくなったショウトの身体を抱き起す。
その顔は煤と血で汚れ、呼吸はひどく浅かった。
広場にはもう襲撃者たちの姿は一人もなかった。全ての襲撃者たちが爆弾と化し、文字通り塵となって消え去ったのだ。
「ハァッ……、ハァッ……」
ショウトはセレスの腕の中で、焦点の合わない目をゆっくりと開いた。
指一本動かすのも億劫なほどの、完全な満身創痍。それでも彼はあの絶望的な数の自爆攻撃を、セレスに指一本触れさせることなく全て捌き切ったのだ。
だが…………
「……さすがです、ショウト様。素晴らしい実力です。まさか、あれほどの猛攻を耐え凌ぐとは」
パチ、パチ、パチ。
場違いな乾いた拍手の音が、静まり返った広場に響いた。
汚れ1つもない黒装束を纏ったアンナが、冷ややかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと手にした短剣を抜き放ち、二人の元へと歩み寄ってくる。
「ですが……もう限界でしょう。貴方の甘さが招いた、当然の結末です」
セレスは震える両腕でショウトを強く抱きしめ、迫り来るかつての『友人』を、絶望と、そして微かな憎悪の入り混じった瞳で睨みつけた。




